ある遭難者の報告書(KAC2023)
冴吹稔
第1話 報告書・bb381000095237714
(付記)
本稿は実際の事案発生及び収拾から三百年後に、「汎銀河文明交流推進連絡会(原文ママ)」によって太陽系人類政府の所轄機関に寄贈された、当事者による口述の記録であり、可能な限りで人類の言語に――必要に応じてやむなく当事者のものとはかけ離れた概念や語彙を援用して――訳出されたものである。
当事者の実際の思考や判断、主観とは著しく齟齬を生じる可能性が、現在のところゼロではないことを、あらかじめ了承の上、閲覧されたい。
* * *
……あれは全く酷い体験でした。幾つかは心慰められる――いや、違うな、興味深い感覚を引き起こすエピソードもあったのですがとにかく今は、早く報告を済ませて休暇に入りたい。そういう気持ちが私の思考中45%ほどを占めております。
さて、問題の核心は私が使用していた恒星間移動用バブルの形成と維持に必要なエネルギーが、直前の突発事態によって著しく減衰したことに在りました。多分、キャラスパナッタ複合知性群のXx○○P☆(註1)に引っかかってしまったんだと思います。
ああ、いや失礼。推測で記録に残すのは不当ですね、必要ならば削除してください。
とにかく、そんなわけで私は、至急最近傍の固形天体に降りて、エネルギー回生システムの修復にあたる必要があったのです。
有害な波長の光線と猛毒の気体分子にさらされながら、私はどうにか地表に降りたのです。が、厄介なことにあの惑星には先住生物がいました。炭素系の生命体でレベル2の知性段階に達していましたが……ねえ、2レベルですよ? おまけにこっちとは十倍近い体格差がありますし……何とか隠れられる場所を見つけるまでは、生きた心地もしませんでした。
興味深かった事の一つは、その隠れ場所でして。えと、あなたは私たちの種族の体構造についてはご存知ですね? ええ、そうですそうです。袋状に形成されたポンタクチス繊維を芯にして、その外側にエネルギーと物質を相互変換する多孔質組織と運動肢、それに感覚器官が形成、配置される。
ポンタクチス繊維は極めて伸縮性と靭性に優れていて、機械的な摩擦や切断にも絶大な抗堪力を示します。
なので、我々はどうしても身に迫る危険を避けられない時は、ぐるりと裏返しになります。ポンタクチスで体表の器官全てを包んでしまうわけですね。
あの星の、とある建造物の中には――その状態に移行した我々の個体に酷似したものが、無数に集められて置いてあったのです。
そりゃもうね、最初は恐怖で悲鳴を上げそうになりました。同族が防御姿勢のままひとところに集められている。生命反応はない――とすると、これは大規模な虐殺があったのだ、と。
しかしどうもおかしい。しばらく時間がたつと急に辺りに照明がついて、原住生物がその物体の乗った台車付きのかご(註2)を動かし始めました。焦りました。当てもなく動き回ってるうちに迷い込んだ場所でしたので、外への経路ははっきりしないし、悪いことに光屈折隠蔽バブルのエネルギーさえ捻出できなくなってきていましたから。
それで思い切って――
私のポンタクチス繊維袋はことのほか、周囲の物体に比べても――あの星の先住生物、それも幼体にとって好ましい刺激を起こすようでした。彼らが外界認識に使っている光の波長は先ほども言った通り、私には有害なので、なにが気に入られたのか分かりませんが――とにかく、外観に類することのようで。
私は、私を手に掴んだ幼体とその付き添いの成体に下げ渡されて、彼らの恐らくは繁殖と養育のために作られた、最小単位の群が使う居住ユニットらしきものに搬入されることになったんです。
(中略。原文、つまり本稿のオリジナル文書には、以下しばらく、幼体の暴虐的な取扱いに閉口した当事者が発話した様々な罵倒や暴言と、その一方で経験した、あたかも幼体が当事者の庇護者、理解者であるかのごとき振る舞いのなにがしかに感銘を受けたことなどが語られている)
……まあいろいろありましたが、救助が来てくれると知った時は本当にほっとしました。ただその……あの居住ユニットから脱出するのはなかなかポンタクチスが断裂せんばかりの(註3)苦労がありましてね。あれこれ悩んだあげく――私は裏返ったまま、ポンタクチス袋に小さな穴をあけて、最低限のエネルギー保持器官と運動肢、感覚器だけを体から分離させて押し出したんです。何とかそのくらいのエネルギーは蓄積できていたので、本当に幸いでした。
ポンゲXレ◎ン(註4)、何ごともやってみればどうにかなるもんですな。
(註1・訳出を断念した何らかの語句。前後のニュアンスからすると、「キャラスパナッタ」にとっては必要不可欠だが他種族にとっては極めて厭わしい、何らかの活動であるらしい)
(註2・おそらくだが、これは玩具店の展示用ワゴンだったのではあるまいか)
(註3・「骨が折れる」といったような意味の慣用句であるらしい)
(註4・彼らが自らの種族を自称する名称。人類には発音不能かつ表記も困難だが、今後の親善にかんがみて極力の再現に勤めた)
* * *
2028年のとある朝、一人の女の子が、愛用のおもちゃを棚から手に取って、それに起きた異変に驚きの声を上げた。
「ねえ、お母さん!! ピックルちゃんの綿が抜けちゃったみたい!! 昨日までふわふわだったのに!」
ある遭難者の報告書(KAC2023) 冴吹稔 @seabuki
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