第16話  一章第9節 砂鉱同盟




「ウォン・リオン・・・?知らんなぁ」



その男の年齢は30程だろうか、目皺に引き込まれるようにギロリと濃い顔つきをしている。その精悍な顔つきも度重なる苦難と共に成長したと考えると妥当とも言える。若くして『砂漠の民』のリーダーとして名乗るその男の名こそベドウィン・シャール・カーン。


元来、砂漠の民としてこの地に覇権を築いた一族の末裔である。



「にしても50人もよく無傷で捕縛出来たもんだ。まぁさすがに全員生かしてもあれだから適当に間引いてシミターで首を搔っ切っちまいな。ああ、女は捌けモンに使えるから殺すな、あと子供のいるんだっけか?そいつも残しておけ」


ベドウィンは慣れた口ぶりで部下にそう命じる。


(ウォン・リオン・・・はて、どこかで?」


ベドウィンの横に居る、背丈は2mもあろうかと思える大男は少し思考している。今や組織のNO2とも言えるボスの右腕的存在である。


「・・・思い出した、フェザールの英雄・・・確かそいつの名前がウォン・リオン」


「ブド、知っているのか?」


「ああ、敵人だったが彼の名は知っている」


「あーそういやお前元はハビンガンの軍人だったな」


「ボス、殺すのはちょっと待った方が良い」


「ん?・・・まぁお前が言うなら」


ベドウィンは部下に送った指示をすぐさまキャンセルした。


「それで、なんだいそのフェザールの英雄というのは?」


ベドウィンはまるで何か面白ものを見つけたようにニヤニヤと笑いながらブドと呼ばれた大男、ブド・アジータと向き合った。



ーーーーーーーーーー



身ぐるみを剥がされ、手枷を付けられたまま向かった先は恐ろしく巨大な地底空間であった。地下と言っても時折上から光が降り注ぎ、さらにそこから細かい砂が地下に落ちてきめ細やかな砂山を各地で形成している。先ほどまで苦労した熱死線のような暑さも無く、その造形と環境を考えればここが砂漠であるなどとは想像も出来ないような場所であった。



(おい、ギフト、起きて居るだろ?なんでさっきのは知らせてくれなかったんだよ?)


ギィルは脳内でギフトに話しかける。


(・・・あの二人はともかく、後に君達をつけていた連中は完全に気配を殺していた。あれはおそらく仲間達でも感知する事は不可能だろう)


(なるほど・・・遠くから水がある場所さえ見つけられるお前がそこまで言うほどなのか?)


(うむ、恐らくここで生きる上で身に着けた術なのか、何かしらの対策なのかもしれん。何にせよ一朝一夕で習得できるものじゃないだろうな)


(そうか・・・あとあの銃。あれってやっぱり)


(仲間が作ったものを奪って何とか量産しようとした所だろう。だが見事に劣化していて精度は言うまでもないと言った所か)


(しかし、少し府に落ちない所がある)


(・・・・?)


(アレは本当に私の仲間が作ったのか?という点だ)


(?でも、あの銃は連中から奪ったって言ってなかった?)


(ああ、ちなみにだが私ではあれは作成不可能だ。原理や構造が分かっても精密な設計図が描けないからな)


(なるほど、つまり自分が作れないものを同じ病毒ウィルス達が作れるのが謎という事か)



(うむ、いかに五感が優れ、人より優れた知能を獲得できたとはいえ、君が居た星にあったような武器を作れるなんて事は・・・)


(?)


(・・・ここからは憶測として断っておくがもしかすると、君と同じようにこの星に転生した者が居るかもしれない)


(・・・・まぁ居てもおかしくはないか、だって俺がここに居る訳だしな)


(だが君の場合はその知識や記憶は殆ど欠如している。そうで無くても普通の人間が銃の知識なんてそうそう持っているもんじゃない)


(・・・どちらにせよ、この世界はどこか君のいた星、地球と少なからず関係性があるのかもしれない。なかなかに興味深い事だ)


(俺はまぁどっちでも良いけどな、生まれ変わって?って訳じゃ無いけど生きてる今こそが一番で昔の記憶なんて割とどうでも良いもんさ、便利だとか文明だとか、そんなものが無くなって生きているだけで楽しく感じるんだ)


(特に常に死と隣り合わせに居るから尚更そう感じるかもしれない。今こそはっきり言えるけどあの世界はどこかで何かが死んでいる・・・そう思えるよ)


(・・・君はまだ若い。おそらくは細胞の活性化が今の言動に表れているんだろう)


(そう言われると・・・あ、ウォン中尉が!)


ギィルは少し離れた場所でウォンだけがどこかへ連れ出されるのを見た。


(おそらくボスとの面会と言った所だろう。まぁあの男なら難なくやってのけるさ)


(大丈夫かな?)


(さぁ?)



それっきりギフトはまた眠るように反応する事は無かった。



ーーーーーーーーーーーーーー




ウォンは他の者達よりも少し離れた場所へ連行される。地下空間は恐ろしい程に広く空気は澄み切っているがそこに人工的な建造物は皆無であった。故に視力さえ良ければウォンの居場所は視認でき、聴力さえ良ければそこで話された会話の内容を傍受する事も可能である。


拘束され、何もない地面に座るように命じられたウォンの前に壁のような大男と、白のバーヌースを身に纏った精悍な顔つきの男が現れる。



「まぁ楽にしてくれってもこんな場所だもんで手以外は自由にしてくれや」


そう言うと男はウォンと同じように地面にどかっと座り込む。

付き添った大男は立ったままだ。


「俺の名はベドウィン・シャール・カーン。この砂漠の民を率いる者だ」


「従者のブド・アジータだ。フェザールの英雄よ、お前の事は昔の馴染みから聞いた」


「ははは、またそれですか・・・」


ウォンは参ったなという気持ちで顔を少し俯かせる。

そんな様子を見てベドウィンはその男の意外さを知る。


(・・・優しい目をしている)



まるで国の軍隊の隊長とは思えないような優しい目がベドウィンの興味を引き付ける。



「あんた、本当に軍人か?その割には良い目をしているじゃねぇか」


「・・・もっともそんな目をしたヤツは皆もう俺の仲間にゃいねぇけどな」


「・・・良い目かどうかは分かりませんが、私も時々思います」


「なぜ自分は軍人なのだろうか?とね」



それから二人はウォンから今までの事情を聞く事に。


「・・・・なるほどな、要するにアンタ達はあの忌々しい教信者どもに騙されたって訳か」


「最初からおかしいとは思っていましたが、まさか目的が自分の命だったなんて思いもしなかったもので・・・」


「連中がそこまでして消したい命ってんなら相当なもんなんだろう」


「・・・気に入ったぜ、アンタ、俺と組んであの連中を追い払ってくれないかい?」



今度はベドウィンが自分たちの現状について説明し始める。



「砂漠の民・・・なんて言ってもその正統の血を引く人間は今じゃ俺だけだ。他は皆他所から流れ着いたり、あのイカレタ連中から逃げてきた連中だったり、まぁ、そのおかげで今でもこうして組織的な活動が出来たりするって訳なんだが・・・」



元々この地方は複数に渡る部族が抗争を繰り返し覇権を争っていたが、そこにある一人の男が現れた。それこそがディアナイン神聖国を立ち上げた男、ジール・ジトムィールである。最初は誰も気にも留めず、誰も相手にしていなかったが、気づけばその男の周りには多くの人間が集まり、数十年もしない間に「国」と言える程の規模にまでその勢力は拡大していったと言う。



「俺が生まれた頃が一番酷い時期だったらしい・・・」



ベドウィンが生まれた頃。これまで争いあっていた部族達は結束し、ディアナイン神聖国をこの地から追い出そうとする臨時共同戦線を結成した。包囲網を敷いて一網打尽にしようと試みるも、結果は戦える者の殆どが死滅するという壊滅的敗北であった。



「・・・皮肉なもんだよな、俺達を滅ぼした奴らの武器のおかげで俺は命を救われたってんだから」



ベドウィンは銃を軽く叩きながら冷ややかに笑う。

だがその目だけはけして笑うことなく冷酷に銃を見つめていた。



「連中から死に物狂いで奪ったこの銃が俺達を救ったんだ。それからなんとか数も回復し、今では局地戦でなら連中にも対抗できるぐらいにはなってきた」


「勿論、情報だってかき集めたさ。だがどれもこれもにわかに信じがたい話ばかりでいまいち信憑性がねぇ・・・ただその中で分かった事が一つだけある」


「連中、少なくともその中枢にいる奴らは間違いなくイカれている。そうじゃなきゃ人間じゃねぇとしか思えない、そんな所だ」



「人間じゃない・・・?」



「ああ、アンタ、ジールには会ったのか?」


「ええ、失礼だがとても人間味のある、気さくな人物のように思えました」


「それがここ最近のヤツの印象だ。だが一昔は違う、昔の奴はまるで人形が喋っているように無表情だったと言う。人に慣れてないような素振りだったとな」


「それだけじゃない!砂漠に膨大な穀物地帯を作り上げたり、こんな簡単に人を殺せるようなもんを持ってたり、やることなす事が次元を超えている。それをイカれてると言う以外何て言える?俺達はそんな訳の分からない連中に・・・皆ぶっ殺されたんだ!!」



怒りの感情を露わに吐き捨てるように叫んだベドウィンの肩を後ろにいたウドが軽く叩く。



「すまねぇ、少し血が上っちまったらしい。だがアンタらだってけして人事じゃないはずだぜ?連中が本気になればここと同じくガルバギア全土を支配したとしてもなんらおかしくはねぇ、あいつらは危険だ。今のうちに叩いておかねぇと・・・そうだろ?」



「・・・そもそも彼らの目的とは一体何なのでしょう?」


「すまないが、それはまだ分からねぇ・・・そもそもなんだってこんな不毛な地を選んだのかさえもな」



(・・・不毛の地、か)



「ベドウィンさん、この辺一体の人口の総数はご存じですか?」


「人口?ああ、そうだな、さっきも言ったが地下に水があるとはいえ、所詮は砂漠だからな。昔も今も人の数は数千と言った所だ」


「・・・状況的な所によりますが、もしかするとあえて人目に付かない場所を選んだという事は無いでしょうか?」


「!なるほど・・・しかし、なんでそんな真似を?」


「それは本当に暴いてみないと何とも・・・」


「ふむ・・・実はあの場所から逃げてきたヤツも居るっていったよな?今からそのうちの一人を呼ぶから話を聞いてやってもらえるか?」



そう言うとベドウィンは部下に指示を出す。

しばらくすると子を抱えた女性が連れて来られた。


「あの・・・何か・・・?」


「いや、このあんちゃんに前に話した事、もう一度話して貰えるかい?」


「・・・はい」


それから女は子供を抱いて神聖国から逃げてきた経緯を話し始めた。


「本当はこの子の他に息子と夫がいたのですが、神託に選ばれた後急にそれっきり消息を絶ってしまったのです。何処へ行ったか?と聞いても地下で幸せに今も暮らしていると言うだけで・・・」


「・・・そういう事は結構あったのですか?」


「はい、神託は定期的に行われます。信仰心を認められた人だとか、真面目に働いた人、大きな功績を収めた人、そんな人達が選出されて神託を受ける為に地下に行くのですが、その後帰った者を誰も見た事はありません・・・」


「なるほど、随分とおかしな話ですね。周りの人間もさぞ不思議に思ったりしなかったのでしょうか?」


「そりゃ、皆おかしいとは思ってます。けれども私たちも元はと言えば祖国を捨てて縋る思いであの国の住人になったのです。あそこにいれば食べる者には困りませんから・・・」


「だから、不思議に思っても黙認したと?」


女は黙って頷く。


「では、何故逃げてきたのです?」


「こんな事を言うと、皆馬鹿げていると言うかもしれませんが・・・」


「ある日、夫が夢に出てきたのです。とても悲しい目をしていて全体的に真っ青でした・・・その夫が私に言うのです・・・」


「『ここから逃げろ!』と」



そこまで聞くと、今度はウォンが黙る。

少なくとも彼女の話から具体的な状況を見出せそうも無いと判断したからである。


「そうですか・・・では、あなた自身は、そういう・・えっと夫が夢で警告するような事が無ければずっとあの国の住人でも良かったと?」


「はい・・・まだ居たのかもしれません。畑仕事は楽ですし、信じられないぐらいの実りが得られますし・・・ただ・・・」


「ただ?」


「本当にたまにですが、一瞬だけ、信者の方々が怖いと感じる事が」


「どういう風に怖いと?」


「ええ、なんて言うんでしょう、たまに私たちを見る目が冷めると言いますでしょうか、まるで物でも見るかのように見てる事が・・・でも一瞬でしたし、私の錯覚かもしれません」



「ほれ見て見ろ、やっぱり連中は人間じゃないんだ!」


ベドウィンが叫びそうになるのをウォンが静かに手で止める。



「これだけの事じゃ断言できませんよ、少し話を変えても?」


「はい、何でしょう?」


「彼や他の人が持っている銃、この銃を見た事は?」


「いえ、ありません・・・でも聞くところによると信者達が持っていたらしいとは聞きました」


「僕が見た限りでも彼らが武装している様子はありませんでしたが、やはり普段でも武装した兵士達などは見かけなかったのですか?」


「はい、争いそのものは禁じられてますので、専ら武器になりそうなものは農具の類のみだったと思います」



(なるほど、一般と呼ばれる人達には完全に隠蔽しているという事か)



ウォンは他にも色々と質問をしてみたが、これと言って有力と言える情報は無かった。



(そうなるとやはり鍵はあれになるか・・・)



ウォンはベドウィンが構える銃を見つめる。



「地下に籠って秘密兵器の開発・・・でもしているのかな?」


「!?・・・いや、そのセンは厳しいかもしれん、俺も疑ってみたけどな」


「どうして?」


「この銃な、どうも連中が作ったもんじゃ無い事が分かったんだ」


「・・・ほぅ」


「と、なると出所は?目星は付いているんですか?」


「ああ」


大きく頷くとベドウィンは北を指さした。



「アストラだよ、アストラ北王国」



「なんだって!!」


ウォンが急に立ち上がる。



「じゃあ、ディアナイン神聖国とアストラ北王国というのは・・・」


「なんだ、知らないのか?奴らが作った小麦の殆どはアストラに輸送されているのさ、それでその見返りが・・・コレだ」



ベドウィンが銃を軽く叩く。だが、そんな事よりも北王国と神聖国が密接な関係があった事に驚き、そして苛立ちを隠しきれないように吐き捨てた。



「最初から仕組まれていたという訳か・・・クソッ」


ウォンにしては珍しく悪態を付く。


「アンタの命はそれだけ価値があるという事だ。少なくとも連中にとってはだがな」


「・・・では、私の首を差し出すか、生け捕りにして引き渡せば良い取引になるのでは?」


「おいおい自暴自棄になりなさんな、そんな事はしねぇさ」


「勿論・・・アンタの返答次第って所になるが?」


「・・・少し仲間と話をしても良いでしょうか?」


ウォンの提言にベドウィンは頷いた。


「ああ、いい返事期待してるぜ!」



ベドウィンとの話し合いを一時中断し、ウォンは再び仲間達の元へ戻された。実の所、最初から答えは決まっていたが、今得た情報を皆と共有したいと言う思い、そして今後の方針を定める上でもウォンはすぐさま上官クラス、そしてギィルを呼び話し合いを始めた。


「全くひでぇ話だぜ、よりによってアストラと神聖国が同盟に近い関係だったなんてよ」


「全くだ、これまでの労力とそれにかかった費用、あと精神的苦痛なんかも加味して訴えたいもんだね」


「しかし、アストラにここまでの技術力があったというのは驚きです。逆に言えば本当の脅威は神聖国なんかよりもアストラの方なのでは?」


ウォンの説明が終わり次第、皆の声が大きくなる。それだけ神聖国が計画した罠はウォン部隊にとって看過できないものであった。


「アストラも年中雪に覆われる謎に満ちた国だ。もしかすると我が国のように豊富な鉱石資源があったのかもしれん・・・」



(なにやら面白うそうな話になってきているな)


その時、ギフトが突然ギィルに頭に話しかけてきた。



(全く、都合よく目覚めやがって・・・今丁度疑惑が確信に変わった所さ。アストラ北王国とディアナイン神聖国はどうやら密接な関係にあるらしい)


(ふむ)


(それと、意外な事が分かったぞ。あの銃、どうもアストラから流れてきたものらしいぞ)


(ほぅ)


(さっきの読みが当たったな。少なくとも連中だけであの銃の開発にまでは辿り着けなかったって事だ)


(こうなってくるとますます、星を跨いだ転生者、それも軍事に関係した記憶を持つ危険なヤツがいる可能性が高くなってきたな・・・)


(ふむ・・・だがそれがアストラにいるとも限らない。仮に居たと仮定するならいつまでも寒い所に籠って無いでこのガルバギア全土をとっくに手中に収めているとしても何らおかしくないはずだ)


(少なくとも、その準備中である動きも無い・・・と、なるとその技術も何処からかアストラに入ってきた可能性が高い)


(どこかって・・・!! まさか、帝国か!?)


(北王国のどこかに不凍港でもあれば可能だろう。今一度、アストラと帝国の関係を調べる必要がある)


(でも・・・どうやって?)


(知らん)



(だが、今はそれよりもこの技術が今の私たちで複製可能かどうかの方が重要だそうだ)



ギフトがそう言った直後、ファジャが溜まったものを吐き出すように大声で話し始める。


「とくもかくにもあの銃、増産さえ可能ならば歴史が大きく変わりますよ!なんとしてもリフォルエンデに持ち帰って研究すべきかと思います!!」


「うん、でもここでもいくらか模造銃は作られたみたいだが・・・?」


「いえ、あれはおそらくダメです、1、2発撃てればいい程度の劣悪品でしょう」


そう言うとファジャは皆に集まる様に促し、小声になった。


「・・・あれ、材質が鉄じゃない・・・いえ、もっと硬度を誇ったものなんです、それを作れる材料が揃うのは・・・」


鉱山国リフォルエンデじゃないとという事か!!」


ファジャはゆっくりと頷く。

だが、同時に首を横にも振った。


「でも、恐らく今我が国の持つ炉ではこれほどの強度を持つ金属は形成出来ないと思われます」


「普通に鉄を鋳造するだけじゃダメなのか?」


「触った感じや撃ってみて感じたけどかなりの強度を誇った金属で出来ているわ。鍛造ならともかく、大量生産を前提に鋳造するとなるともっと高い温度で作らないと・・・」


「それに銃も凄いけど、それよりももっとすごいのはこの弾よ、あんな形見た事ないし、構造もさっぱり・・・」


「でも・・・・」


「これがもし生産可能になって大量に生産でき、それを主力に出来たなら・・・世界は大きく変わる・・・・」



研究者の性なのかファジャは無意識に笑みを浮かべている。

その様子にウォンは慌ててファジャを現実へと引き戻す。



「ファジャ、想像してみろ。あんなものが戦争に起用された時の結末を・・・君は自らそれを望んで実行しようと言うのか?」


「そ、それは・・・すみません中尉、配慮が足りませんでした」


ファジャは我に返ったように謝った。



「いんや、中尉、確かに危険っちゃ危険ですがワシもファジャの言う事には賛成ですぜ?戦争ってもんは誰かが終わらせなきゃならないものです。それにはいつだって力がいる、大体戦場なんてものはいつだって残酷でどうしようもない血まみれだ、軍人がそこに目を背けるべきじゃない」


ベンが珍しくウォンに反論する。



「確かにそうだ、だがその先にある未来も考えりゃ頭が痛いよ。あれが戦争に限らず、もっと身近に存在したらどうなる?隣の隣人があんなもので武装していたらと考えたらどう思う?文明の発展によって人はより便利なものを作るのだろうけど、僕たちは今便利に人を殺せる道具を容認しようとしているんだ、これはなかなかに怖い事だよ」


「むぐぐ、そう言われてしまうと・・・ワシはあくまで戦争での事で、まさかそこまで考えているとは思いもしませんだ・・」



「いや、中尉。それを言うなら今だって簡単に人を殺せるのではないでしょうか?女や子でも小さいナイフ、少し大きめの石や鈍器、そこに銃が加わったとしても手段が増えるだけで何も変わりはしないのでは?」


今度はさらに珍しくカメオが反論する。


「ナイフは少なくとも勢いよく心臓に突き当てる必要があって、石や鈍器だって大きく上に振りかざさないと致命傷になるまでの打撃は与えられない。だがアレはどうだ?少し指先を動かすだけで信じられないぐらいの破壊力を生む、この差はデカいよ、比喩でもなく本当に子供が平気で引き金を引く・・・」


「・・・ごめん、こんな事をここで言っても仕方ないのは分かっているんだが、どうも僕は気が弱いから及び腰でね・・・人を簡単に殺せる武器なんて無いなら無い方が良いと思いたいのさ」


それだけでは無い、ウォンは無意識に、いや起こりうる最悪の事態を想定してそれを実行してしまいそうな自分を恐れたのである。


「とは言え、まずはこの状況をなんとかせないかんとですな。中尉としてはどうお考えなのです?」


「・・・彼等の力を借りてなんとかリフォルエンデへ帰還する、というのが正攻法なのかもしれないが・・・方針は今まで通りアーレ・ブランドンへ向かう、だ」


「理由としてまず、同じ武力でも兵力の差は歴然としているし、神聖国としてもそこはしっかりと狙いを定めて抜け目など無いようしているはずだからね。僕としては引き続き安全な方法を選ぶまでだ」


「じゃあ、彼等に協力するというのは・・・」


「無論、断る方向で考えている。ただ、そうなると今度は

アーレに行くどころか、此処で命を絶つ可能性が高くなってしまうけどね」


「そこで僕が今考えている事は・・・」



「砂漠の民とアーレ・ブランドンの協力関係を仰ぐ、ですか」



ギィルが(正確にはギフトが)確信を言い当てた事でウォンを始めとする皆が驚きの目でギィルを見る。



「そうだ、アーレとしても僕を手中に収めれば何としてもその事実を政治的な戦略に利用するだろう。筋書としてはアーレを懐柔して何とか砂漠の民と同盟関係を結ばせ、その勢いに任せて一気に神聖国を叩く」


「その成功報酬に僕たちは無事にリフォルエンデへ帰らせて貰うと言う寸法さ」


「・・・想像はしてましたが、やはりそこまでの年月がかかりますか・・・」



「ああ、残念ながら、いや、本当は一生自国の土は踏めないと思っていた所に一筋の光が差し込んだとも言うか、なんにしてもまずはあのボスをどうにか説得させないと、だね」


ウォンは語気を強めるとすくっと立ち上がる。



「では、再度交渉に行くとしますかね、自滅はコリゴリだ」


そして、自らベドウィンの元へ足を運ばせた。



ーーーーーーーーーーー



話を終えたウォンが再度、此方へ向かってくるのを見ながらウドはベドウィンに話しかける。


「彼がもし断ったらどうする?」


「関係ねぇさ、嫌でも付き合って貰う」


「・・・それでも従わない場合は、殺すか?」


「そんな事しちまったら俺は先祖に一生顔向けできねぇよ」


「今俺の目の前を歩いている男は全く俺と正反対の人間だ。だからこそ活路を見出せるってもんさ」


そして先ほどのようにウォンとベドウォンは地面に腰かけ、話を再開する。



「どうだい?意見は固まったか?」


「はい、まずここの残り、神聖国に対抗すると言う要請は断らせて頂きたい」



ウォンのはっきりした物言いに思わずベドウィンは次の言葉に間が空いた。



「・・・そこまで言うからには当然此方を納得させるだけの理由もあるんだろ?」


「ええ、でもそれは貴方方が痛い程知っている事ですよ」


「要するに決定的な戦力不足です」


「なるほど、さすがに良く見抜いてやがる・・・」


そう言うとベドウィンはため息交じりに続けた。


「こっちで動ける、それも本気となればその数はおよそ数千。対して連中はおおよそに見ても・・・」


「5万から10万だ」


「神聖国の使者が述べた神聖国の総数はおよそ4千万だそうです。これは我が国リフォルエンデから見ても比較にならない程の大国。つまり、砂漠の民に限らず我が国が全力で挑んだとしても勝利を収める事など無理難題な話なのです」


「ここまで来ると怒りよりも笑いが出てくるぜ。何から何まで規格外すぎる」


「ただ、一つだけ彼らとまともに戦える方法があります」


「・・・なんだと?」


「アーレ・ブランドン共和国を味方に引き入れ、神聖国に対し宣戦布告を行わせるのです」


「・・・なるほどね、目には目を歯には歯をって訳か」


「大国のアーレなら少なくとも動員数だけなら神聖国と同じほどの兵数を揃える事は可能でしょう」


「だが、武器はどうする?南方の者もお前らが持ってる装備と大して変わらない。紙でナイフに挑む気か?」


「我が国、リフォルエンデは今はまだ小国ですが先進的な技術力を保持しています。確かに長丁場にはなるでしょうが、アーレ側から話し合いを設け、協力が可能になれば少なくとも出来の悪い模造銃よりはマシなものが量産できるかもしれません」


「チッ・・なんだ気づいていやがったか、確かに俺達じゃこの銃の完璧な複製は厳しい」


「だが、イマイチ話が見えてこねぇ・・・小国の軍人さんからなんで大国アーレの話になってくるんだ?」


「それは、これから私がアーレ・ブランドンへ向かうからです」


「!!!・・・まさか、アンタ、捕虜になる気か!?」


「そのまさかです、私としても今はそれしか今の仲間達を存命させる方法が思いつかないもので」


「・・・アンタ一人でアーレ・ブランドを動かせるって言うのか?」


「いえ、幸い私の仲間には優秀な者も多いですし、それに・・・」


「目の前にも神聖国攻略に向けて優秀なガイドもいますしね」



それを聞くとベドウィンは思わず吹き出してしまった。



「ふ、ははは・・・まさかもう俺を引き入れるつもりでいたとはな」


「当然ですよ、そもそも貴方方がが言い出した事でしょう?」


ウォンの態度にブドは少し苛付き、ベドウィンも思う所はあったがそこにはあえて触れず、話を続ける。



「問題はアーレを動かすだけの餌です。さすがに人道救済だけの目的で大軍は動かせないでしょうしね。ベドウィンさん、神聖国が生産する小麦や農作物以外でここで得られる有益な資源なんてものはご存じですか?」


「おいおい、そんなもんがありゃ連中か俺達が先にごっそり頂いているだろうがよ!・・・って言いたい所だが、あるぜ」


「だが、さすがに今は言えねぇな。こういうのは時期とタイミングが重要って言うだろ?無事アーレにたどり着いて対等な交渉の場になった時にでも俺の口から言わせて貰うさ」



「分かりました。では、その時は宜しくお願いします」


「は?・・・なんだか拍子抜けするんだが。もし、そんなものが存在しない場合、もしくはそれ自体が大したもんじゃない場合、最悪アンタは一生牢屋にぶち込まれる事にも成りかねないんだが・・・」



「その時はお互い様でしょう。誤解しないで欲しいのですが私は別に貴方方を信頼している訳じゃ無いのです」


「なんというか、まぁ・・・そうならざる終えない状況で判断している迄というか」


「そうか・・・なんかそう言われると急に肩の力が抜けた感じがしてきたぜ。そうかい、そうかい・・・よし、じゃあ俺も決めたぜ!」



「今より砂漠の民はこれより、ウォン・リオンの配下に加えて頂く!!」


「!!・・・おい、ボス。さすがにそれは」


「いいや皆まで言うんじゃねぇ!その方がこの男にも伯が付くってもんだろう?」


「・・・嬉しい限りですが、今は国から離れてますし雇うべき給与も保障出来ないのですが・・・」


「そんなもん出世払いでタンマリ頂くつもりだから全然問題ねぇぜ?なぁブド?」


「・・・(はぁ)我ら砂漠の民はボスの決定に従うのみ」


ベドウィンは上機嫌でウォンの肩を叩き、対するウォンとブドは小さくため息を吐いた。




―ガルバギア暦1290年3月2日



砂漠にて孤軍奮闘するウォン部隊にキリル荒地に精通する武装勢力、『砂漠の民』がその軍門に下る。その結果部隊規模は中隊クラスから一気に旅団クラスにまで拡大する。ただし、祖国との離縁が決定した訳では無いので軍組織などの改革は行わず、それぞれが段階的にアーレ・ブランドンへ目指す事となる。



「連中も馬鹿じゃねぇからな、そろそろお前の思惑に気づく頃かもしれん」


「って言っても砂漠は膨大だからな。いくら大挙になって隈なく探そうたって蟻を見つけるなんて事は出来まいだろうけどよ、こう言っちゃなんだが逆に少数なのが功を通しそうだな」



ウォンとベドウィンの会談が終わって数週間、各拠点に散る他の砂漠の民達はそれぞれに別グループで南下し、ウォン部隊には元々居た部隊を始め、ベドウィンとブド、他の少数精鋭で固まりアーレを目指す。



「ははは、3千に及ぶ軍隊を「蟻」ですか」


「まぁな、下手すりゃ蟻以下に成り下がるかもしれねぇ。なにせ向こうだって敵国、武装も全部解除しなきゃならねぇしなぁ」


「・・・気が滅入りますね、さっさと楽になりたいもんだ」


「なーに、お前さんならきっとうまくやれるさ。俺が見込んだ男だからな!」


相変わらず隣で強く肩を叩くベドウィンに対し、ウォンはただ苦笑するしかなかった。その中でウォンはここを去る前にもう一つ、ある決着を付けなければと考えていた。



それは・・・



ギィル・コールマイナー中等兵



一体彼は何者なのか?



今までは偶然と思えた彼の行動や言動も、さすがにそれだけでは説明できない所にまで来ていた。ウォン自体、この問題をこのまま疎かにすれば、今後において大きな躓きになりかねないという危機感を抱いていた。それと同時に、何か触れてはならないタブーに触れるような恐怖も抱く・・・。



拠点からの出発は明日早朝。

タイミング的には今日の夜がいいだろう、と心の内に問う。



その時、気候の影響を受けないこの砂漠の中でひときわ

冷たい風がウォンの体を通り抜けたような気がした・・・。



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異世界傍観伝 譽任 @homary

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