世界を守る者たち

misaka

“世界”を守る者

 ある所に、1人の戦士が居た。丸い耳に真ん丸な鼻。つぶらな瞳。茶色いフェルト生地の彼の名前は“クマキチ”。熊のぬいぐるみである彼は、今日もご主人様である“ちあき”の命令で、柔らかい拳を振るっていた。


「『きょうこそおまえをやっつけてやる! ごっどぶろー!』」


 ちあきちゃんの声そのままに、茶熊のクマキチは神の一撃を放つ。対するは三角耳が特徴的な黒猫のぬいぐるみ“タマ”。


「すかっ。『ふん、ぬるいわ!』」


 これまた、ちあきちと同じ声で言うと、クマキチの『ごっどぶろー』を軽々とかわす。それだけでない。黒猫のタマが放つ強力無比な必殺技『だーくねすリーパーきっく』がクマキチの頭部を捉え、吹き飛ばした。コテンと転がるクマキチ。


「どーん! 『ふんっ、わたしにかとうなんて、ひゃくねんはやい! でなおしてこい、このさんしたが!』」


 一体どこで覚えたのか、タマが短い腕を組んでクマキチを睥睨へいげいする。律儀にも、その声には嘲笑ちょうしょうの色がきちんと含まれていた。

 このような死闘が、ここ最近はずっと続いていた。これまでクマキチが倒せなかった相手は居ない。蛇のぬいぐるみ“みーちゃん”も、競走馬のぬいぐるみ“とうかいていおー”も、伊勢海老のぬいぐるみ“えびかにっくす”も、クマキチのごっどぶろーで一撃だった。しかし、最近やってきた黒猫のタマを前に初めて敗北をきっしたのだった。


「『く、くそぅっ! かみのいちげきでもたおせないだと……?』」

「『はんっ! しょせんはただのかみ。しにがみにはかてないのだ! わっはっはっ』」

「『くぅ~っ!』 だんっだんっだんっ」


 腰に手を当てて、勝ち誇るタマ。彼女を前に、クマキチは全身をフローリングの床にたたきつけて悔しがる。と、どこからかもう1人の人物が登場する。同時に、黒猫のタマがコロンと天井を向いた。


「『クマキチ。つよくなりたいか?』」

「『こ、このこえは……?!』 えっと……うんと……そう、『なんかすごいひと!』」


 戦場に現れたのは、明らかに材質の異なる少女の形をした人形。名前は“なんかすごいひと”。名前から分かるように、とても強い。可愛い服で着飾ったなんかすごいひとが、クマキチのそばに立つ。明らかに強くなりそうなクマキチを前に、しかし、タマは天井をつぶらな瞳で見つめたまま静観している。


「『さあ、クマキチ。このちーとのうりょくをあなたにあたえましょう』」

「『ちーとのうりょく……?』」

「『ええ。ぱわーいっせんおくまんばいのちからです』」


 ちあきの知る最も大きい数字がそのまま、クマキチに付与される。そうして力を与えるだけ与えて、なんかすごいひとは退場した。

 事態を静観していたタマが起き上がって、再び死闘が始まる。


「『ふっ、またきたのか、さんした』 ばっさぁっ」

「『まおうタマ! もうおまえのすきにはさせない』 ぴかーん」


 死神であり魔王でもあるらしいタマがマントをなびかせると、負けじとクマキチも懐中電灯の光で光り輝く。


「『またけしずみにしてやろう。だーくねすリーパーきっく』!」


 またも早期決着を図ろうとしたタマが高く跳び上がり、クマキチへ目がけて死神の力を解き放つ。しかし、


「ぱしっ 『あまい!』」

「『な、なにっ?! わたしのだーくねすリーパーきっくをうけとめただと?!』」


 クマキチが無理矢理腕を顔まで上げて、タマのキックを受け止める。そして、クマキチが進化したとタマが察した時には、もう遅い。


「『かみよりすごいひとからもらったちからでむそうしてやる! ちょうスーパーみらくるウルトラごっどぶ――』」


 と、その時。掛け声とともにぐるぐる回していたクマキチの右腕がもげた。戦場に沈黙が下りる。突然のことに、クマキチもタマも、ついでにちあきも黙り込んでしまう。空調の風に、クマキチの体内からあふれ出た綿が舞った。


「『……きょうはここまでにしてやる』 せいじょさまー!」


 格好悪い捨て台詞を残して、クマキチがちあきと共に戦場を去る。向かう先はぬいぐるみ界の聖女様がいる所だ。これまで幾度も死線をくぐり抜け、ボロボロになったクマキチを一晩で元通りにしてしまう。ある意味、その聖女のせいで、クマキチは数え切れない戦闘をしてきたと言っても良かった。

 しかし、聖女様の所へ向かうちあきとクマキチの前に1人の人物が立ちふさがる。ちあきが門番と呼ぶ女性だった。


「またかー? 千秋ちあき。ぬいぐるみは大切にしないといけないんだって何度言えば――」


 いじわるな門番が千秋を注意しようとした矢先、背後からぬるっと聖女様が顔を見せた。


「聖女様、登場! ……どうしたの?」

「クマキチがタマにやられた」


 自分の知らないところで冤罪えんざいをでっち上げられたタマだが、諸事情により文句を言えない。


「そっか、そっか。じゃあまたこの聖女様がクマキチをいやしてあげようではないか」

「ちょっ、お前。私たちの養子むすめだからって千秋に甘すぎるだろ……」

「そう? これぐらいがでしょ?」


 すぐに千秋を甘やかす聖女様に辟易へきえきしつつ、門番は千秋への注意を続ける。


「いいか、千秋。世界の平和はクマキチにかかってるんだろ? 大事にしてあげなさい」

「はーい。……で、せいじょさま! こんどはクマキチにタマとおんなじマントつけてほしいっ」

「わかりました、お姫様。ついでにケーキ買ってきたからみんなで食べよっか?」


 聖女様の甘い誘惑に、千秋はにべもなく頷く。熊のぬいぐるみを2人の母親に預けて、子供部屋を出た千秋は一目散にダイニングへと向かった。


 翌日、また子供部屋で繰り広げられた世界の存亡をかけた戦い。今度の敵は、クマキチに力を与えた張本人であるはずの“なんかすごいひと”。人々の暮らしは、クマキチとちあきの腕にかかっている。

 そして、日々死闘を繰り広げる“千秋の世界”を守るのは、ちょっぴり怖い門番と、優しい優しい聖女様だった。

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