お母さんの口癖

雲母あお

お母さんの口癖

「で、我慢しなさい。」


これはお母さんの口癖だ。

何か困ると、代替品を持ってきて、

「これで我慢しなさい」

っていうの。

時にはお下がりだったり。

私が欲しいと言ったものは、いつももらえない。


なんでなの?


ある日、友達が、真っ白で大きな犬を飼い始めた。友達の家に遊びに行って、たくさん一緒に遊んだ。いぬさん欲しいって言ったら、可愛いいぬさんが家にやってきたって言ってた。

羨ましいな。


「ただいま。」

「おかえり。楽しかった?」

「ねえ、お母さん、いぬさん飼いたい。」

「大きくなったらね。」

「大きくって、家が?」

「ひな、雨風しのげて、トイレに行けてお風呂に入れて寝る場所があるってとても幸せなことなのよ。」

「はい。ごめんなさい。」

そう言う意味じゃない。いぬを飼うには手狭だから飼えないのかと思っただけ。思ったまま話すと、お母さんには伝わらない。


なんでなの?


「いぬさん欲しいなあ。友達が飼っていて、とーっても可愛かった!」

「そうなの。犬は可愛いわね。でも、友達は友達、あなたはあなた。」

「お母さーん。」

「ほら。宿題やってしまいなさい!」

「はーい。」

やっぱりダメなんだ。

きっとまた、家のどこかにあるそれっぽいものを渡されて、

『これで我慢しなさい』

って言うんだ。


きっとそうだ。


次の日、それが少しだけ違ったのだ。

「ひな、はい。」

「なに?」

学校から帰ると、お母さんからリボンで飾られた袋を手渡された。

開けてみると、新しい白い小さな犬のぬいぐるみが、ひょっこりと顔を出したのだ。

「うわあ、可愛い!」

お母さんを見上げる。

「これ、わたしのために買ってくれたの?」

こんなこと初めてで、信じられなかった。

いつも通りのセリフだけど、少し違った。

「ぬいぐるみで我慢しなさい。ひなが大きくなって自分で面倒見られるようになったら考えてあげるから。」

少し申し訳なさそうな顔をする。

「わかった。」

残念そうに言ったけど、これはこれでとても嬉しかった!

お母さんが、私のために買ってくれた、私だけのぬいぐるみ。

部屋に戻ると、ブランシュと名付けた。

「ねえ、ブランシュ。一人は寂しいわよね?わたしに任せて!」


しばらくして、今度は

「お母さん、ねこさん飼いたい。」

「え?今度は猫?」

「うん。ねこさん。」

「大きくなったらね。」

「ねこさん飼いたーい!」

「いいから、夕飯食べてしまって。片付かないでしょう?」

「はーい。」

しょんぼりする。


その夜部屋に戻ると、

「ねえ、ブランシュ。わたし、うまくやったと思うの。待っててね。もうすぐねこさんのお友達ができるわ。」


数日後

学校から帰ると、

「はい、これ。」

「ただいま。なに?」

「いいから開けてみて。」

「うん!」

包みをあけると、

「うわあ、可愛いくろねこさんのぬいぐるみだ!」

「これで我慢しなさい。あなたが大きくなったらね。」

「はーい。」

がっかりしたように返事をして、「カバンをおいてくる」と、告げて部屋に戻ると、ブランシュに駆け寄った。

「やったよ!ブランシュ!ほらねこさんの友達がきたよ。名前は、うーんと、何にしようかな。」

じいーっと、今やってきた黒猫さんの顔を見る。

「よし、決めた!今日からお前は『ぴりり』よ!」

ぴりりを抱きしめる。それから、ブランシュも抱き上げると、

「ブランシュ、ぴりり、よろしくね!」

白い犬と黒い猫のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。

お母さんが私のために、買って来てくれた!

嬉しすぎて、ぬいぐるみに大きな声で話しかけていた。


幸せに浸っていると、台所からお母さんの声が聞こえてきた。

「ひな、ご飯にするから手を洗ってきて。」

「はーい。」

ブランシュとぴりりをベッドに並べて置く。

バタン。

部屋をでると、まず手を洗うため洗面所へと向かった。



それから。。。

同じ手段で、うさぎさん、リスさん、フクロウさん、イルカさん、などなど、仲間がどんどん増えていった。


お母さんは、相変わらず

「これで我慢しなさい。」

って言う。


これで我慢しなさいって、この子たちに失礼だと思うのだけど。

それは、ずっと思ってきたことだ。

ぬいぐるみだけにかかわらず、なんでもだ。

テレビで見たアイス食べたいっていったら、次の日、これで我慢しなさいって、1本30円のいつも冷凍庫に入っているアイスを渡された。


「これで我慢しなさい。」

でも、私は30円のアイスも大好きなのである。

大好きなものが軽視される言い方に、どうしても慣れなかった。

それに、あれが食べたいと言ったのに、なんで食べられないのか知りたかった。コマーシャルのアイスと30円のアイス。これは全くの別物なのに。何かに代えられるものじゃないのに。


これはこれで立派にこの世に存在するのに、

「これで我慢しなさい。」

は、いろいろなものに、優劣をつけている気がした。

そして、

“何か”には、代わりがあるって言われているような気がした。

もしかしたら、私の代わりもあるの?

お母さんの代わりも?

代わりなんてないよね?


我慢する理由を教えてよ、お母さん。

なんでいつも私は我慢しなくちゃいけないの?

お母さんへの反発心が心の中を時々ぐちゃぐちゃにした。



それからも、お母さんは新しいものを、私のためだけに、私に買ってくれるかを試すようなことをした。

そう、多分お母さんを試したのだ。

その結果、

空、陸、海の生き物のぬいぐるみが揃った。私の部屋を賑やかにしてくれて、この部屋にいるのが楽しい。私のための私だけのもの。

だけれど、なんだか少し虚しさを覚え始めていた。


もやもやする。

自分でもやりすぎたなって思ってきた頃、それでもお母さんは変わらずに、

「これで我慢して」って、お母さんが考えたものを私にくれるのだ。

それはぬいぐるみ、食べもの、etc.

こんなにわがままいって、お母さんに嫌われたらどうしよう。

そう思い始めて、ある日ぱたりとやめた。


「最近何も言わないわね?」

「なにが?」

「なんでもない。今日はひなの好きなお好み焼きにしようか?」

「本当!いいの?」

「うん。いつも我慢ばかりさせてごめんね。お友達羨ましかったよね?」

私はびっくりした。お母さん知ってたの?犬さんも、猫さんも、うさぎさんも友達の家にいるの。イルカさんもカメさんも、友達は水族館っていうところで見てきたんだって。みんなみんな羨ましかったの。


お母さん、わたしのこと、みんなわかっていたの?


「ねえ、お母さん。いつもは家にあるものばかりなのに、なんであたらしいぬいぐるみを買ってくれたの?」

「それはね。」

お母さんは、困ったような申し訳なさそうな顔をした。

「ひな、いつもお母さんがお仕事の時、1人でお留守番してくれているでしょう?」

「うん。」

「寂しかったよね?」

「そんなこと、ない……」

「そう、ひなはいつもそう言ってくれるから、お母さん、ひなに甘えちゃってたの。」

「うん。」

「今までひなは動物を欲しがったり、人と比べたりしたことなかった。だから、ひなに初めて『犬が飼いたい。友達が飼っていて一緒に遊んで楽しかった。』って言われた時、ドキッとしたの。あんなに寂しそうなひなの顔を見たことがなかった。ひなは、ずっと1人でここにいて寂しかったよね。ごめんね。」

「うん。」

「だから、ひなのための、ひなだけのお友達を、ひなに贈りたかったの。動物は飼うことができないけれど、小さい頃から大好きなぬいぐるみなら、ひなのお部屋に連れて行ってあげられるって思ったの。」

「うん。」

お母さんのお話は、少し難しくて、今の私にはちゃんとは分からなかったけれど、ひなのことたくさん考えてくれたってことだけは、ちゃんと分かる。

「ひな、ひとりぼっちで寂しい思いをさせてしまってごめんなさい。」

お母さんは、わたしを“ぎゅっ”と抱きしめたのだった。


お母さん、今まで困らせてごめんなさい。

そのたび、私のためにたくさん考えて、お母さんのできることで返してくれていたんだね。今も、お母さんは、私がぬいぐるみやお好み焼きが好きなことを覚えてくれている。

あんなにわがままを言ったのに、お母さんは変わらない。



お母さん、ぬいぐるみは、『これで我慢しなさい。』の“これ”ではないよ?

私、ぬいぐるみ大好きだよ!30円のアイスも好き!!

私だって、お母さんの『これで我慢しなさい。』が、私への愛情だって気づいたんだよ。

だって一度も、お母さんは、ダメって言わなかったもの。一度も私の気持ちを無視することなかったもの。まあ、少しは無視してることもあったけどさ。

私のわがままにちゃんと付き合ってくれる、そんなお母さんが、大好き!!


これを、お母さんに言うのは、またにしよう。

今は顔が火照って、言葉がうまく出てこないと思うから。


私を抱きしめていたお母さんが、私の顔を覗き込むように見て、

「ひなの好きなお好み焼き作るね。明太子入りだよ。」

恥ずかしそうに、そう言った。

「うん!食べたい!」

気付けば、私は、いつの間にかお母さんに素直になっていた。


*** 台所で ****


「お母さん、手伝うよ。」

「あら、ありがとう。じゃあ、そのボウルに卵割って、水入れて。お母さんは、キャベツを切るわね。」

「分かった。」

エプロンをつけて、お母さんの横に並ぶ。

「そうだ、ひな!」

キャベツを千切りに切りながら、お母さんが楽しそうに私の名前を呼んだ。

「何?」

手を止めて、お母さんをみる。

「今度、あなたのお友達紹介してくれない?」

「お友達?」

「ええ、あなたのお部屋の可愛いお友達。」

「私のお部屋のお友達?」

「いつも、楽しそうにお喋りしているじゃない?」

お母さん、なんだか嬉しそう。

いつもお部屋でおしゃべりしているお友達?

「あれ、聞こえていたの!?」

「聞こえちゃったの。ごめん。」

ニコッと笑うお母さん。

はっ、恥ずかしいー!!!!!!!

かあーっと顔が熱くなる。

恥ずかしさのあまり、手で顔を隠そうとして、蛇口に手が触れてしまった。

ジャーと、勢いよくボウルに水が注がれていく。

「あっ、お、お母さん。どうしよう。」

「あはは。そんなに水入れて。一体何人分作る気!?」

さっと水を止めてくれたお母さんは、楽しそうに笑った。

「お母さん、今度、私の大親友『ブランシュ』と『ぴりり』を紹介するね!」

私も、一緒に笑っていた。

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