第15話 一章第8節 砂漠の民




ーガルバギア暦1290年2月



リォルエンデ国内は積雪に追われ、一面白銀の世界が広がっていた。アンナ・ベイカー上等兵は順調に士官学校の課程を修了し、専攻課程においては白兵技術と戦術論を専攻し、それぞれに優秀な成績を収めていた。とはいえ、礼儀作法も士官としての嗜みである為、普段は女性用の制服を着用する。髪は相変わらず短く纏めているが元々端麗であった為か、美しく成長し男女問わず人気の的となっていた。


だが、そんなアンナの耳に信じられない噂が飛び込んでくる。


『ウォン・リオン中隊 ディアナイン北方で消息不明!』


(・・・嘘だろ)



アンナは心の底からそう叫んだ。あのウォン・リオンが、そしてギィルが・・・そんな噂の真相を知る為、アンナは急いで軍務庁舎のとある場所へ駆けこむ・・・。


ーーーーーーーーーー


「元帥!ウォン中尉が失踪したって噂本当なんですか!?」


「!!? なんだ貴様!!」


コーヒーを飲みながら書類に目を通すハーバーの前に、目を見開き今にも飛び込んできそうな凛々しい若い女性下士官がノックもせずに元帥室に入り込んできた。


「おい貴様!どこの所属だ?上官は誰だ?」

「元帥!私はアンナ・ベイカー上等兵です、それよりもどうなんですか!?」

「貴様人の話を・・・」

「よい」

「し、しかし・・・」


「その恰好、おそらく士官学校の生徒だろう、あそこは貴族な出のものも多い、下手に事を荒げるような事があっては・・・のう?」

「は?・・・い、いや・・・これはアンナ殿、大変失礼致しました今、お茶をお持ち致しますので」

「いやいい、後は私が責任を取ろう、君はちょっと席を外してくれんか」

「えっ?閣下がそうおっしゃるのであれば・・・」


この一連の騒動に混乱しながらも従者は一礼をし部屋を出た。


「ふぅ・・・肩書でしか物事を判断できないようになれば、だがまぁ今回はそれが返って功を通した、という訳だ」

「そうは思わんかね?アンナ嬢?」

「・・・そういえばお、いえ私は元帥閣下とお話するのは始めてで・・・突然このような形で押しかけてしまい」

「まぁ話はウォンから聞いておったよ、じゃじゃ馬・・・今は馬子にも衣装と言った所か、ウォンの判断もあながち間違ってはおらんかったという事だな」


ハーバーはコーヒーを飲みながらアンナにウィンクする。


「??それよりも元帥閣下、噂は本当なんですか??」

「まぁ落ち着きなさい」


そう言うとハーバーは先ほどから目を通した書類を指で軽く叩く。


「もう読み書きは出来るな?」


ハーバーはその書類をアンナに差し出した。


「これは・・・」


『リフォルエンデ鉱山国より派遣されたしウォン・リオン中尉とその編成部隊、アストラ北王国の侵略前線区域にて善戦するも敗走。聖地ダ・カールに帰還する際に進軍した北王軍に追い込まれ南方の砂漠地帯にて失踪する。現在、多方区域を捜索中であるが生存の確率は低いだろうと推測。引き続き捜索を行い・・・』


「一昨日ディアナインから送られてきた書状の写しじゃ」

「そんな・・・」

「落胆するのも無理は無い・・・だが、ワシはこれでますますかの国の胡散臭さがより一層きな臭くなった気がしたがな」


「?・・・」


「ワシとウォンはそれこそ長い付き合いだ、あやつはワシにとって弟子でもあり、そして同時に師でもある、危険回避の鬼のようなあの男が敵軍と真っ向から勝負を挑むなど考えられん」


「・・・すると閣下はこれがディアナイン側の偽情報であると?」


「その可能性は十分にあるな、そもそも最初から疑わしい事この上なかったのだ、戦争後の火器も充分に無いこの国に援軍要請など・・・それもたった一人の英雄を指名してはその見返りは不自然に多かった」


「最初から侵略なんて無かったという事ですか!」


ハーバーは一瞬だけ無言になり、その問いには答えずに話を続けた。


「こうなってくるといよいよ連中の目的・・・いや逆に考えればその目的も一点に絞れてくるかもしれんな」


「理由は分からんが、おそらく連中はウォンを消したかったのだろう」

「え?」


「何もかもが偽りでもウォンを指名した事だけは事実、それが失踪したと言うのなら、まず考えられることはウォンの暗殺に失敗したと言う事か」


「それじゃ中尉達は・・・!」


「心配しなさんな、大方連中の動向にいち早く気が付いて早々に撤退行動に移したんじゃろう、お前さんの窮地を救った友人も、おそらく全隊員もまだ無事のはずじゃ」


「・・・良かった」


アンナはそれを聞くと目に涙を浮かべ、心から安堵したように肩を落とす。勿論、その全てはハーバーがただ推測しただけの状況的証明であり、可能性でしか無いがその涙を見てハーバーはそれ以上言及はしなかった。



死に征く者の為に泣く者がいる。

ハーバーはウォンとギィルに一抹の羨ましささえ覚える程であった。やがてそれは己が歩んできた過去を巡ろうとするが、すぐさま現実へまた引き戻る。そして少し慌てるように棚や机を調べ、古びた大きな地図をボードに張り付けた。


そして少し厳しい目つきになり、アンナにこう告げた。



「さて、お前さんも戦術家になろうとしているのならこの地図からウォン・リオンという男がどのように考え、そしてどう動こうとしているのかを読み解いて見せなさい」



その地図はガルバギア全土を示している。

アンナはウォン達が居るであろうディアナイン神聖国を強く睨んだ。



反対にハーバーはまるで悟ったかのように、ほんの少し悲しい目を向けていた。それが近い未来、予想を大きく上回り、自らの前に現れる事など思いもしないままで・・・・・・。




ーーーーーーーーーーーーー




ディアナイン神聖国が出来る以前のキリル荒地はその名が示す通り、不毛の地として人々には記録されていたが、実際にはギフトが指摘したように地下には豊富な地下水脈が流れ、所々にそれらが地上に噴出してオアシスを形成している。それを古くから知る者は南北を交易ルートの中継地点として利用されてきたのは知る人のみ知る貴重な情報である。なぜならこれらを巡っての争いは絶えずに起き、そしてその血塗られた歴史はこの不毛の大地の元で人知れず消えていき、それを伝える者さえいなかったのだからだ。


時には大きな二大勢力が覇権を巡り、そして互いに砂漠と共に風化していった。今ではそんな生き残りが細々と交易で訪れる行商達を狙って追剥や強奪、時には警護を買って出てその代償を得ようとする。そんな砂漠に蠢く彼らを行商達は『砂漠の民』と呼び畏怖していた。


そんな彼等の仲間も少数に分かれてこの広大な荒地を巡回している中だった。


「・・・・・・なんだありゃ?」


若い赤髪の少年が望遠鏡を見ながら遠方に見える光景を訝しげにみている。


「マックスさん、ちょっとアレ見て貰っていいすか?」

「ん?なんだ?」


マックスと呼ばれた屈強な男は少年から望遠鏡を取り、同じく首を捻る。


「・・・・・・・行商の類じゃねぇなありゃ」

「あーあー、貴重な水をきたねぇ体で汚しやがって」


マックスの目には、幾人かの男達が服を脱ぎ出し、今まさに砂漠の湖に飛び込んでいる様子であった。


「見かけない服ですよね、あれってもしや軍隊なんじゃ?」


少年はちゃっかりと自分用の望遠鏡でその様子を覗き込んでいる。


「だろうけど、見た事ねぇ恰好だな、少なくとも南北のもんじゃねぇ、それに見て見ろ、連中の武装・・・」


「あはは!マックスさん!あれマスケット銃ですぜ!」

「笑うんじゃねぇ!そもそも本来あれが普通なんだ」


「でも、あんなレトロ品で連中に出くわしたら全員蜂の巣なんでしょうねぇ」


「違いねぇ、まぁこっちにはコレがある、いっちょ仕掛けてみるか?」

「えっ?ふ、二人でですか?」

「お前が今しがた蜂の巣にするって言わなかったか?」

「いやいや、さすがに・・・連中50人ぐらいはいますぜ?さすがに応援呼んだ方が・・・」

「その間に連中が動いたらどうする?お前それを見つけてボスに報告できるか?」

「・・・ここはあえて見なかった事にするってのはぁ・・・いで!」


「バカヤロー!ここは俺ら砂漠の民のシマだぞ!どこの馬の骨とも分からん連中に好き勝手にされているのを見過ごせっていうのか!?」

「いでで、何も殴らなくてもいいじゃないですかー!」

「それで無くても、俺達はあのいかれた連中のせいで・・・」

「でもコレはそのいかれた連中からくすねたものですぜ?」

「!・・・全く口ばっか達者になりやがって!」


マックスは少年から強引に銃を取り上げ、引き金を引く。


「アンゼ・・・やっぱりお前から行け」

「えー!!!」


アンゼと呼ばれた少年は渡された銃をしぶしぶ受け取る。

目指すは自分よりも幾分年を取った謎の集団である。大人の汚さを再確認しながらもゆっくりと銃を構え、目標へ向かった。


ーーーーーーーーーーーーー


兵士達が次から次へとオアシスへ飛び込み、砂漠で渇きった体を潤して行く。その光景にウォンはひとまずの安心感を覚える。水は勿論の事、なんとそこには豊富なナツメヤシも茂っていた。このオアシスの発見でウォンの部隊は食糧事情さえも解決したのである。だが、これでとある一人の少年、いや青年の存在がさらに謎めく事になっていく。


ギィル・コールマイナー


この青年は一体何故この場所を突き止める事が出来たのだ?

親しみを覚えながらもその恐ろしい洞察力、慧眼に内心驚きを隠せずにいた。だが、それはそれとして今はこの発見を皆と共に祝うべき事が先決であり、ギィルの事はその後で冷静に見極めていけば良いだろうという楽観的思考が彼に大きなため息を吐かせる。


しかし、その安堵と同時にそれは起きた。


ダダダ!! ダダダ!! ダダダダ!!!


それは初めて聞く衝撃音だった。

だがそれがすぐに危険であると察知できたのは長年軍人として生きていた勘だったのかもしれない。ウォンはすぐさま身を屈めて音の聞こえた方角に目を向ける。そこには赤髪の少年が銃器のようなものを振り回し、周りいた仲間達を威嚇している様子が見えた。



ウォンが注目したのはやはりその少年の持つ銃であった。斥候達から聞いたようにこちらの持つ銃とはまるで次元が違う凶器がそこにはあったのだ。



(あれが連続機銃・・・!)


今までの常識を覆すそれはある意味素晴らしき発見でもあり、そして恐ろしき悪魔の所業にも感じ、ウォンは全身に身震いを起こす。幸いにして敵は少年一人、ウォンは敵に悟られないよう慎重に様子を見る事にした。


・・・・・・・・・


赤髪の少年、アンゼ・ロッソの放った銃の威力はその場にいる者全員を戦慄させるのに十分であった。


「全員手を後ろに回せ!抵抗しようなんて思うんじゃねーぜ?」


得意げに銃を構え、勝ち誇るようにアンゼは叫ぶ。

内心、心細い気はあったがやはりこの銃の前にして大人も子供も例外なく無力である事に絶対的な自信があった。そして、ほとんどの兵士達が水で泳ごうと装備を外していた事が余計に無力化を加速させていた。


(ふっふっふ・・・どこのどいつだか知らねぇけどこの銃の前じゃ誰だってビビり散らかすわなぁ)


「おい、君・・・その銃は一体どこで手に入れたんだ?」

「はぁあ?そんな事はお前たちが知る必要ないね!いいからさっさと荷物をまとめな!」


正直、兵士たちの持つ装備や戦利品の類は実戦的に考えれば価値は低いが、施されている装飾などを見るとやはり美術的な価値はありそうな気がした。これらをまとめて南方にでも売り捌けばいい金になるかもしれない。アンゼはマックスが早く報告したくてうずうずしている。


(こいつらどいつもこいつも骨董品の塊みてぇな装備していやがるぜぇ~これを全部まとめて売ったら・・・)


思わず顔に笑みが漏れそうになるその時だった。少し離れた場所から何かが全力疾走でこちらに向かってくる。


「!?・・・・おいそこのお前!止まれ!」


慌てて銃を構えるアンゼだが・・・・


「おおおおりゃあああああくそがきぃぃぃぃ!!!!!その銃をちょっと見せろおぉぉぉぉぉ!!!!!!!」


「え?ちょ、とま・・・ひ、ヒイィイイイイイイ!!!!」


「・・・ふ、ファジャさん?」



兵士の一人が叫ぶ。

気が付くとアンゼは完全に銃を取られた状態で尻もちをついていた。



「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・」


「ひぃぃぃいい!!!ご、ごめんなさいー撃たないでー!!!」


ファジャの目は完全に正気を失っているように見え、それは周りをある意味で戦慄させる。


ダダダ!! ダダダ!! ダダダダ!!!


「ヒッ!おい!!!ファジャ!!!やめろーー!!!」



ファジャは突然狂ったように銃を発砲し始め、それが思わず他の兵士達に当たりそうになる。


「ああああー!!!誰かー!あの女を止めろ―!!!!」


「ふふふふ・・・ふはははははなんじゃこりゃやべぇえええ!!!!」

「ふははははは!!!・・・・あ、ありゃ?」


「あああー貴重な弾がー!!!」

「おいガキ、弾」

「いやいやいやいや、アンタこれがどんだけ貴重なもんか分かって・・・」


「弾ーー!!!!」


「ひぃ、この人怖いいいいー!!」


「助けて―!!マッ・・・・」

そこまで言いかけて思わず口を塞ぐアンゼ。


「ファジャ、それぐらいにしようか」


「あ!!中尉!!!失礼しました」

「しかし、これは・・・なんというか本当に銃なのでしょうか?今までの面倒だった操作が全てそそぎ落されているような・・・弾がこんなに無限に出るなんて・・・おいガ・・・いや君!この銃を一体どこで手に入れたんだ!!」


「何処ってそりゃこの辺じゃ・・・あっ」

「・・・・?」

「それについては、おいおい聞く事になるだろう、だがその前に・・・」



「中尉!!」


暴走したファジャを止めたウォンの後ろからベジャルが見覚えの無い男を拘束させて近づいてきた。


「・・・やはり一人じゃなかったか」


「ええ、まぁ考えてみりゃ分かる事なんでしょうがこういう場合咄嗟の機転が利きますからなぁ、なぁ?ギィル」


そう言うとベンはギィルの背中を思いっきり叩いた。


「ッ・・・!ええ、まぁ」


「正直ギィルがコイツの存在に気付いてくれなかったら取り逃がして居た所でしたよ」



ベジャルも同意して頷く。

捕らえられた男は大柄の筋肉質の中年であり、それを見たアンゼは無言で青ざめていた。


「マ、マックスさぁん、何捕まっているですかー」

「バカヤロー!!それはこっちのセリフだ!!先に行けって一人で行く馬鹿がどこにいるんだ!!!」



「ああ、それとこの男もその子供と同じような武器を所持していました」


ベジャルはウォンに銃を手渡す。


「ふむ、確かに見た事の無い加工技術だな、君達、これはもしや教団の連中から奪ったものなのかい?」


「・・・・・・・」

「・・・・・・・・」


「ふむ、まぁそう簡単に口は割らないか」


ウォンが一人で納得するようにそう言うとマックスと呼ばれた男が吹き出すように笑い始めた。


「なぁ、アンタ、いやアンタらはこの辺のモンじゃねぇみてぇだが、俺達の事も知らねぇ見てぇだな」


「・・・?」


「俺達はこの辺じゃ『砂漠の民』という名で呼ばれている、そんな俺達がたった二人でアンタらの偵察に来たのは事実だ、だが、その時点で気づくべきだったんじゃないのか?」


「・・・おい、一体何の話を・・・?」


ベジャルが説明を求めようとしたその時だった。

オアシスを囲むように5百を数える程の兵士たちが銃を構えてウォン達を包囲していた。


「その銃と仲間の銃の性能はほぼ一緒、だがもし抵抗するならアンタらは確実に全滅するぜ?」

「そうそう、此処は大人しく降伏するこったな」

「バカヤロー!軽々しく言うなってんだ!」


そう言うとマックスはアンゼの額に思いっきり頭突きをかました。


「・・・これは」


ここに居た全員がその直前までその気配に気づかなかった。それだけで彼らがこの過酷な環境に適した一流の兵士達である事を物語っている。


「こいつら・・・『砂漠の民』か!」


「中尉・・・」


その声にウォンは口を手で押さえながら残ったもう一つの手を静かに振り下ろす。

こうしてウォン部隊はその全数を謎の武装集団『砂漠の民』に拘束、連行される事になったのである。しかし、これから出会う人物はその後のウォンの人生において大きな影響を齎す。


その者の名はベドウィン・シャール・カーン。


『砂漠の民』を率いる武装集団の長的存在である。

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