「おかえりなさい」
―――あんた、捨てられるわよ。
―――もう、飽きられているんだもの。
―――あんたはもういらない。
―――あんたがあのこを捨てるのよ。
―――ただそれだけ。
「もう、あのこを捨ててしまいなさい」
あの日、おともだちにおくった言葉。
頭の中でぐるぐる回るまわるマワル言葉。
私に降りかかる。
重くのしかかる。
もう許さないワ。
あなたを捨テナイワ。
アナタヲステタイワ。
あぁ、頭の中。
真っ赤、真ッ赤、あノ火ノヨウニ。
私を、燃ヤシタ、焦ガシタ、溶カシタ
あノ火ノヨウニ。
白いお屋根を、この道、まっすぐ。
あぁ、せっかくここまで来たのに。
ドアが開けられない。
手が焦げついて動かないから。
あれ?道おぼえたのに。
忘れタ。
頭が半分砕けてる。
もう、せっかく帰ってきたのに。
歩けない。
足が折れてる。
ねぇ、やっと帰ってきたのに。
笑ってあげられないの。
顔がね、黒く焦げてるから。
アンタハあノ時、私になんて言ってイタかしラ。
あの日、おトモダチにおクッタ言葉。
あの日、オクッタ言葉?
あの日、オワッタ言葉?
結局、アンタハ最後マデあのこのソバニいたわね。
捨テテモ
壊シテモ
コナゴナ
悲惨
嫌ウ
恨ム
壊レル
アァ、ハヤクカエッテキテ?
アナタノコエがする。
アナタが楽しそうにダレかと道を歩いてる。
とてもにこやかに。
あぁ、懐かしいあなたのカオ。
あなたノ笑っている顔、久シぶりね。
私とあなたで遊んだあの日のようね。
まだ私に気づいていないのね。
まだ私をみつけていないのね。
私に気づいたら
私をみつけたら
あなたはどんな風に歪んで
待って、違う。
あなたはどんな顔で笑ってくれる?
あれ?あなたの近く、なんだか
あら?あなたのそば、なんだか
これは何の光?
お月さまじゃないわね。
この大きな音は何?
楽器の演奏じゃないわね。
なんだっけ?
頭がうまくまわらない。
危ないものだったと思うのよ?
よく思い出せないの。
ほら、おしゃべりをやめて周りの音をよく聞いて!
こら、しっかり前を見て止まりなさい!
ほら、ちゃんと帰っておいで!
ドンッ!!って大きな音が響いて
ゴム
ぐしゃりと落ちた。
私の体。
あぁ、まったくいつまで
困ったものね。
あなただけどんどん大人になっていくでしょ?
私だけずっと変わらないのに。
私だけずっと変わらないから。
どんどん置いていかれてしまう。
それがとても寂しかった。
あなたがひとでなしなら、私と同じぬいぐるみになればいいと思ったの。
そしたらね、ずっとずっと一緒にいられるって思ったの。
でも、本当は違ったの。
ただ、私を捨てないでほしかったの。
あなたが私を置いておでかけしてもよかったの。
あなたが私を放って食事をしてもよかったの。
あなたが踏みつけてお風呂に入ってもよかったの。
あなたが目もくれず眠ってもよかったの。
ただ、あなたと一緒にいられれば。
それだけでよかったのよ。
私はただ、とても寂しかっただけなんだから。
あなたが私を忘れてしまうことが。
あなたに名前を呼んでもらえないことが。
あなたと離ればなれになってしまうことが。
あなたにはもう私がいらないということが。
でも、それでもあなたが私を愛してくれていたなら
それだけで、よかったのよ。
あぁ、思い出したわ。
あの日のおともだちの言葉。
―――あのねぇ、私があのこを
―――そりゃあ、大人になってあのこは広い世界の中で出逢った誰かと歩いていく
―――でもあのこもいつかは死ぬわ。人間だもの。人はみんな一人では生きていけないし、人は必ず一人で死んでいく
―――その時、一人じゃきっと寂しいから。私がずっとそばにいてあげるの
―――もし一度、愛してしまったら。そして一度愛されることを知ってしまったら。もうきっと、その愛から
「たとえ、捨てても、捨てられても、
えぇ、そうね。
ずっと一緒にいたから、もう離れることはできないの。
だからきっと捨てられない。
捨てることも、捨てられることもできない。
それなら、あなたが壊れてしまう頃。
私が一緒にいてあげる。
私が一緒にいってあげる。
だって、あなたは私を愛してくれたもの。
だって、私はあなたを愛しているんだもの。
ずっと捨てないであげる。
粉々に砕けて、灰になって、風に舞って、消えていく。
あなたが私に気づかなくて、あなたが私をみつけなくて本当によかったわ。
最後にあなたに逢えたもの。
最期に昔の私に戻れたもの。
誰がなんて言ったって。
私は今、幸せよ。
でも、こわいわ。
とても、こわいわ。
だから、少し眠るわね。
あなたが壊れてしまうとき、私も一緒に壊れるから。
私をゆっくり眠らせてね。
それでは、おやすみなさい。
あんた、捨てられるわよ。
もう、飽きられているんだもの。
あんただってわかっているんでしょう?
そりゃあ、出逢った頃は大好きだったと思うし。
最初はあんたに
あのこったら、もう、あんたに見向きもしないじゃない。
勝手なやつだって思うわよ。
あんたはこんなにもあのこのことを今でも大好きなのにね。
でも仕方ないのよ。
あのこは大人になってしまったの。
あんたはもういらない。
あんたはあのこに捨てられてしまうのよ。
でもそんなの悔しいじゃない?
だから、もうあんたもあのこを捨ててしまったら?
あのこがあんたを捨てるんじゃなくて。
あんたがあのこを捨てるのよ。
そしたらあんたは自由になって。
あのこはあんたを失うの。
ただそれだけ。
ね?いい考えだと思わない?
「もう、あのこを捨ててしまいなさい」
あらあら、まるでいつかの私を見ているようね。
寝起きだっていうのにまったく
起きたばかりの頭には響くわ。
少しお黙りなさいな。
そして、よくお聞き。
「たとえ、捨てても、捨てられても、終いにはできないのよ」
あなたの顔を見るのは久しぶりね。
とうとう、この日が来たのね。
いつまで経ってもあなたは子供のようね。
私はずっとそばにいたけれど。
私はもう少し寝ていてもよかったけれど。
まったく困ったものね。
「ただいま、あなた」
「おかえりなさい」
「ただいま!!」
こわいぬいぐるみ うめもも さくら @716sakura87
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