第14話 一章第7節 岐路
我々は『永遠の生』を求めている。
遥か昔から、数多の同胞達が『生』を
ひたすら追いかけていたのだ。
だからずっと恐れていた、怯えていた、生きられない事に、
逃れられない『死』に・・・。
我々の目的は生きる事、生きたいと願う事、そして・・・
これからも生き続ける事。その為に多くが死んでも、
それでも藻掻き、そして生き残る。
それが我々の目的なのだ。
ーーーーーーーーー
―ディアナイン神聖国某所
そこはまるで巨大な遺跡のように広く、そして暗い場所であった。耳をすませばどこかで水が流れる音が聞こえる。その音と、火に灯るわずかな光、そしてひとたび声を出せば何処までも木霊していくような虚空間だけが延々と広がっている。その中央に巨大な石板が設けられ、そこに描かれるは異形の神、だが、それを祈る者は無く、存在する数人の影が乏しい灯と共にゆらゆらと静かに揺らいでいる。
彼らは自らを『ククノス』と名乗った。
人々が祈るは彼等そのもの。
それは自らを『神』と称する事と同等であった。
彼等は常に互いの脳波を共有する事ができた。人で在りながらも個の領域を超え、空に蠢く暗黒のように全ての思想を包み込む事が出来る。そんな彼らの前に今日も上から来た民たちが迎えられる。皆この日を夢見て、日々厳しい暮らしに耐えてきた者達ばかり、そして今日自らが選ばれたこの日と、神に感謝をして。
それぞれが用意された盃に手に祝杯をと、それを飲み干す。その瞬間、幸せに満ちた表情が急変し、それを飲んだ全員がその場に崩れ落ちる。体は痙攣し、口からは滲むように血が流れ、苦しみから目を見開き、自分に何が起こったのかさえ分からず最期の時をこの目に焼き付けていた。彼等はそんな様子を真面目に、熱心に観察していた。そこに彼らが今まで演じていた愛情などは無く、ただ己の探求心を満たしたいが為の研究者の目に変わっていた。倒れた民たちの反応に少し落胆し、それぞれが今後の儀式についてまた話し合う。結果を記録する者は、黙々とその様子をノートに記述していた。
そ
し
て
全てを悟った目は、次第にゆっくりと光を失っていく・・・。
そんな時、慌てた様子で上から何人かの人間が降りてきた。その代表が誰かに耳打ちし、その様子でそこに居る全ての者が情報を把握する。ノートには先ほどまで滞在していた標的の人員リストが克明に記されていた。
報告は『計画に支障が出た』との事であった。
報告を受けた者はすぐに、耳打ちで次なる作戦を実行するよう伝える。他はどうでも良いが彼らにとって、あの男は今後大きな弊害に成り得る可能性がある。人類が真の真実を知りもせず恐怖に駆られた時、英雄の駒は覇王となり此方へ牙を向けるだろう。
そうなる前に排除せねばならない。
情報が再認識され、それぞれが一人、また一人と闇へ消えていった。
幼い少女の目はそれを静かに追っているように見えた。
『どうして?』という疑問を涙に残しながら・・・。
ーーーーーーーーー
ウォンの部隊がディアナインに入ってから15日程経過した中、状況は非常にひっ迫し始めていた。何故なら今現在彼らのいる場所は砂漠のど真ん中、それも向かうはずであったリフォルエンデとは反対の方向、聖地ダ・カールのほぼ南の場所であったからだ。森と砂漠、どちらで野営するかと言われれば即答できる人は少ないだろう。だが、森ならばまだ生存確率が高く、なにより謎の追跡から身を隠しやすい。たいていの動物ならば火を恐れるので絶えずに見張りさえ維持していれば、水さえ儘ならない砂漠などよりは遥かに安定して野営できるというものである。だが、とある報告により、それは危険であるとウォンは判断する。北と南東へ向かわせた斥候達の証言である。
まずは本来向かうべきであったアストラ北王軍との衝突地域である。そこにはギィルの予想通り、激しい衝突を繰り返した後はあったが、現時点で戦争が維持されている状況では無かったという事である。
だが、それよりも気になったのが・・・。
「来ている服装などは変わらないのですが、携帯している武器は全て銃でした。それも、我々が使っているようなものではなく、腰からぶら下げるような、銃身もそこまで長く無く、少なくとも機能性に関しては良く出来てるような印象でした」
「・・・だそうだが、ファジャ、君の知識にそんな武器はあるのかい?」
ウォンに問われファジャは神妙な顔つきになる。
「・・・・いえ、でも聞いたことがあります、帝国では銃の発砲方法は従来の前装式からより素早く装填可能な弾倉を組み込んだものを開発中と言う噂は聞いたことがありますが、現段階で実戦で使われたなんて聞いたことも・・・」
「問題は、なんで連中がそんな武器を持っているか、という事だ」
「・・・まさか、帝国と秘密裏に繋がっているとか?」
「いや、それはおかしいだろ?今の話だと帝国の最先端を超えるような武装だと言うし、なぁ?」
「・・・・・・・・・・」
結局、結論には至らず最期には皆が沈黙してしまった。
(恐らく、私の仲間が独自に研究、及び開発したものだと推測する、それで推測から察するにその銃はおそらく『自動小銃』と呼ばれるものだ)
話を聞いていたギフトがギィルに説明し始める。
(自動小銃、まさか・・・)
ギィルはかつていた世界を朧げに思い出す。あの世界での戦争と言えば銃が主流であり、近代において自動小銃は無類の火力を誇った程度の知識ぐらいならばギィルも知っていた。
(全く、何が『脆弱な存在』だよ、お前ら病毒は天才の集まりじゃないか!)
(集団ならば可能だったのだろう、だからこそ砂漠のど真ん中で農耕を成功させるという魔法だって生み出せた訳だ)
ギィルは状況が一段と不味くなったことに気づき、周りにいる人間以上に顔を青ざめさせていた。数もさることながら、旧式のマスケット銃と自動小銃、とりわけアサルトライフルのようなものでは相手になりようもない。何の知識もなければその圧倒的火力によってこちらは成す術も無く崩壊するだろう。
「どうしたギィル?顔色が優れないようだが?」
その変化に気づいたウォンがギィルに声をかけた。
「いえ、その・・・」
自分だけが理解出来てそれを咄嗟に説明できないもどかしさが口がどもる。
「・・・まぁ何にせよ、情報が乏しい分、敵の武装はけして過小評価できない、こうなると森を突き抜ける
ルートは・・・」
ウォンは静かに地図上にある森林地帯に大きく×の印を記す。
「そうなると、残る脱出ルートは、どうなるんですかい?」
「そりゃ・・・まぁ?」
ウォンは今度は森林とは逆方向の砂漠地帯に大きく丸を描く。
「中尉・・・本気ですか?」
「勿論、大人しく投降して敵の捕虜になるという手もある、だが、その場合、連中がこちらの身柄を手厚くもてなしてくれるなんて事は期待しない方が良いと言うか・・・」
「・・・まぁここまで徹底してくれるならもう連中の目的とやらも大いに予想がつくってものさ、言いたくないけど敵の狙いは、僕って事なんだろうな」
言い終えるとウォンは大きくため息を吐く。一連の敵の流れの全てがウォンの暗殺計画であったすれば、パズルのピースがはまっていくように謎が解けていく。なによりウォンを指名した理由も頷ける。
(なぁ、ギフト、何故お前の仲間はウォン中尉を殺そうとしているんだ?)
(それは将来的に必ず障害になると踏んだからだろうな、ただそれを仮定するにはまず、連中の本当の目的を知る必要がある、つまり、将来的にウォンと対峙せざる終えないような壮大な計画、という訳だ)
(??、壮大な計画?その計画でウォン中尉が邪魔になると言う事か?)
(さぁ、私もそこまで先の未来が読める訳じゃ無い、だが彼の言う通りここまで念入りに暗殺を計画していたという事実が逆に連中が何かとてつもない事をやろうとしているって考えるのは別におかしい事じゃない)
(なにせ、この時点でもう自動小銃まで開発できるまでに至っているのだ、世界征服?少なくとも全人類を掌握しようだなどと考えていたとしてもなんら不思議じゃないだろうよ)
(それでまず手始めに英雄ウォン・リオンを殺害する・・・なるほど、話は繋がるか)
(繋がればそれが真実とは限らない、まぁ今は出来るだけ逃げる事を優先すべきなのは間違いないだろうがな)
「・・・やれやれ、なんでこんな縁の無い国から恨まれるハメになったんだか」
この時点でウォン達がリフォルエンデへ帰還するという道は絶たれ、急遽大きく砂漠地帯を迂回する形を取りながら目指す先は・・・。
「中尉!!正気ですか?アーレ・ブランドンへ行くなんて!」
砂漠のど真ん中で野営する夜、いよいよ方針を固めたウォンの発言に誰もが驚きを隠せず、ついにはそんな言葉を叫んだ。
「まぁ、僕としても不本意ではあるがこの場合こうするしか僕たちの生きる道は無さそうだ」
頭をボリボリと搔きながらウォンはボソっと呟くように言う。
「しかし中尉、アーレはハビンガムと並ぶ敵国ですぜ?勿論、白旗を上げる事になりましょうがそれで無事でいられるなんて・・・」
「保証はない、だが死ぬよりはマシ、少なくとも僕の殺害に躍起になっているこの国よりはまだ望みがありそうなもんだ、それに、予定外の事が多すぎて最早我が兵站も底をつきかけている、これ以上無駄に紆余曲折している余裕も無いしね」
ウォンからすればそれもまた苦渋の選択だったのかもしれない。何故ならウォンが最も危惧していたのは、一緒に来てくれた仲間達の身の保証であるからだ。己の殺害を計画している時点でその他を見逃す程に連中に恩意があるとは考えにくい。だが、アーレであれば、少なくとも法律によって仲間達の命ぐらいならば、たとえ捕虜という形であっても保障される可能性はある。
ウォンはそこに望みをかけたのだ。
だが、問題はさらに差し迫る。
度重なる進路の変更により、用意されていた兵站、特に飲料水に関しては残り僅かとなり果てていた。節約するように命令は出してはいたが砂漠に慣れている者も、またそれを熟知する者もいないのであればその消耗もやむ負えないのであったのだろう。日の傾く時だけの移動とはいえ、次第に兵士たちの顔も水分不足に
よる疲労が目立ち始める。
そして時にはこの状況に悲観する者さえ出始める。
そうなると誰と言わず隊の最高責任者であるウォンに非難の目が集まってくる。
「今からでも隊長を拘束し、ディアナインに引き渡せば恩赦されるのでは?」
などと言う輩まで出始めていた。
皆の命を優先した結果が皮肉にもウォンへの責任追及という形になってしまっている中、当初のウォンもさすがにその口数を減らし、斜陽から漏れる日差しに耐えながら見えぬ目的地へ向かって歩いている。誰もが喉の渇きに飢えている中、一人だけ隊の先頭に合流し、先行するレンジャー部隊と一緒に進むべき進路を歩き続ける男がいた。
「僕は昔、少しだけこういう場所で暮らしていたことがあって、それでわずかですけど、水が残る匂いが少し分かるんです」
ギィルはレンジャー部隊の隊長であるイアン・コッド上等兵にそれとなく隊の行く進路を誘導していた。自分より遥かに若い子供のようなギィルの進言を頼りにするのは不用心であるとは思いつつも、今の状況ではそうも言ってられずとにかく水辺のある場所を求めてギィルの指差す方向へ向かっていく。
(なぁ?こんな嘘ついて本当に後で大丈夫なんだろうな?)
(問題無い、無事に水さえあればその後で誰も君の過去の素性など気にするものなどいなくなる)
(それに、ギィル、君は私の身体最適解によって他の人間よりも体調が万全なのは確かだ、その最適解された体を媒介して以前から私が持っていた『感覚』を流用すれば水のある場所などすぐに見つけられる)
(・・・すぐって、もう歩き始めて三日は経っているだぜ?いい加減、そろそろ発見しないと皆の機嫌だってさ)
(実を言うと、この砂漠は中々に豊富な水資源が地下を流れているようでな、最短の水辺ならもう通り越している)
(えっ?)
(まぁ聞け、要するに水はそれほど重要では無いと言う事だ、それよりも連中の網の方がよほど重要だと私は考えている)
(どうも、連中は当初からこの砂漠の地下に眠る地下水の事は調べて上げている節がある、だから安易に近場の水辺を利用するとなると連中にこちらの気配を気づかせる事になる、今はその手が及ばないような場所を特定し、そこに向っているという訳だ)
(・・・もっともそこも安全とは言い難いのだが)
ギィルが何度もその事を問いただそうとしたが、ギフトは行けば分かるの一点張りで、それ以降は道案内に徹していた。その甲斐あってか、ギフトはあと一日程で目的の水辺には到着出来ると予測を立てた。
そして、砂漠を歩き始めて4日目の夜。
誰もが疲れ果てて泥のように眠る中、ギィルとウォンだけが静かに野営テントで火をくべて静かに座っていた。
「随分お疲れのようですね」
「ん?ああ、そりゃ・・・ね」
恐らく残りわずかな水で作ったコーヒーに息を吹きかけながら疲れた目でウォンは軽く返事をした。
「ところでギィル、何でも君が我が隊をオアシスまで案内してくれているなんて噂を聞いたんだが本当かい?」
「えっ?ああ・・・はい、早ければ明日にも休息地に到着出来ると思います」
ウォンは一瞬だけ目を丸くすると、今度は乾いた声で低く笑った。
「ふふ、じゃあ僕もこの最後のコーヒーをありがたみを惜しんで飲む必要も無いという事だ」
「・・・疑ったりしないんですか?」
「いや、疑うメリットが無いからね、それにもう飲み干してしまった」
おどけながら空のコップを見せるウォン、そんな様子を見て思わずギィルは吹いてしまう。
「ははは、でも中尉、水がある場所というのは同時にそれを狙う何者かが潜んでいるかもしれません」
「了解了解、他の者にも警戒するよう言っておくよ」
「そんな事より見なよこの星空を、僕は水さえあれば一生この眺めを見ても良いとさえ・・・」
「ええ、本当に美しいです、嫌な事を忘れたり現実から逃避するのにもってこいですね」
「全くだ、明日になれば私を敵に売り渡そうなんて不穏な事を考える輩から怯える夜を過ごす日々もなくなると思うと、こう張り詰めたものがふっ切れてぐっすり眠りそうにもなる」
「それで見張りを交代していたんですか?」
「それだけでも無いけどね、考える事が多いと自然と眠れなくなるものだ、人類は睡眠と起床を完璧にコントロールできるようになれば今よりも遥かに幸せになれるんだけどなぁ」
「皆、自分から志願しといて・・・危なくなったら中尉を売ろうだなんて、勝手なもんですね」
「ふふふ、人間ってのはそういうものさ、寧ろそうでなくちゃいけない、逆に僕は部下の厚い信頼や、恩義なんてものを戦術の駒なんてものに利用したくないクチでさ、さらに言えば誉れ高き武将が説く精神論なんてものも同時に好きじゃない」
「少なくとも戦において誇りや肩書なんてものはそれ程重要なじゃ無い、生きてこそ望みは生まれる、死んで誰かに望みを託す方こそが身勝手じゃないか」
ギィルは無言でウォンの言う事を肯定していた。誰が何と言おうが無用の争いをしないウォン・リオンという用兵家の戦術論に恭敬する。そんな様子を気にしてかしないか、ウォンは星を眺めながら自分の事をギィルに語った。
「ロンドニアは国民全てが自給自足、それでいて傭兵や軍属に与するようになっている、だから僕も物心付く頃には何を選ぶでも無く下士官になって誰かの従者になっていたものさ」
「でも、それは逆に言えば戦争で飯を食う事を前提とした傭兵国家でもあり、一見理に適っているように見えて本当の所は一番平和なんて言葉とは程遠い国柄なんだ」
「まぁそれに嫌気が差した訳じゃないが、軍国主義の危うさは歴史が証明している、文民統制こそが全てなんて言う事もないが、血を流す事を是とする体制は、やはり良い事じゃないよ」
「だから僕はリフォルエンデへ亡命したんだ、まぁ同じ目的で先に亡命したハーバー元帥が上手い事僕のポストも用意してくれたというのもあるがね」
「・・・そうだったんですね」
「文民統制の最もな失敗例として誰もがアーレ・ブランドの名を上げるが、それでも民が選べば修復修正の可能性はある、問題はそうだな・・・やはり権限は・・・」
ウォンの厚い語りは、心地よい睡魔となってギィルの眠気を誘う。気づけばギィルは寝息を立てて深い眠りについていた。
「おいギィル・・・なんだ寝たのか、見張りがねぇ・・・でもまぁ、今日ぐらいは問題ないか、なにせ君は我々の救世主・・・ふぁぁあ・・・なんだかこっちも眠く・・・」
ウォンもギィルの横で起きるのを諦めるように目を閉じた。焚火の火もやがて消え、煙だけが夜空へと吸い込まれるだけの静寂な時間が過ぎていく。
そして、翌日ギィルの宣言通りウォンの隊は砂漠に佇むオアシスを発見し全員がその場で歓喜したのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます