そのぬいぐるみはある女の子の親友だった。

絢郷水沙

そのぬいぐるみは誰かの腕の中にある。

 え、このクマのぬいぐるみが欲しいって?


 本当に? 結構ボロボロよ。


 え、一緒に遊びたいって?


 ……わかったわ。でもその前に一つだけお話をさせて。


 今から聴かせるは、そのぬいぐるみと持ち主のお話だよ。


 そのぬいぐるみは、とある女の子に贈られたプレゼント。


 その女の子は幼い頃からずっと病気がちでね。いつもベッドの上で過ごしていたんだ。


 女の子は滅多なことではそこを動くことができなかったの。当然、お友達は一人もいなかった。


 彼女のお友達は、そのぬいぐるだけ。名前は「うー」っていうんだ。


「うー」は強い子なんだよ。


 その女の子が怖い夢を見ても、いつも「彼」が守ってくれたんだ。


 嵐の夜が来た日には、誰よりもずっとそばにいて、彼女のことを勇気づけてくれていた。

 雷が鳴り響き、雨がざんざんと降りそそぐ夜にも、女の子の心の拠り所になってくれていた。「彼」はとっても立派な子なんだ。


 それに「うー」はとっても優しい子でもあるんだよ。


 いつだって彼女の話に耳を傾けてくれていた。馬鹿げた空想話にも、都合が良すぎるふざけた夢物語にも、嫌な顔一つせずに話を聴いてくれたんだ。


 病気で苦しくて涙がぽろりと落ちる時も、辛くうなされるときもいつだって側にいて励ましてくれた。それがこのクマの「うー」。



 でもそれはもう……、何十年も前の話なんだけどね。



 病気がちだったその女の子はもういない。すっかりと茶色に汚れ、綿は潰れ、ところどころほつれてしまった「うー」。


 それでも、とっても大切なぬいぐるみ。思い出が詰まったかけがえのないものなの。


 ねえ、どうしても欲しいの?



『うん! だって、それでしょ! わたしもお話したい!』




 ……そう、わかったわ。「うー」がいなかったらあなたにも出会えなかった。きっと「うー」もあなたとお話したいと思ってるわ。


 けれど大切にしてね。「うー」はいまだって私の一番の親友なんだからね。

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そのぬいぐるみはある女の子の親友だった。 絢郷水沙 @ayasato-mizusa

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