唯一無二のフランソワ

 最近、私はフランソワとおしゃべりをしなくなった。家に帰って来て、部屋に閉じこもってしゃべるのは、専ら仲良しのゆきだ。雪とは出席番号が前後だから、高校の入学式の日に席が前後だった。くるっと振り向いた彼女は「仲良くしてね」と話しかけてきてくれた。それが縁となって、毎日を一緒に過ごしている。

 

 雪と居ると気分が明るくなれて楽しい。学校で過ごす時間のほとんどを雪と一緒に行動するし、こうして家に帰ってきてからも雪と電話する。

 

『ねえ、みゆき。今日の英語の課題ってどこだか覚えてる?』

「また書き留めるの忘れたの?教科書二十一ページから二十四ページだよ」

『そうだったね。ありがとう』

「どういたしまして」

 

 電話を繋いだまま課題をするのが、私たちの日課だ。

 

『明日って体育あったよね?三組の汐井しおいちゃんたちと一緒じゃん。嬉しいね』

「ほんとだね。明日の体育って五限目だから、汐井ちゃんたちと一緒にご飯食べようよ」

『それいいね。後でグループLINEに発信しとく』

「うん。お願い」

 

 高校でできた友達は、雪だけじゃない。雪のおかげで他のクラスにも友達ができたし、同じクラスの女の子たちとも仲良くしている。

 

『そういえばさ、隣のクラスの田中くんっているでしょ?』

「えっと、サッカー部の?」

『そうそう。汐井ちゃんから聞いたんだけど、田中くんってみゆきのことを気になってるらしいよ』

「ええっ!?」

 

 まさか自分に好意を向けられる日がくるとも思っていなくて、大きな声が出てしまった。耳まで熱い。掌も汗が滲む。よかった、家に帰ってきた後で。こんなに動揺している姿は雪にも見せられない。

 

『そんな驚くことじゃないでしょ。本当かどうか、明日、汐井ちゃんに聞いてみようよ。』

「え、ええええ」

 『絶対、聞こう!そして、本当だったらみゆきの方から連絡先を聞いちゃいなよ。田中くんのこと、ちょっといいなって言ってたじゃん』

「そ、それはそうだけどさあ。でも、まずは汐井ちゃんに聞いてみてからかなあ」

『そうね。性急すぎても上手くいかないもんね。でもとりあえずは良かったじゃん?田中くんからみゆきの名前が出たってことだもんね』

「いや、それも勘違いかもしれないからさあ」

『そんなに卑屈にならなくて良いじゃない。みゆきは可愛いんだから自信もって!』

 

 その後もだらだらと雪としゃべりながら課題を終わらせた。雪がお風呂へと入ってくると言うので、今日の電話はそこで終わった。手持無沙汰になったので、ごろんとベッドに身を預ける。


 ただひたすらに顔が熱い。まさか田中くんの話が出るなんて、思いもよらなかった。ふと見上げると、ベッドサイドにはフランソワが居た。彼女がおしゃべりをしなくなってから、もうどれくらいの月日が経っただろうか。それでもフランソワは、ふわりと微笑んでベッドサイドに鎮座している。

 

「ねえ、フランソワはどう思う?」

 

 フランソワはもう喋らない。何度話しかけても、ただ微笑みを返すだけなのだ。苦笑して、そっとフランソワの頭を撫でる。フランソワはずっとずっと私の鼻を撫でてくれていた。フランソワとの時間も楽しかった。でもそれ以上に、今の方がずっと楽しい。きっと、これでよかったんだよね?フランソワ。

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彼女の名前はフランソワ 茂由 茂子 @1222shigeko

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