第13話 一章第6節 始まりの悪
―ガルバギア暦1290年1月、冬至
この年、アーレ・ブランドンの首都ニューエルムでは往年の新年に比べてもひときわ賑やかさが目立つ迎年となっていた。帝国から逃れ、始祖アーレ・ブランドンとその一行がガルバギアに根を下ろし開拓を誓い100年という月日が流れた祝いを盛大に行うのである。
順風満帆とは行かなかったこの国の歴史も、この年ぐらいは全ての民が祖国を愛さんと願った、などと言うのは先ほどから新年の挨拶を議事会で熱く演説する、現大統領トーマ・モロゥとその閣僚達だけかもしれない。トーマは元々新聞記者であったが、
度重なる不正を弾圧すべくペンを武器に変え、そしてそれをさらに口に変えてより攻撃的に現政権に立ち向かい、そこから国民の信頼を勝ち得て見事に国の頂点に立つ事を許された稀有な人物である。だが、彼さえも忽ち実権を握れば下民に向けた言葉はどこ吹く風か、裕福層や、巨大なパイプを持つ有力者に目を向けた政治を行う。この結末に人々は彼を『扇動者』であったと罵り、今は己が一票したこの手を呪うばかりである。重税によって苦しむ下民達が連日に渡り強い抗議とデモ、暴動を起こすも彼はそれをかつてのペンから、今度は鉄の塊を持って制圧させ、さらにはその巧みな話術で『非は賊にあり』とばっさり切り捨てたのもまだ新しい。
権力が人を変えるのか、改革れる事を改革れないままでガルバギア大陸南方の大国は新たな年を、その威だけを広げて迎えるのであった・・・。
一方、ウォン達が遠征中のリフォルエンデは心なしか寂しさを引きずるように静かに年を迎えた。こちらもアーレ程では無いが、先駆者達による社会のヒエラルキーが形成されつつある。しかし、まだ小規模であるが故にそこまで腐敗化してないのが救いでもあった。唯一の資源である鉱物、そしてそれを加工する技術力、そこを中心とした経済力と軍事力がリフォルエンデの二柱の執政機関である。ただそれも何方かへ傾けば再びアーレ・ブランドンのような政治腐敗、政治不信に陥る可能性はある。ガルバギアに構える方々諸国は、その大きな問題を他山の石に新たな国政を生み出さなければならないと考える。ガルバギアは今まさに戦乱と革命で揺れ動く激動の時代に突入しているのだ。
・・・・・・・・・
―リフォルエンデ士官学校前にて
ラスカー・オックルは門の前で目的の人物が来るのを待っていた。ギィルが遠征に行って間もなく、彼もようやく糧秣部隊から輜重部隊へ異動になっていた。階級はそのままだがその仕事量は雲泥の差である。
「おーい!アベルー!」
手を振る先には両腕に複数の女性が付きまとい、それを煙たそうにあしらいながらこちらへ向かってくる懐かしい顔があった。
「よぅ!久しぶりだな、待ったか?」
「いや、俺も今きた所だ、それにしても何だありゃ?お前いつのまにかファンクラブでも出来たのか?」
「うっせーな、本当は男と一緒に同じ教育カリキュラムをって申請出したんだが、ダメでさ、それで女ばっかの所にいるんだが、なんか異様になつかれちまって・・・」
アベル、もといアンナ・ベイカー上等兵は無自覚にそう言い切った。しかし、上から下まで軍服とは言え、その顔立ちは以前に比べて断然に美しく、そして凛々しくなっている。
「ふーん・・・まぁ、それはそれとして、そっちはうまくやっていけてるのか?」
「正直、看護や衛生は苦手だが、剣術や砲術はまぁまぁかな、それよりも戦術の方が全然面白いんだぜ?」
楽しそうに話すアンナを目の前に、ラスカーは正直嫉妬さえ覚えそうになっていた。ギィルと良いアンナと良い、同じ境遇に生まれて先を行く彼らに対しそう思うのも無理は無い。
「俺もようやく糧秣部隊から異動が出てさ、今は輜重部隊に配属されて物資の運搬や管理の仕事になったさ」
「まぁ、これもおそらくだけどギィルがウォン中尉に進言してくれたからだと思う、ま、確かめた訳じゃないけどさ」
「そう・・・ウォン中尉、それにギィル・・・無事でいるかな?」
「そのウォン中尉が一緒なら問題無いだろ?思えばあの人のおかげで俺達皆出世出来たようなもんだしな」
「そうだな、クリスも生きてたら・・・」
「それは言うなよアベル、お前も軍人ならな」
「・・・ああ、早く一人前になってウォン中尉に恩を返さないとな」
アンナがそう言い終えた時、ひと際肌を刺す冷たい風が二人の頬を通り抜けた。その木枯らしは思いを一つに変えて遠方のまだ見ぬ国に同じ冷たさを届けるのであった・・・。
ーーーーーーーーーーー
突然頬に刺す冷たい風に、先ほどまで止まった時間がようやく動き始めた気がした。
これは一体どういう事なのか?何故ここに夢で見たあの異形の姿が刻まれているのだろうか?
そして・・・この異形の目的とは一体・・・?
(ギフト、いい加減言えよ・・・お前達の目的って一体何なんだ?)
(・・・・・・・)
ギフトはギィルの呼びに応じない。
(嘘寝するなよ、起きてるんだろ?)
(別に寝てたわけじゃ無い、ただ君にどう説明すべきか考えていた)
(そして、我々の存在意義、目的を説明する前にまず我々が何であるかを説明せねばならない)
(そうだ、そもそもお前は一体何者なんだ?)
(・・・我々の子孫とも呼べる微弱な生命体はムンフ達によって『始まりの悪』と呼ばれていた)
(『始まりの悪』?)
(ああ、そうだ・・・俗に言う君たちが病気と呼ぶもの、及びそれを症状を引き起こす病原菌の事を示す)
(それはムンフがいや、有能な生命体が存在する遥か以前からこの星に流れつき、そして自らの目的を遂行すべく様々なモノへ媒介する個として存在していた)
(それは目的を果たし、ありとあらゆる生命体に多大な影響を与え、そしてそれらは人類自らの手で駆逐、もしくは自然に消滅していく事になる)
(次に登場したのが病毒と呼ばれる存在で、これが私の前身という存在に当たる、無限と言える程の膨大な数が宇宙を漂いながら無事に大気圏を抜けた僅かな数だけがこの星に降りる事を許された)
(それは言うなれば『第二の悪』とも言える存在であり、今でも尚生命を脅かす存在となって脆弱ながらもこの世界で猛威を振るっている)
ギィルは静かにギフトの声に耳を傾けている。
(知っているかは知らないが病毒は時に突然変異を起こす、それは強い抵抗を受けたり、その場の環境が大きく変化したり、ただそれらの場合でも基本的に病毒というのは単一の目的を持ち、その計画通りに目的を遂行するのみだった)
(だが、その中でも一つの『意志』を持つ病毒が変異する、これはある意味進化に近いのかもしれない、意志を持って生命に宿り、同一化を図る事が出来ればより効率的に目的を遂行する事が可能であるからだ)
(そして、それこそが『私』なのだ、ギィル)
(ギフト・・・お前は病毒なのか?)
ギフトの説明で、それが何を意味するのかぐらいは分かった。つまり、ギフトの正体は病気を引き起こす病魔であるという事ぐらいは・・・。
(うん、それでここからは推測に過ぎないが、私のように意思を持つ病毒はそこまで多くは無い、非常に稀でそれでいてその生存環境もまた稀有であると考える)
(何故なら我々は従来の病毒のような所謂物質的な個を持たない、それよりももっと脆弱な精神のみの存在でしかないという憶測から導き出した答えが君と言うまた稀な存在、すなわち・・・)
(遥か時空を超えた別の星から転移してきた生命体、異世界人を介する事によってのみ生存する事が許されるという事だ、何故なら君もまた、ここで生まれる前までは私と同じく精神体のみで宇宙の狭間を彷徨っていたはずだからだ)
(本来ならその精神体を乗っ取り、意志を持った病毒として人間として生まれるのが本来の我々の生存戦略である、と仮定するならここにそれが描かれている、つまり完全に人間と同化した『仲間』がいるという事が証明出来る、という事、つまりそれが私という存在でもある、もっとも私は本来の精神体、つまり君との同化を果たす事は
出来なかったようだが)
(同化?・・・もし同化していたなら俺は、俺と言う存在はどうなっていたんだ?)
(それは分からない、どちらにせよ両方の記憶を保持したままで、より強い意志がベースとなって存在していたと推測される)
(・・・お前が、いや、お前たちが病魔であるという事は分かったよ、じゃあ目的は・・・)
ギィルは先を言うのを少し躊躇う。
口にしてギフトがその通りの答えを言う事を恐れたからだ。
(ギフト、お前たちの目的は人類を滅ぼす為なのか?)
(・・・・・・・・・)
(・・・・・・・・・・・・・・・・)
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
暫く、長い沈黙が続く。
そして、ギフトはついに重い思想をギィルに言う。
(分からない)
(・・・えっ?)
(私の存在目的だ、いや、他の仲間の目的もである、事実として私たち病毒という存在は全ての生命体の生命を脅かし、死に陥れてきた)
(だがそれは一体何故だ?おかしいとは思わないか?宿った命が死ねば、私たちも同時に消滅する、少なくとも他に感染する方法さえなければな)
(それこそ推測や憶測だけで言えるのなら、目的なんていくらでも言える、あのうさん臭い男の言う事を鵜呑みにするなら人類に凶悪な病毒を植え付ける事によって多くの死を生み、そしてその猛威に耐えられた者達のみが、新たな進化を成し遂げるとか、だ)
(それはある種、人類の、いや生命そのものの選別とも言える、だが、私はそれにも疑問を感じるのだ、何故なら私が望むものは・・・)
(・・・まぁ、それは良い、今言える事は本当の所は何とも言えないという事だけだ、そしてこれだけは理解して欲しい)
(私は君の脅威には成り得ない、つまり・・・君とは共存関係にあるという事だ)
ギフトが感情を出すような事はこうして話してくる会話の中でもあまり感じる事が無かったが、最後の一言だけは何かに訴えかけるような感情が、ほんの少しだが感じる事が出来た。
ギィルは姉が病気によってこの世を去ったという苦い記憶がある。だが、不思議とギフトの事を恨むという気持ちは沸かなかった。それは姉を殺したのが病気であるという事実よりも先に、それを姉に媒介させたのが欲望に塗れな汚い大人の性欲によるものだと感じたからだろう。
(分かったよ、ギフト、それより確かめなきゃ)
(・・・何をだ?)
(コレの目的をさ、コイツが一体何を望んでいるのかを)
ギィルは目の前に描かれた壁画に指を指す。
(ククノス、か、それを知るには危険な賭けに出なければならないが・・・)
(こっちの正体を明かす事になる、か)
(無論、だが今はその時では無い気がする)
(・・・?)
(私にはあの男が真実を語っているようには感じられなかった、勿論確証はないがな)
(それは、全部においてって事?)
(まぁ全面的においてな、そうなると何故我々がここへ招き入れられたのか、疑問に思わないか?)
(北王国が攻めてきたからだろう?)
(そこが府に落ちない、いや、私にしろアストラ北王国とやらがどのような国かなど知りはしない、それも府に落ちない)
(?? どういう事だ?)
(本当に北王国が攻めてきたか?と言う点だ)
(・・・攻めて来てないという事、なのか?)
(そう考える事も出来るだろう?)
(じゃあ、一体なぜ僕らは此処へ呼ばれたんだよ?)
(冴えてきたなギィル、そこから考える事も出来るという事だ)
幸いな事に、この会話は全てギィルの脳内でのみ行われている。もし誰かに聞かれでもしたら混乱どころでの話では無かったはずだ。
(もし、仮に北王国が攻めてないとしてさ、連中の本当の目的って・・・一体何なんだ?)
(それを知る上で一番最適な答えは・・・)
(証拠を掴む、つまり・・・一刻も早く目的地へ向かう事だ)
(???じゃあ、寧ろこのままで良いんじゃないのか?)
(一刻も早く向かう事が重要なんだ、誰よりも早く、ね)
(!!・・・つまり、本隊よりも先行して斥候を送り出して現状を確認するという事か!!!)
(そうだ、そこでもし目的地に何も無かった場合、少なくともそこで本来の目的とは大きく乖離している事に我々は気づく、そこで疑惑は確信へと変わるはずだ)
(そうと決まれば早くウォン中尉に報告しないと!)
(違いない、それと・・・)
(ん?)
(いや、なんでもない、少し話しすぎた、私はもう寝る)
(ああ、おやすみ、ありがとな)
(・・・・・・・・・・)
この時、ギフトは自らの宿主に感謝する反面、この関係が一体何処まで維持可能なのかを予測できずにもいた。故にその言葉に反応する事無く深い眠りについたのであった。
そしてギィルがウォンに忠告した事で、出発直前であったが
急遽緊急幹部会議が行われる事になった。
「じゃあギィル、さっき話した事もう一度皆に説明してくれるかい?」
ウォンはギィルの口から説明をするように促す。自信は無かったがそれでも必死に出来るだけ分かりやすく、皆に向ってギィルは説明を開始した。
・・・・・・・・・・
説明を終え、全員がしばらく沈黙する。おそらく皆思う所は一緒なのかもしれない。
「しかし、分からんなぁ・・・仮にそれが事実だとしてだ、連中の目的はなんだ?」
「それですよね、ギィルには悪いがそこがハッキリしない事には我々だって作戦を無下にはできない」
「最初にウォン中尉を名指しにした所も怪しいとは思えました、もしかすると、目的は・・・鉱山国からウォン中尉を引き離す事だったのでは??」
「・・・すると、目的ってのはリフォルエンデに侵攻するって事か!?」
「おいおい、あんなクワやカマしか持ってない連中でか?いくらなんでも無理筋過ぎるってもんだぜ」
「じゃあ、何かもっと別の目的が・・・」
このように結局最終的には同じ問題を巡り、一向にまとまる気配がない。
「すみません、発案した僕が言うのも何なんですが」
「目的ってそこまで重要なのですか?」
その言葉に全員が口に出した者に注目する。
「今ここで分からない事を理論しても・・・それよりも一刻も早く、現地の状況を確認する事が重要だと思います」
「僕もまぁギィルに賛成だな」
ここでウォンがようやく重い口を開く。
「少なくとも状況が把握できればおのずと選択肢も絞られるという物だ・・・が、僕は幸いにもこの隊の最終決定権を握ってもいると考えるとだな・・・」
「僕は・・・いや、私は今現時点で全作戦の中止、および撤退命令を下そうと思う」
「「「・・・・!!!!」」」
全員がウォンの言葉に息を呑む。
「中尉・・・いくらなんでもそれは早計すぎるのでは?」
「そうかい?もともと最初から狐に化かされたような話だったし僕自身も最初から乗り気じゃないのは皆も知っての通りだ」
「それに、もしも、だ?本当に前線が無かった場合、それが予め予測されたものであるならば、僕達がその道筋に乗るなんて事はあまりにも危険が伴うとも思えるんだ」
「・・・・・・確かにそうですが」
「だったら別にこれ以上連中の思惑に乗っかる必要もない、僕としてはさっさとこんな場所から離れられてせいせいするってものだ」
「ですが、中尉、もし彼らの言うように本当に北王国が攻めて来てたとしたらどうされるのですか?下手をすればディアナイン神聖国との国際問題にまで発展する恐れもあります」
「うん、だから確認には行かせる、ベジャル、君の方のレンジャー部隊から選りすぐりを4名選び、現地へ向かうよう指示してくれ、我々も直後に現地へ向かい、これより進行方向4km地点で目的をリフォルエンデに変え、そのまま帰還する」
「「「・・・・・・・・・」」」
全員がウォンの出した指示に今度こそ固唾を呑む。これこそがウォンが『フェザール城の英雄』と言われる所以なのである。
「分かりました中尉、しかし、我がレンジャー部隊は他3名程余りますが、全員で向かわせるべきでは?」
「いや、残った三人には別の方を先行させて貰うとする」
「別の?」
「ああ、我々の目指す先、つまり・・・」
「国境付近、ですか」
「うん、さっきのファジャの話じゃないけど僕らはどうも故意に此方へ回された可能性がある、そうなるとやっこさんも我々を監視している可能性は高いと考えるべきだろう?」
「ハッ!ではさっそく行動に移るとします!!」
ベジャルは最敬礼の後、すぐに踵を返し天幕から出ていく。それと同時にウォンも大きく手を叩く。
「よし、では我々も打倒北王国へ向けて進軍開始だ、今話した事は我々以外は誰も知らない、転回するタイミングはデウィ、君の判断で行ってくれ、あ、それとカメオ、万が一の為に君の方の部隊もデヴィに同行するように」
「「ハッ!!!」」
こうして、ウォン中隊は慌ただしく進軍を開始を続行させる。敵がこちらを騙していると考える以上、こちらもまたそれに気づいた素振りを見せる訳にはいかない。そんな様子をダ・カールに居る大勢の民達が戦士たちの無事を祈り、見守っていた。
「おにいちゃん、これ!」
荷物を纏め準備するギィルに女の子が駆け寄り、餞別である小麦のみで作られたクッキーの詰まった袋を渡してきた。
「これは・・・君が作ったのかい?」
小さな背丈に目線を合わせギィルは貧しき少女に問いかける。
「うん、たたかいにいくんでしょ?かみさまへいのりをこめてつくったの、おわったらまたかえってきてね!」
・・・・その言葉にギィルは急に心が締め付けられそうになる。本当は、本当に北王国が攻めてきているのでは無いだろうか?こんな無垢な少女を騙して、果たして逃げて帰るような事をしていいのだろうか?何にしてももう此処へ戻ってくる事は無いのだ。少女が神に祈るよう、ギィルもまたここで暮らす民の平穏を祈る。
どうか皆、無事でありますように、と・・・。
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