絶対に真似をしてはいけません

「ただいまー」


 午前7時過ぎ。人美ひとみたちが騒々しい夜を過ごしていた間に友達とお泊り会をしていた妹の糸美いとみが帰宅した。

 姉が自分の事を可愛がっている事を日頃から鬱陶しいほど肌で感じている糸美は、さぞ寂しがっていただろう姉の顔を想像しながらリビングへ入り、絶句した。


 リビングの入口付近は爆竹でもぶん投げたかのように黒く焦げており、リビングにはそこら中に粉々になった食器が散乱している。そして、ゲリラ戦でも勃発したかに思えるリビングのど真ん中で、三人の高校生が円を描くように横たわっていたのだ。一人は姉で、他の二人も人美の友人である事は知っていた。


「大丈夫ですか!? 一体何が……」


 荷物を放り捨てて駆け寄る糸美へ、才輝乃さきのは顔だけを向けて弱々しく笑顔を浮かべた。


「あ、糸美ちゃん。おじゃましてます……」

「いやそれどころじゃないでしょう!? 何があったんですか!」

「大丈夫だ、事件性はない」


 彼女の慌てた声に答えたそらもまた、起き上がる事すらままならないと言った様子だった。


「ちょっと良くない遊びをして、しっぺ返しを食らっただけさ。俺たちはただ疲弊してるだけ」

「……??」

「人美ちゃんも無事だよ。今は寝てる」


 才輝乃にそう言われ、糸美は横たわる姉を見た。リビングはこんな惨状だというのに、やけに幸せそうな顔をして寝ている。頭がもげて腹も裂けているテディベアを抱いているのも意味不明だ。


「またおぇが何かやらかしたんですか? 引っ叩いて起こそうかな……」

「そっとしてあげて。夜更かしし過ぎて疲れたんだよ」

「俺と才輝乃は眠気が吹っ飛んで眠れないっていうのに、ぐっすり寝てる。一周回って感心する胆力だよ。いずれ睡眠を極めし者として俺も見習わないとな……」

「いえ、姉に見習うべき所なんて無いかと」

「糸美ちゃん、本当に人美ちゃんに容赦ないね」


 話の中心に挙がる中、人美はなおもすやすや眠っている。ボロボロになったティアを、しっかりと抱いたまま。





     *     *     *





「うん。ブチギレてるね」


 ひとりかくれんぼ騒動が開けた後日。

 隣のクラスの霊能少女、三瀬川みつせがわ黄泉よみにティアに降りて来た霊の残滓を見てもらったら、開口一番にそう言われた。


「ぶち……え、その幽霊、まだティアの中にいるって事?」

「中っていうか、その周りっていうか」


 人美は何の変哲もないテディベアとなったティアをにぎにぎする。才輝乃に頭と腹を縫い合わせてもらったそれは、もう勝手に動き出す素振りは見せていないのだが……。


「この依り代があまりに強力だったから、霊力が同化しちゃってるんだよ。超能力者と呪術使いの一部を取り込んじゃったんだから無理もないね」

「そっかぁ。ほらソラっち、私の言う通りでしょ? 私の血は何も悪くないよ?」

「はいはい、悪かったって」


 本物の霊能力者による答え合わせの結果、やはりあの強大なポルターガイストの原因は才輝乃の爪と空の髪の毛にあると判明した。人美の血が悪いだろうと適当を言った空は気持ちの籠っていない謝罪をするが、答え合わせはまだ終わって無かった。


「確かに霊力のパワーアップは二人のチカラが原因だけど、霊が暴れたのはたぶん……いや、間違いなく人美ちゃんのせいだね。言いにくいけど」

「え……? 私?」


 ぽかんと口を開ける人美に対して、黄泉は生徒の良くない行いを咎める先生のように説明する。


「まずひとりかくれんぼなんて、幽霊界隈の中では特に嫌な降霊術なんだよ。人間に例えると、その辺を歩いている人を適当なロッカーに放り込んで遊んでるような感じ」

「わお……」

「そんな儀式はきちんとルールを守ってギリ許される物なの。それを三人でやって、触媒も三人分詰め込んで、刻限まで待たないで始めて、霊が我慢できる二時間を遥かに経過するまで寝過ごすなんてね」


 ひとつずつ並べられるごとに、人美の額に大粒の汗が浮かび上がった。あれもこれも、人美の思いつきで行った横着だ。これは幽霊にブチギレられても文句は言えない。


「これだけのルール破りとマナー違反は、さすがに擁護し切れないレベルだよ」

「そんなぁ」

「ごめんね幽霊さん。食べたいお供え物があったら言ってね」

「何もかも人美という子が悪いんで、どうかご理解の程をよろしくお願いいたします」

「ちょっと!?」


 見えない霊に向かって素直に謝る才輝乃と社会人のような丁寧語で友を売る空。そんな二人に苦笑を浮かべていた黄泉は、ふと何も無い所を見上げ、相槌を打つ。霊と会話しているのだろう。


「えっと、人美ちゃんに言いたい事があるんだって」

「幽霊さんが?」

「うん。『勝手にぬいぐるみに閉じ込めたくせに縫い方が雑だった。裁縫の練習をした方が良い。星1』だって」

「なにその意味わかんないレビュー」

「あと『アンジェリーナは私の生前の名前だ。ぬいぐるみに付けようとするんじゃない。星1』だって」

「それは理不尽が過ぎる! ヨミみん、いっぺんその霊ぶん殴れない?」

「反省の色が見えないようなら毎日霊障起こすって言ってるけど……」

「すみませんでしたぁ!!」


 いきなり平謝りする人美を見て教室がにわかにざわつくが、これ以上の心霊現象は勘弁して欲しい人美は全力で謝った。何も見えないけど、必死に謝った。


 降霊術は遊び半分でしてはいけない。非日常を日常とする普通の少女は、そう固く心に誓ったのだった。

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