ある男のポリシー

筋肉痛

本編

 目が覚めると兎のぬいぐるみになっていた。嘘だ!とか叫んでみようにも声が出ない。体も動かせない。まだ、新品のようで、箱に入れられている。箱にある透明なフィルムで自分の姿を確認し、兎のモフモフなぬいぐるみだと分かった。

 なるほど、こういうことは稀にあるのかもしれない。この国の行方不明者は毎年何万人もいると聞く。そのうちの何人かがぬいぐるみになっていてもおかしくない、多分。朝起きたら虫になった男の話も有名だ。虫よりはだいぶマシじゃないか?いや、動ける分、虫の方がマシか?ただ、俺はぬいぐるみになってしまったのだ。虫の事を羨ましがっても仕方ない。

 思えば、他人に愛されるという事があまり無かった、むしろ恨まれる事も多かった人生だからぬいぐるみというのは悪くない。ぬいぐるみを愛でる人はいても、恨む人はあまりいないだろう。特に子供に愛されるのは良い。今までの人生で経験したことのない喜びだ。

 箱から乱暴に取り出される。待ちきれない子供がやったのだろうと、持ち主を見ると青年と中年の間くらいの男性だった。このくらいの年代でぬいぐるみを購入するのは、ヤバい奴の可能性が高い。いや、偏見は良くない。我が子へのサプライズプレゼントなのかもしれない。箱は嵩張るから、直接ラッピングするんだろう。

 腹にハサミを入れられて中の綿を取り出された。まさにはらわただ。幸い、痛覚もないようで一安心だが、ヤバい奴確定である。


「み、みんな、死んじゃえば良いんだ!」


 俺の腹の中に機械仕掛けの何か、大変粗末ではあるが恐らく時限爆弾を詰め込みながら、男は叫ぶ。ヤバいどころか、超ヤバい奴確定である。

 裂いた腹を綺麗に縫い合わせると男は紙袋に俺を入れて外へ出かけた。


 放置された場所は大きな公園のベンチだった。確かにここなら、誰か子供が忘れていったものだろうと思われて撤去される可能性は少ないだろう。

 親子連れやカップルが皆楽しそうに行き交っていく。あの爆弾の殺傷能力ならば、20〜30人の死傷者は軽く出るだろう。チクタクと腹の中でカウントダウンが進んでいく。

 俺もまず間違いなく灰になるだろう。それは百歩譲って良いとして、このままでは俺のポリシーが守られない。それは死よりも恥ずべき事だ。自分の四肢に命令する。電源の切れた大型の人造人間に言い聞かすように、暴走を誘発するように、「動け、動け、動いてよ。今動かないとみんな死んじゃうんだよ!!」


 俺は走った。眼前には大きな池がある。そこしか見えていない。ぬいぐるみが動いていることを発見した人達が騒ぎ、子供達が捕まえようとしてきたが、幸い俺は兎だった。ぴょんぴょんと跳ねて彼らを置き去りする。

 池に飛び込む。爆弾が錘の代わりとなり、割と深い底まで運んでくれた。底についた数瞬後、俺の体は爆発四散した。


 そこで目が覚める。待機時間でうたた寝したようだ。

 なかなかユーモアのある夢だったが、いろいろと頂けない。

 まず爆弾は無骨であるべきだ。ターゲットの命を淡々と奪うものでなければならない。

 次に関係の無い者を巻き込むのは素人である。爆弾という扱いの難しい物で、ターゲットのみをキレイに殺す。それがプロである。

 手元にあるアタッシュケースを慎重に持ち上げる。この作品が誰の命を奪うのか、そんなことに興味は無い。ただ、これが爆発する美しい瞬間を早く見たいだけだ。

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