第17話 仮初人のささめごと

「〈小百合葉の 知られぬ恋もあるものを 身より余りて行く蛍かな〉」

(杉田圭『超訳百人一首うた恋い。』参考。藤原定家。『歌戦記』作者稲見訳:「百合の葉に隠れるような、誰にも知られずにいる恋もあるものですが、私の想いは蛍の光のようにおのずとその身からあふれ出てしまうのです。」)


 淡い光が蛍の右腕をぽうっと浮かび上がらせる。ゆっくりと手先へと向かっていく光が掌一点に集まると、細い光線となって放たれ、地面に小さく焦げ目を作った。


 体育館の裏にある、小さな庭。日当たりも悪く校舎から離れているため、誰も近づかない。どうも訳ありらしい少年の内緒話を聞くにはうってつけのこの場所を指定したのは和梅だった。


「……俺の苗字。異能見た後なら納得いくだろ」


「……変わった苗字だとは思ってた。分家の子辺りだとは思ってたけど、まさか長子だったなんてね」


 蛍の言葉に、和梅はため息混じりに答える。日本に限らず、文異能者の苗字はその家の継承文学にちなんだものが多い。そのため、特殊な漢字や読み方を採用しているものが多数であることから、異能者の家系はすぐにそうと見抜かれる。


 最も、ただでさえ傲慢な質の人間が多い文異能者だ。聞かれなくても自ら名乗る者だって多いし、この国のカースト上位の人間で異能者の血を引かない者を探す方が難しいから、苗字に特徴を持たせたところで特に意味はないのだが。


 ただし、長子にしか受け継がれないという異能の特性から、それらしい姓であっても異能を持たない者も多い。そんな弟妹達によって構成される分家の方が数としては異能者そのものより多く、変わった苗字であっても異能を展開しなければ警戒されないのがほとんどだ。


 ホタルの光のようにその身から溢れ出すほど強い恋心を詠んだ歌。転じてその身から光線を生み出す異能。蛍の家系である小百合葉家の継承歌は、百人一首の生みの親である藤原定家が詠んだ歌の中でも有名な部類に入り、和梅も知っていた。


「確かに、俺の親父は歌象者で、俺はその家の長男として生まれた。でも、親父の家系の歌は継承されなかった。……母親の家系の継承歌が、〈異能流れ〉したんだ」


「……」


〈異能流れ〉。基本的に継承歌は、その家の長子に代々継承される。しかし、長子の家系に継承歌を継ぐ者が生まれなかった時には、その弟妹の子らに異能が継承されることで異能を継いでいくのだ。


「俺の母親には、姉がいるんだ。すげえやな奴で、俺は嫌いなんだけど。そいつが小百合葉家の異能を継いで、金持ちの男と結婚したんだけど、子供が生まれなかったんだ」


「……小百合葉って、お母さんの苗字だったんだ」


 驚く和梅に、蛍は肩をすくめた。


「そ。離婚したんだ。俺の蛍って名前も、小百合葉家の継承歌から取ってると思っただろ?」


「違うの?」


「……親父の継承歌も、蛍に関する歌なんだ。俺が生まれた時、お前は俺の意思を継ぐんだって名付けられたって母さんが言ってた。小二の頃、俺の異能が発現した。継いだのが母方の異能だったと知った時、親父、母さんのことぶん殴ってた。お前が次女だから、異能者の家系でも結婚してやったのに、自分の継承歌を継がせやがってって」


 異能者は、一つの歌しか継ぐことができない。小百合葉の歌を自分に継がせた母は、暴力の限りを尽くされた挙句親子共々家から放り出されたと蛍は語った。


「泣く泣く母ちゃんは、俺を連れて実家に戻った。そしたら伯母が、いつの間にか子供産んでてさ。俺が歌を継承したと知るなり大暴れだよ。あんたのせいでこの子は異能を継げなかったって。もう異能者も自分の異能も全部嫌になってさ、いつか異能者が制圧してるこの国をぶっ壊してやるって思ってた」


「……」


「でも、正直何すればいいか分かんなくてさ。そんな時に、樒に出会ったんだ。……あ、昨日俺と一緒にいたあいつな。あいつ、愛妻白花を追ってるって言っててさ。それって愛妻家が訳ありってことだろ?何か手がかりになるならって思って手を組んだ」


「それで、白花の近くにいた私を潰すに至ったってわけ」


 和梅は、きっと蛍を睨みつける。その表情は、白花を傷つけようとしていたと告げられたことに対する怒りによるものだったのだが、自分が殺されかけたことを怒っていると勘違いした蛍は申し訳なさそうに項垂れた。


「……悪かった。もう、絶対に盛咲を傷つけない。何なら、盛咲さえよければ、お前らに協力させて欲しい。助けてくれたお礼というか、お詫びというか……。正直、何してんのか全く分かんねえけど」


「私が怒ってるのは」


 そこじゃない、と言いかけて、和梅はふと思い直す。もしも、異能者である蛍を、本当に味方につけることができるなら。


(敵になったら厄介だけど、味方につけたら……)


「分かった。小百合葉くん、あんたにも協力をお願いしたい」


 和梅の言葉に、ぱっと蛍が顔を上げる。


「本当か!俺を許してくれるのか!」


「一旦はね。じゃあ早速お願いがあるんだけど」


「おう!何でも言ってくれ!」


 即答で返す蛍の目を見つめ、和梅は続ける。


「樒ってあの子のこと、こっちに引き込んで」

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絶世解歌論戦記 稲見春晴 @InamiShunzei

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