聞いてくれるか、父さんの話

木戸陣之助

第1話

 ほの暗いリビングに溜息がひとつ。


 溜息の主は、折角の休みだというのにソファーで項垂れ愚痴を零す、残念な初老――まあ、俺の事だが。

 心なしか身に付けたパジャマもよれており、比例して俺の気持ちもすこぶるブルー……、寒っ。とにかく、オヤジギャグでも言わないとやってられない位にはめっきり落ち込んでいるのである。


 最近、家族が冷たい。


 勇気出して話掛けようと試みたぞ? けど、奥さんには仕事で忙しいって避けられ、娘からの反応もキツいと来て、最近に至ってはウザいとまで言われてしまった。

 それが一日だけなら何とか持ちこたえたけど、何日も重なっちゃってはねえ、おじさんちょっと大分心にキテいるよ。


 奥さんはもう一度仕事やりたいってパート始めてからずっと忙しそうだし。娘は高校生になってから学校やら部活やらで大変らしく、俺に構ってる暇はなさそう。

 いや、皆それぞれやりたい事があるのはわかってるんだけどね? 俺だって所詮平凡なサラリーマンですよ、少しくらい家族と団欒だんらんして日頃の疲れを癒したい訳じゃないですか。


 けど、どうしてだろう。最近俺、除け者になってるんじゃないかって心配になってるんだよ。俺、なんかやっちゃったかな?


 お相手のキャシーちゃんに教えを請うてみたが返事は無し。聞こえるのは、キーン、と誰もいない時特有の高い音くらい。

 でも、それでいいのだ。くたびれたおじさんに贅沢なんて似合わない。話だけ聞いてくれれば十分なのだから。


 はぁ、家族サービス足りなかったかなぁ。

 言われてみれば仕事で夜遅い時とかもあったしなあ、それで奥さんには迷惑かけちゃったりして……娘がちいちゃい時も繁忙で帰れなかった時あったし。

 とは言っても、仕事が忙しくない時はオムツ変えたり、ご飯作ったり、土日とか二人連れて遊びに行ったりしたんだけどなあ。


 でも、二人共冷たいって事は、知らない内に何かやらかしてるんだろうし……

 

 って、それもあるけど一番怖いのは最近奥さんの様子がおかしいんだよ。

 何か急に色気付いちゃってさ。いや、綺麗になったから嬉しいぞ? 嬉しいんだけど、パート始めてから急にお化粧とか凝りだしたんだよ。

 子育て中でも綺麗でいたいだろうと思って化粧品買ったりしたらさ、『化粧よりキッチン用具買ってきて』とか、『そんな事より子育て協力して』とか言ってお怒りだったのにだよ?


 それが急にこんな綺麗になって……って思うと、ひょっとして、もしかする? とか思ってもしょうがないと思うんだよ。

 奥さん経由で娘も俺のポンコツぶり聞いて、こいつ駄目だわ。と愛想尽かしたとか、挙句の果てには見切り付けられて知らない男と夜の街をピーヒャラしてあーだこーだとか。考えたらキリが無いんだけど、どうしたらいい?


 今からでもご機嫌取る方法ないかな?

 キャシーちゃん、俺辛いよ。どうしたらいいんだろ、ねえ。


「……ねえ、独りで何やってんの?」


「へ? あ、いや……何でもないぞ。うん」


 気付けば背後にパート帰りの奥さんと学校帰りの娘が立ち尽くし、訝しげにこちらを見ていた。


「ど、どうした?」


「いや、何でも。それよりパパ、お誕生日おめでとう」


 そう言ってスッと渡されたのは1ホールサイズのチョコケーキ。近所で旨いと評判の、街角にある少々お高めなあの店のケーキである。


「はい、私からもプレゼント。いつも仕事お疲れ様」


 奥さんから渡されたのはボールペン。それも、俺の名前が彫られたオシャレで結構お高そうな奴。俺、確かインクが切れかけだって話したんだよ。それを聞いて買ってきてくれたのか。


「アナタ仕事が無い時はいつも家事手伝ってくれるでしょ。休みの日もありがとうね」


「ありがとう。大事にする」


「最近冷たくしちゃってゴメン。ちょっと勉強とか部活とかしんどくて当たっちゃってた。反省する」


「気にしなくていい、色々大変なのはわかってるから」


「……ごめんね。ありがとう、パパ」


 この後、娘が買ってくれたケーキを三人で分けて一緒に食べた。

 久しぶりの家族の団欒だんらんはちょっぴりビターが利いてて、それでいて、ほんのりと甘かった。

 俺はこんな日常を守りたくて、毎日頑張ってんだ。これ以上弱い姿なんて見せてられん、粉骨砕身家族の為に頑張るぞ!


「ところで、パパ」


「何だ?」


「テディベアのぬいぐるみに大の大人が独りでボソボソ言ってる姿、正直心臓に悪いからやめてね」


「……はい」

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聞いてくれるか、父さんの話 木戸陣之助 @bokuninjin

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