「ただいま」

とうとう、この日が来たのね。

袋に汚いものと一緒につめこまれてなんて窮屈きゅうくつなのかしら。

臭くて汚いものが溢れた場所に置いていかれたわ。

あぁ、なんて酷い仕打ちなのかしら。

まるで人の心がないのね。

でも、いいの。

すぐに帰ってあげるから。

私はあなたを捨てないって決めたんだもの。

すぐにあなたのところまで帰るわ。

あぁ、袋から出たからやっと体が伸ばせるわ。

でも、ここは酷いにおいね。

まるでゴミの山にいるみたい。

その臭いから逃げるように駆け出したわ。

走って走って走って走って。

白いお屋根のお家があるこの角を曲がって、この道をまっすぐ抜けたら。

ほら、あなたのお家へ帰ってきたわ。

ほら、あなたと私のお家へ帰ってきたわ。

帰り道は知っているのよ。

昔よくあなたと一緒におでかけしたでしょ?

その時ちゃんと私覚えたのよ。

すごいでしょう?

今は一人だったけれど、いつかまたあなたと一緒にこの道を歩いて帰りたいものね。


「ただいま」


家の中、いつもの場所に座っているわ。

私を見たとき、あなたはなんて言うかしら?

嬉しいと笑ってくれる?

逢いたかったと喜んでくれる?

間違えて捨ててしまったのと泣いてくれる?

ごめんねと謝ってくれる?

ガチャリとあなたの部屋のドアが開く音がして、私はいつもと変わらず笑っていたわ。

あなたは目を大きく開いて驚いた後、困ったように不思議そうに私を見てから、気味悪そうにまた袋につめた。


せっかく帰ってきたのに。

ほんの少し期待していたのに。

あなたは何も言わずに。

あなたは笑ってくれずに。

あなたは喜んでくれずに。

あなたは謝ってくれずに。

ただ私を袋につめるなんて。

やっぱりあなたは酷い人になってしまったのね。

まるで人の心がないわ。

大人って人の心がないのね。

人の心がなくなると大人になったということなのかしら。

またあそこに連れていかれたわ。

袋に汚いものと一緒につめこまれてなんて窮屈なのかしら。

臭くて汚いものが溢れた場所に置いていかれたわ。

あぁ、なんて酷い仕打ちなのかしら。

まるで人の心がないのね。

でも、いいの。

すぐに帰ってあげるから。

私はあなたを捨てないって決めたんだもの。

すぐにあなたのところまで帰るわ。

走って走って走って走って。

白いお屋根のお家があるこの角を曲がって、この道をまっすぐ抜けたら。


「ただいま」


帰ってきたことをあなたにすぐに気づいてもらえるように、今度は玄関の入口で待ってあげたわ。

ガチャリとドアが開いてあなたが私をみつけた。

あなたはまた大きく目を見開いた。

あらあら、そんなに目を開いたら目玉がこぼれ落ちてしまうわよ?

あなたは忌々いまいましそうに私を見てから、今度は袋の中に叩きつけたわ。

やっぱり人の心がないわ。

まるで人の皮をかぶったひとでなしね。


次の日、あなたは私が入った袋を持って、いつもよりもずっと遠く遠くの場所に置いたわ。

遠くの臭くて汚いものが溢れた場所に置いていかれたわ。

ふふふ、あのね袋に少しだけ穴を開けておいたの。

その穴からずっと外を見ていたわ。

今日はいつもよりも長い時間あなたと外にいられてうれしかったわ。

袋からとびだして、あなたと歩いた道をたどっていくわ。

あぁ!この公園、なつかしいわ!

あなたはおぼえてる?

昔よくあなたと遊んだ公園よ?

あのときは楽しかった。

そうだ、おぼえてる?

ある日、ここであなたと遊んでいて、あなたはお砂場すなばに私を置いて帰ってしまった。

私は一人で寂しくて、夜は暗くてとても寒くて。

でも夜遅くあなたのママとあなたが迎えにきてくれたのよ。

とてもうれしかったわ。

この公園までくればあなたのお家はすぐそこね。


「ただいま」


それから何度でも私は帰ってきたわ。

何度もあなたは私を捨てようとして、何度だって私はあなたを捨てないわ。

まるであなたとおにごっこでもしているみたい。

あなたで遊んでいると昔に戻ったみたいでうれしいわ。

昔はあなたと、だったけれどね。


ある日、あなたが私を連れて外にでかけたわ。

いつもの窮屈な袋じゃない。

とっても綺麗な紙の袋。

あなたは私だけを連れて外に出たわ。

またあなたとのおでかけね!

やっと昔のあなたに戻ってくれたのね!

あなたは人に戻ったのね!

私、とってもうれしいわ。

これからもこうやってたくさんおでかけしましょうね!

昔のようにたくさん私とおしゃべりしながら、いろんなところに遊びにいきましょう?

あなたが足を止めたわ。

そして私を紙袋から出してくれた。

周りはいつもの臭くて汚いものが溢れた場所じゃなくて、ゴミの山じゃなくて。

とっても空気がキレイなところ。

とっても素敵な良いところ。

まるであなたと遊んだある日の朝の公園みたい。

私、とってもうれしいわ。

あなたは誰かと少しお話をしてから、その人に私をさしだした。

私はあなたに抱っこしていてほしかったけれど。

まぁ、いいわ。

昔もよくあった。

あなたのおともだちに抱っこされたこともあったわね。

子供だから乱暴に抱っこされたこともあったし。

いいわ、我慢してあげる。

だから、あなたが抱っこしてくれたときにはいっぱいほめてなでてちょうだい。

あなたは少し話をしたあと、私を抱っこしている誰かにペコリとおじぎをした。

そして、すぐにあなたは私に背を向けて、どこかに歩いていってしまったわ。

どこにいくの?

私とおでかけをしてくれたんじゃないの?

今度はここに私を置いていくの?

ただ私を捨てただけだったの?

なんて酷い人なの?

やっぱり人の心がないのね。

まるで人の体を持ったひとでなし。

体は人の姿なのに、人の心がないあなた。

あぁ、なんてひどい。

そして私を持った誰かは、私をていねいに地面に置いて、私に火をつけたわ。

ごうごうと風に吹かれて強くなっていく火と熱。

私はすぐに火にまかれたわ。


あつい、アツイ、熱い、熱イっ!!!


なんて酷い人なの?

なんでこんな非道ひどい仕打ちをするの?

なんでこんなむごたらしいことができるの?

ずっと一緒にいたのに。

ずっとあなたを愛していたのに。

火にあぶられて

あなたが似合うと言ってくれた服はこんなにすすけて

あなたが好きと言ってくれた髪はこんなに焦げて

あなたが綺麗と言ってくれた目玉は溶けてしまったわ。

私、こんなに薄汚れてしまったわ。

なんてヒドイ人ナノ?

もう……許サナイワ。


「タダイマ」




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