呪いのぬいぐるみ
淡島かりす
骨董屋での話
「呪いのぬいぐるみ? これが?」
思わず笑った男に対して、店主は大真面目な顔で頷いた。歳の頃は四十半ば、白髪の目立ち始めた頭と銀縁眼鏡は骨董屋の店主には如何にも相応しかった。恐らく何かの劇にそういった役柄があったら適任だろう。
「それは正真正銘、呪いのぬいぐるみですよ」
ガラスケースの中に納まったテディベアは、年季は入っているものの丁寧に手入れされていた。ただのアンティークとして売ったら、すぐに買い手がつくだろう。ガラスケースの上に置かれた「呪いのぬいぐるみです。お手を触れないでください」の札は余計な装飾だと言わざるを得なかった。
「どんな呪いなんだ」
好奇心から尋ねれば、店主はやや大袈裟に身震いをして見せた。テディベアほどではないが、これも年季が入っている。きっと今まで何度も同じやり取りをしてきたのだろう。
「恐ろしいですよ。手に入れた人にはね、災いが降りかかるんです」
「そんな曖昧な言い方は卑怯だね。ホットリーディングをする占い師であるまいし」
「これは手厳しいですね。でも詳しいことを聞いたら、貴方にも呪いがかかるかもしれません」
笑いながら話す店主を見て、これは所謂「遊び」なのだろうと推測する。何しろ今の御時世、骨董屋なんて流行るはずもない。隅々まで掃除された狭い店内、何年も取り替えられていないであろう黄ばんだ値札。閑古鳥のコロニーを作っているのだと言われても納得する。
「呪いね。いいよ、話してくれ」
「娘さんへのプレゼントは?」
「面白い土産話もプレゼントの一つだ」
男は娘に買うはずだった中世のガラス細工を棚の上に戻した。高額のついた値札が倒れて、乾いた音を出す。折角このガラス細工とおさらば出来たのに、と嘆いているようにも聞こえた。
「じゃあ後悔しないで下さいね。実はその呪いのぬいぐるみ……」
店主は誰も他にいないのに、思い切り声を潜めて、肘をついていたレジ台から身を乗り出した。男もつられて体を少しそちらに傾ける。
「何度捨てても元に戻ってくるんですよ」
男は思わず吹き出した。勿体つけた割に、店主の話はあまりにありふれたオチだった。これなら子供向けの怪談話のほうがまだ凝っている。
「何度捨てても? それはこの店にということか」
「そうです。だからね、恐ろしくて恐ろしくて」
「それだけなら大したことはないじゃないか」
「そうも言えないんですよ。何しろね、そいつのおかげで一番見栄えの良い陳列棚を占拠されてるんですから」
店主は肩を竦めて首を左右に振った。
「でね、考えたんです」
「考えた?」
「捨てるから戻ってきちゃうんですよ。だからね、売ればいいんじゃないかって」
眼鏡の奥で双眸が悪戯っぽく光った。
「どうです、お客さん。買ってくれませんか」
男はその言葉に口角をつりあげた。
「それがセールストークか?」
「いやいや、切実なんですって」
男は少し考えた。買わせる口実としてはなかなか面白い。娘もそろそろ、年齢とともに金額が上がっていくだけのプレゼントに辟易している頃だ。それに幸い、オカルトの類が好きである。呪いのぬいぐるみ、それも店に戻ってしまうなんて話を喜んでくれるかもしれない。
「では店主さんを助けるとしようか。いくらだね」
提示された金額はガラス細工の半分もしなかった。男は気前よく支払うと、ついでとばかりに可能な限り豪華なラッピングもしてもらった。
「ところでこれでぬいぐるみが店に戻った場合、払い戻しになるのかな?」
「クーリングオフの日数を超えてなければ」
男は機嫌よく笑いながら、店を後にした。もしかしたら現実主義の妻には馬鹿にされるかもしれないし、最近生意気盛りの息子にも文句は言われるかもしれない。だが娘が喜んでくれればそれでいい。男は足取りも軽く帰路に着いた。
「……あぁ、僕だ。またマヌケがあれを買っていった。今回のお話しかい? 呪いのぬいぐるみ。洒落てるだろう。いつも通り、中には発信器と盗聴器が入ってる。強盗に入る日はそちらで決めてくれ。金を持っているのは確認済みだ。それに僕の話を信用するマヌケ具合もな。盗みに入ったら、忘れずにぬいぐるみを持って帰ってくれよ。またほとぼりが冷めたら店に飾るから。何度売っても戻ってくるんだから、困ったもんだよ」
END.
呪いのぬいぐるみ 淡島かりす @karisu_A
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