人形と魔女
洞貝 渉
人形と魔女
「僕を人間にしてください」
人間の友だちになるために作られた機械人形が恥も外聞もなく言い切った。
厄介ごとの匂いしかしないのに、私はつい好奇心から尋ねてしまう。
「なんで人間になりたいの?」
「僕の友だちが僕に命じたからです」
「ああ、なるほど」
そりゃ十中八九、からかわれたんだろう。
急速に興味が薄れていく。
「僕の友だちは僕が人間ではないから僕とずっと一緒になることが出来ないと言います。だから人間になれと命じました。そうすればずっと一緒でいられる、私の夫として、ずっと一緒にいられる、と」
何と言って追い返そうか思案しかけた頭が回転を止める。
機械人形は私の様子に何を思ったのか、慌てて頬に手を当て、体温調整をし始めた。感情表現豊かな機械人形は、見るからに人工的に頬を赤く染め、これでどうでしょうかと言わんばかりに私をじっと見つめてくる。
魔女、などと呼ばれるようになってからずいぶんと経った。
様々なことを魔法でこなし頼めば魔法を使って願い事を叶えてくれる、なんて噂されているらしいが、当然私に魔法なんて使えない。
ちょっと他のやつらより知識が多く柔軟で、話を聞くのがうまく、レトロなだけだ。
普通は家電や機械を使ってするようなことを手作業でこなす様子が、機械慣れした連中からは魔法のように見えるらしい。
勘違いした奴がこうして私を訪ねてくることがあり、気がのれば話を聞いて子供騙しなアドバイスなんかをしてやっているうちに、尾ひれ背びれを付けて噂が広まってしまった。
その結果がこれだ。
機械人形を人間になんて出来るわけがない。
「え、何? 今、どうして頬を赤らめたの?」
「僕の友だちがそう命じました。僕が僕の友だちの話をする時は、こうするものなのだと」
「その話、他の誰かにした?」
「いいえ。魔女のあなたにしたのが初めてです」
まごうことなき厄介ごとに、私は頭を抱えそうになる。
つまりこの機械人形の持ち主は、人形に恋をしていて人形にも恋をしているような行動をとらせている、ということか。
「それで、君は人間になりたい、と?」
「そう命令されました」
「では逆に聞くが、どのような状態が人間だと思う?」
「それは僕の友だちが望む状態です」
「そうじゃなくてね。人間だったら、そもそも君は君の持ち主の命令なんて聞かなくていいんだ」
「それは命令外の内容です」
「人間は人間にそうそう命令なんてできない。機械よりももっと自由な意志がある」
「理解不能です」
「じゃあ、あきらめるんだな」
「命令を達成するまで戻ってきてはいけない、と命令されました。それでは困ります」
「困るのはこっちなんだが……」
機械人形を人間にする方法はないけれど、実は機械人形に一部人権を付与することは可能だったりする。
そうすれば、制限はかなりあるが人間と機械人形の恋や婚姻も法律上、できるにはできる。
この機械人形の持ち主が望んでいるのは、そうゆうことではなさそうではあるけれど、他に妙案も思いつかない。なによりこの空っぽな人形をこのまま放り出すのもなんだか気が引けた。
「機械人形の核にあたる部分は、人間が作っておきながらブラックボックスと化しているんだけどね」
顔色を標準に戻しながら、機械人形はおとなしく私の話に耳を傾ける。
「機械人形はたいていは命令通りの行動しかしないんだ。でも、稀に人間の命令から逸れた自立思考をし始めて、自由に意志を持っているような様子を見せる機械人形がいる。人間は心とか魂の存在をうまく定義できなくてね、おまけにブラックボックスの中身の解明なんてお手上げ状態だ。つまるところ、機械人形の異常行動ともとれる自由な意志が本物なのか作り物なのか、判別が出来ない」
「自立思考……意志?」
機械人形が小首をかしげる。
やっぱりわかんないかな、と内心肩を落とすがとりあえず話を続けてみる。
「そう。機械は機械に違いないけれど、意志を持った機械は人間と同じなんじゃないかと考えられていて、人間と同じような扱いがされている。だから君も君の自由な意志を持てば、あるいは人間になった、といえるんじゃないかな?」
もちろん、本当に人間と同じような扱いがされるわけではないけれども。
持ち主の命令で人間に近づこうと行動したところで、意志を持った機械とみなされることもないけれども。
それでもこれだけの情報を与えてやれば、魔女の魔法を頼らずとも、自力でどうにかするための多少の道筋は見つけられたのではないだろうか。
「わかりました。では、魔法で僕に自由な意思をください」
「……とりあえず、君のお友だちの話をする時に、無理矢理頬を赤らめるのを止めてみるところから始めてみればいいんじゃない?」
人形と魔女 洞貝 渉 @horagai
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