愛憎相半ばなぬいぐるみ
佐倉伸哉
本編
父は、プロ野球球団“なにわクラウンズ”の熱狂的なファンだ。
大阪を本拠地に50年以上の歴史がある球団ではあるが……ぶっちゃけ、弱い。優勝より最下位の回数の方が圧倒的に多い。リーグ随一の打撃陣を揃えているが、奪った得点以上に吐き出してしまう投手陣のせいでBクラス常連だ。
そんなチームだけど、熱狂的なファンは多い。父
そんなアタシに、父はさらに言葉を継ぐ。
『しょうもない負け方もするし、「お前らプロちゃうんか!」ってヒドイ負け方もするけど、ファンの度肝を抜くような大逆転勝利をやってのけたり、血沸き心躍るようなプレイを見せてくれる。ぶっちゃけ、可愛いんや。可愛くて仕方ない。どんなに負けても楽しい思いを見せてくれるから「しゃーない、応援したるわ」って気持ちにさせてくれる。ダメな子ほど可愛いって言うやろ? それと同じや』
熱弁を振るう父に、「じゃあ血を分けた娘は可愛くないんか?」と言ってやりたい気分になったが、グッと
小学校に通っているアタシが平日夜遅くまで働く父と触れ合えるのは、週末の土日と祝日のみ。でも、土日祝にホームでクラウンズの試合があれば、必ず球場へ行く。それも、朝から。朝なんて球場開いてないじゃん! と一度抗議したら「同志との交流があるんやで」と返された。しかもキリッとした顔で。これで苛立ち2割増し。
朝から出掛けた父は、アタシと母をほったらかし。近場なら遠征に行く事もあるので、父と遊べる日が非常にレアになっている。おまけに、父が家に居てもクラウンズの試合がある時間帯は絶対に野球中継。アタシが見たい番組は録画してもらえるけど、絶対にチャンネルを譲らない。
こういう事情もあり、
そんなアタシだが、時々思いがけない事がある。
月曜日の朝、目覚めたアタシの枕元に、見慣れないぬいぐるみ。40センチくらいの大きさの、王冠を模したキャラ。
「お父ちゃん!」
「おぉ、茜。どないしたん?」
「またお人形さん貰ってきたん!?」
そう言って突き出したのは、先程のぬいぐるみ。クラウンズでは選手がホームランを打つとスタンドのファンへ向けてチームマスコットのぬいぐるみを投げ入れるのだが、父は時々こうして持って帰ってくる事があるのだ。
「それなぁ、たまたま貰えてなぁ」
「何回も言ってるやろ! 私も小学生なんだからぬいぐるみ貰っても嬉しない!」
「そ、そうか……すまんなぁ」
凄い剣幕に、たじたじになる父。目に見えてしょげている。
そこへ「まぁまぁ、そんな言わんと」と宥める母。こういう時はいつも母は父の味方をする。何故なら――。
(どないしよ、名前)
学校から急いで帰って来た私は、新入りのぬいぐるみを抱えて頭を悩ませる。クラウンズのマスコットキャラは男の子と女の子の2種類があり、年度によって微妙にバージョンが違ったり特定の試合用に作られた特別
父の前では反発していたけど、実は父が持って帰ってきてくれたぬいぐるみを使っておままごとをしたり人形遊びをしたりしている。誕生日やクリスマスを除けば、父がプレゼントをくれるのはこういう事しかない。野球はキライだけど、父から特別に貰ったぬいぐるみは好きだった。そういった意味では“愛憎相半ば”といった感じか。
ぬいぐるみを持って帰ってきてくれて嬉しい反面、疑問もある。
(お父ちゃんは、どうしてぬいぐるみを持って帰ってくるのやろうか?)
父は、ほぼ毎回外野スタンドで応援する。父曰く『同じ
謎を抱えたまま日が過ぎた、ある土曜日。今日も父はクラウンズを応援する為に出掛け、母は買い物に出掛けてアタシは一人でお留守番。何をするでもなくテレビを点けてチャンネルを回していたら、運悪く一つのチャンネルでクラウンズ戦の野球中継が流れていた。
ゲ、さっさとチャンネル替えよ……リモコンを握り直したその時、ふと画面に釘付けになる。
一瞬、父らしき人が画面に映った。場所は、内野スタンドの最前列。どうして? 今日も外野スタンドで応援してくるんや! って言って出掛けたのに。
もう一度見たい、と思ったら画面が切り替わる。今はクラウンズが攻撃の番で、打席に立つのはクラウンズの4番を打つスラッガー。野球はキライだけど父から散々レクチャーを受けているのでルールや選手などは(不本意ながら)知っている。
直後――バッターがバットを一閃した打球は、大きな放物線を描いてクラウンズファンで埋め尽くされた外野スタンドへ。沸き立つクラウンズファン、外野の応援旗も勇ましくはためく。
ダイヤモンドを悠々と一周したバッターは、ホームインしてチアガールからクラウンズマスコットのぬいぐるみを受け取る。クラウンズベンチの前で出迎えてくれた選手達とハイタッチを交わし、ベンチの端まで着くと手にしたぬいぐるみをスタンドへ放り投げる。
スタンドの最前列には、バッターからぬいぐるみを貰いたいファンが殺到していた。大半は子どもなのだが……その中に、父の姿が。
思い切り手を伸ばした父の元に――運よく、ぬいぐるみが落ちてきた。しっかりとキャッチした父に、取り損ねた子ども達から「ちょうだい! ちょうだい」とねだられる姿が。
しかし、父は首を振ってこういう口の動きをした。
「すまんなぁ。家で寂しい思いをさせている娘にあげるんや。罪滅ぼしになるかどうか分からへんけど、精一杯の誠意を伝えたいんや」
「お父ちゃん……」
大人げないと思う以上に、みっともないと言われようとアタシの為にしてくれている事を嬉しく思った。
父も、アタシに対して申し訳ない気持ちを持っていた。出来るものなら、一緒に居たい。それが分かっただけで、十分だった。
「もう……仕方ないなぁ。今度、一緒に観戦してあげよっか」
本当に、父はどうしようもない。まるで、負けても負けても挫けずめげずに応援するクラウンズファンと一緒だ。だから……アタシの方が一歩譲ってあげることにした。父が出掛けるなら、アタシも一緒に行けばいい、と。
さて、父はどういう反応するかな。全く読めず、楽しみではあった。
愛憎相半ばなぬいぐるみ 佐倉伸哉 @fourrami
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