第2話 正義を忘れたヒーロー
「そうと決まればユニコーン王に謁見に行こう」
私はそう言って張り切って歩き出すテディベアに、半ば強引に手を引かれて草原を歩き出した。
「さっきもちらっと言ってたけど、そのユニコーン王って何?」
「ユニコーン王はこの世界を統べる王様だ。すべてのおもちゃの頂点に立つユニコーンのぬいぐるみ。それがユニコーン王だ」
「……聞いてもよく分かんない。で、なんでその王様に会いに行かなきゃいけないわけ?」
「神託を賜るためだ。この世界に来た人間はまずユニコーン王に謁見して自分が何をすべきかを教えてもらう。それを達成すれば無事におもちゃをひとつ連れて人間界へ帰れるわけだ」
「めちゃ簡単そうじゃん」
こんなメルヘンな世界観なんだから神託って言ってもたいしたことないでしょ。
コーンフレーク鉱山や空に浮かぶ生クリーム、チョコの泉に空飛ぶいちごを集めてパフェを作りなさいとか、そんなところだろう。
「人によるだろうな。今までに一番早かったやつは神託を賜った直後に人間界へ帰った。一番遅かったやつは3年かかってたなぁ」
「マジか」
お願いです勇者様、世界を救ってくださいとか言われたらどうしよう。
世界救済RTA始めるしかないな。バグ技とか使って30分でクリアしよう。
「まぁ私がしなきゃいけないことはユニコーン王から教えてもらえるとして、お前はどうするの。会いたい人がいるんでしょ?」
「そうだな。俺の会いたい人は人間界にいると思うんだ。だから無事神託を達成したら、俺を連れて人間界へ帰ってくれ。向こうに行けばどこに向かうべきか分かると思うから」
「え、その大きさのまま来るの? さすがにこの歳でその大きさのぬいぐるみ連れ歩くのは厳しいんだけど……」
「いやいや、さすがにこのままじゃないって。常識的なサイズまで小さくなるから」
「ならよし。でも、向こうに帰る前までに私に生きる希望を持たせてよね。じゃないと帰った瞬間死にたくなっちゃうから」
「わ、分かったよ。それまでにはなんとかする」
気圧されながらもテディベアは確かに頷いてみせるのだった。
それからしばらく代わり映えのしない景色の中を歩き続け、ようやく城壁が目前へと迫ってきた。
城壁の影に潜むようにして集まる家屋群はどうやらスラム街のようで、いかにも治安の悪そうな雰囲気が漂っていた。
片耳がもげかかった白猫のぬいぐるみが、汚れた体を引きずるようにしてダンボールハウスへと入っていく。
合体ロボのおもちゃがブリキの人形と、ブロックを積み上げた小屋の外で談笑している。
ぜんまい仕掛けの歩く犬がおしゃべりする人形の周りをぐるぐると回る。
目に映る全ての光景がおもちゃでできていて、スラム街のおもちゃたちはどれも汚れていたり壊れかけていた。
そして彼らは私に好奇の視線を向ける。あるいは胡乱げな視線を。
おもちゃは人間を殺せない。テディベアの言葉が本当だったとしても、ここには長居したくない。そう思わせる鬱屈とした空気が満ちている。
更に少し歩いて城門の入口付近になると、さっきまであったスラム街は見えなくなった。
門の前には甲冑を着た人形のおもちゃが立っていた。城門の入口付近は彼ら城の警備兵によって治安の維持がなされているのだろう。
「止まれ。何の用でここに来た」
警備兵が手に持った武器で入り口を塞ぐように立ちはだかった。
テディベアは特に慌てる様子もなく後ろにいる私に警備兵の注意を向ける。
「人間を保護したのでユニコーン王に謁見をと」
「なるほどそうだったか。ではユニコーン王がお待ちだろう。通ってよし」
「どうも」
あっさりと通過が許可されて少し拍子抜けだが、テディベアたちのやり取りを見るとどうやら普通のことらしい。
しかし、通り過ぎる直前に警備兵がぽろりと気になる一言をこぼした。
「しかし一日のうちに人間が二人も訪ねてくるとは。珍しいこともあるものだ」
人間が二人……? 私の他にも人間がこっちに来てるっていうの?
「ねぇ、今の聞いた? 私の他にも人間が来てるって」
「ああ、珍しいことだがありえないことじゃない。トイランドへの扉は複数の場所で開く可能性もあるって聞いたことがあるから、お前とは違う場所から来た人間なのかもしれない」
「ふーん、どんなやつなんだろ」
私以外の人間への興味もつかの間、私は門をくぐった先の景色に目を奪われた。
全体として白を基調としたおもちゃのブロックで作られた家々が、門から城へとまっすぐに伸びるテラコッタ風の道を挟むようにずらりと並んでいる。
各々の住人の個性だろうか、家は少しずつ特徴が異なっており、煙突がついているものや綺麗なバルコニーがあるもの、三角屋根や真四角の家まで様々だ。
そして道の行きつく先にある城は、遠くで見るよりずっとはっきり見え、その雄大さに言葉も出ない。この距離であれだけの存在感なのだから、近くに行ったらさぞ衝撃的なのだろう。
「あれがトイランド最大の城、ユニコーン城だ」
「最大のってことは他にも城があるの?」
「あることにはあるが、あれに匹敵する城はどこ探してもない。そもそも戦争が行われていたのもずいぶんと昔の話らしいし、城はもう王族の住まう豪華な家としての役割しかないな」
「おもちゃの戦争とか存在するのか……」
そんな話をしながら道をひたすら歩き、もういい加減疲れてきたと文句をたれた頃ようやく城に到着した。
「……でかいッ!」
見上げるのも億劫になるくらい大きな建物だ。これ作るのにどれくらいの時間かかるんだろう。
全部おもちゃのブロックで作られてるし、中身までしっかり作り込まれてるんだとしたら相当なことだ。
入って案内の使用人についていき、正面にある左右から歪曲して伸びる大きな階段を登り、いくつもの扉をくぐって、通路を曲がり、やたらに大きくて豪華な扉の前までたどり着いた。
「新たな人間とテディベア、王の御前に罷り越します」
使用人がそう口上を告げると、眼の前の扉が重そうな音を立ててゆっくりと開いた。
まず目に入るのはやたらに広い空間と、二段も三段も上に位置する玉座だ。そこには可愛いカラフルなユニコーンのぬいぐるみが鎮座していた。
そしてユニコーンが見下ろす位置で偉そうな態度で立っているのは、黒い髪をした人間の男性だ。その隣りにいる全身をタイツに包んでごてごてしたプロテクターを身にまとった人物は、恭しく片膝をついている。
あれは……、変身ヒーローか? 私も子供の頃に一度見たことがあるかもしれない。普通の人間に見えるがあれもおもちゃなのかな。
私たちは人間の男性とヒーローがいるあたりまで進む。
立ち止まるとテディベアが片膝をついて頭を下げたので、一応私もそれに倣っておく。
「よく来た。人間の子よ」
一瞬誰の声なのか理解できなかった。やたらに渋くてハードボイルドな声だったので、それを発する人物に見当がつかなかったのだ。
「同じ日のうちに二人も人間がやってくるのは久方ぶりだ。歓迎するぞ」
「……えっ、うそユニコーン王!? 声渋っ。のくせに見た目かわいっ」
「おい失礼じゃないか! 王の御前だぞ……!」
「よいよい。子らは元気なのが一番だからな」
もう子供って年齢じゃないんだけど……。社会的には若いほうだけど、元気が一番と言われるような歳は過ぎてると思うなぁ。
「さて、色々と話したいこともあろうが本題に入らせてもらおう。彼を待たせてしまっているのでね」
ユニコーン王がちらりと目線を送ったのは黒髪の人間の男性だ。見たところ日本人のような顔立ちをしている。
マッシュヘアにゆったりとしたシルエットの開襟シャツとスリムパンツという今どきの格好で、年の頃は大学生くらいか。それに結構イケメンだな。でもちょーっと目付きが悪いし態度がでかいかなぁ。
店員とかに暴言吐きそうな見た目してるし、私の来世のイケメン幼なじみにはなってほしくないタイプだな。
どうやらユニコーン王の口ぶりから、彼とはしばらく話をしていたようだ。これから本題というタイミングで私達がやってきたのだろう。
「まず少年。君には隣りにいる彼の仕事を手伝ってもらいたい。この国の警備と犯罪者の逮捕などだ。詳しくは彼に聞くとよい。それを通して君が正義とは何かを思い出した時、帰還の扉は開かれるだろう」
「……ちっ、めんどくせぇ」
「こら、王にそんな口を聞いてはいけないぞ!」
「っせーんだよ。別に俺の王様じゃねぇし」
不遜な態度の男の子をヒーロが諫めるも、彼はその態度を改める気はないようだ。
見た目のイメージまんまって感じだな。まだ子供っぽさを拭いきれてない。
「次に少女。君はそのテディベアと共にベアの森にある小屋で一緒に暮らしたまえ。その中で君が幸せを思い出せたなら、帰還の扉は開かれる」
「え!? このおっさん声の熊と暮らす!? 身の危険を感じるんですけど!」
「おぃい! だから俺に生殖機能はないって言っただろ!? むしろ俺のほうが身の危険を感じるね! 眠れない夜に俺のこと抱きしめに来たりするんだろ!?」
「んなことするか。きっしょいなぁ」
「ほっほっ。少女よ、安心して良い。彼は君に危害を加えることはない。私が保証しよう」
「んまぁ、ユニコーン王がそう言うなら……。でもせめて声はもう少し可愛くしてほしいなー」
「それは無理だ」
ユニコーン王にばっさり切り捨てられた。まじでこのテディベア、声だけなんとかなれば可愛いのになぁ。
「さて、では各々励んでくれたまえ。必要なものがあればこの街で揃えていくといい。それに必要な金銭も渡すとしよう」
ユニコーン王がそう言うと同時に後ろの扉が開かれ、その先でさっき私達を案内してくれた使用人が恭しく頭を垂れていた。
「それでは楽しい時間になることを祈っているよ」
ユニコーン王の言葉にテディベアとヒーローが深々と頭を下げる。
男の子は相変わらずの態度だったが、一応私も頭を下げておいた。
その後誰とも言わず立ち上がって、玉座の間を後にした。
「あー、かったりぃ。いいよなぁ、あんたは楽そうで」
玉座の間を出て使用人の案内のもと出口へ向かっていると、男の子がそう声をかけてきた。
声をかけてきたっていうか、攻撃してきたが正しい気がする。会話する気なさそうだし、この人。
「さあ、どうかね」
「はっ、なにその反応。あんた友達少ないだろ」
「はぁ? 少なくともお前よりはいるわ」
「あ? ぶっ殺されてぇかブス」
「おうおうやってみろやヒョロガリが。ちゃんと筋肉ついてるかお姉さんに見せてみ?」
「このッ!」
やっすい挑発に乗って殴りかかろうとした男の子をヒーローが止めに入る。
「やめるんだ! 女性に手を上げるなんて男として恥ずかしくないのか!?」
「離せっ! バカにされたまま引き下がれるかッ!」
じたばたともがく男の子を見て、私は小さくため息を付いた。
こりゃ見た目通りのガキンチョだな。チヤホヤされて育ってきたのかもしれないけど、社会は自分の思いどおりになんて動いてくれないんだよ坊や。
「お前も、少し言いすぎだぞ?」
テディベアが見かねて私を諫める。
ま、オトナな対応ができなかった私にも非があると言えなくもないか。
「まぁそうだな。ガキ相手に大人気なかったかも。ごめんなさいねヒーローさん、余計な手間取らせちゃって」
「おいこらブス! 俺に謝れよ!」
「はいはい、ごめんね坊や? お姉さんの大人の魅力に当てられてドキドキしちゃったのよね? 分かる分かる」
「全然ちげぇ!」
「じゃあ私はもう帰るから。バイバーイ坊や」
「このクソアマァァアア!!」
その後のギャーギャー騒ぐ男の子の罵声を背に受けながら、私はテディベアを連れて城を後にした。
さて、城を出るときにたんまりお金ももらったし、日用品とか買い物しないとな。
「おい、あんなに挑発して大丈夫なのか? おもちゃは人間を殺せないとは言ったが、人間同士だと話は別だぞ?」
城を出てすぐ、テディベアは心配そうに城を振り返ってそう言った。
「むしろ願ったり叶ったりじゃん」
「お前なぁ……」
「それに、私ああいうガキは大っきらいなんだよ。世界はなんでも自分の思い通りになると思ってて、周りの人間は自分を気持ちよくするための道具としてしか見てない。ああいうのは一度や二度痛い目見ないと分かんないの」
「だからってなぁ」
「ほら、済んだことはもういいっしょ。それより買い物買い物! 森の中の小屋とかろくなものないだろうし、必要なもの買い揃えないと!」
「ん~~、本当に大丈夫なのかぁ……?」
なおも心配そうなテディベアのモフモフの手を引き、目に入った店に片っ端から入っていくのだった。
ベアの森のテディベア 直木和爺 @naoki_waya
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