うちのクマは付喪神
斑鳩陽菜
うちのクマは付喪神
『おい、起きろ。いつまで寝ている。馬鹿者め』
今日は日曜日だ。そう、間違いなく。
『お前の耳は飾りか? ええいっ、起きんかい!! クソ息子!』
俺は布団から半分だけ顔を出すと、半眼で天井に向かって嘆息した。今日は学校も休みだし、バイトの予定もない。なのにこの仕打ち――、俺は恨めしげにそいつを見た。
「お前なぁ……」
そこにあったのは、どこにでもありそうな大きなクマのぬいぐるみだ。
いや、十七歳の男子高校生の部屋にあるかはわからないが。
『なんだ。文句があるのか? クソ息子』
声は間違いなく、このクマだ。しかも見た目の割には、かなり口が悪く、態度もでかい。
「その〝クソ息子〟はやめろ」
『さんざん遊んでやったものを可愛げがない。しかも売りに出すとはなんたる仕打ち。いまにモフモフ攻撃してやるから覚悟しろ!』
「なんだよ? そのモフモフ攻撃って……」
だいいち、クマのぬいぐるみに言われても、である。
クマのぬいぐるみが喋る――、変に思うだろう?
このクマ、もともとは亡くなった親父が爺さまからクリスマスプレゼントとしてもらった物らしい。
俺が小学一年の時に両親が離婚。母が俺の親権をもったこと、さらに引っ越したことで俺はその日以来、親父とは会ってはいなかった。
親父が亡くなったのは交通事故だ。遺品整理のため、親父の住んでいたアパートを俺は訪れ、そこでそれを見つけた。
大きなクマのぬいぐるみを。
よほど思い入れがあったのか、爺さまからもらったというクマのぬいぐるみを、親父は四十半ばの歳になっても持っていた。
ただ、その時は本当にただのめいぐるみで、言葉など話さなかった。
といって、俺がもっていても友達がきたときになんと言われるかわからず、フリマにだそうと思い、スマホを開いた。
奴が話しかけてきたのは、その時だ。
「言わせてもらうが、俺は遊んでもらった覚えはないっ。お前がしたのは、俺の頭にものを落とす、顔に張り付いてくることだ」
『モフモフ攻撃はなかなかだろう?』
呵々と笑うクマにとっては、それは〝遊び〟らしい。
「やめろ。この疫病神」
『疫病神ではない。我は
いや――疫病神だ。
俺は心の中でツッコミを入れつつ、ベットを降りた。
付喪神とは、百年を超した器物に宿る妖怪みたいな存在だとか。しかしクマのぬいぐるみはどう見ても百年は経っていない。
そもそも、幽霊とか妖怪などいるもんかと思っていた。
だがうちにいるクマは言葉を話し、朝から毒舌を展開する。
『お前……、そんなので足りるのか?』
クマのぬいぐるみ――ややこしいので〝クマ〟と呼ぶが、そのクマが珍しく俺を気遣う。
俺の手元には、近所のコンビニで買ったカップラーメンがある。
「この方が手っ取り早いんだよ」
いつもならお袋が朝食を作ってくれるが、この日はパートで朝早く出勤していた。
『冷蔵庫にハムとか卵があっただろうに』
おいおい、なんでうちの冷蔵庫の中身を知っている?
そりゃあ、ハムエッグぐらいは作れるさ。
するとクマは健康に悪いだの、いい年して情けないだの言いだし、ゆっくりとラーメンを啜りたい俺の気を削いでくる。
「俺、お前に何かしたか? 確かに一度はフリマに出品しようとはしたけどさ」
『あいつは、お前を心配していた』
「誰だよ? あいつって」
『シンゴだ』
口にラーメンを運びかけていた俺は、ぴたりとその手を止めた。
「シンゴ……?」
『だからお前はクソ息子なのだ。シンゴは、お前のことを忘れていなかったぞ。十一年間ずっと。元気だろうか? もう立派な若者になっただろうか? シンゴはずっと、お前のことを話していた。亡くなる日まで』
決して忘れていたわけではない。決して――。
クマの言っている〝シンゴ〟とは、亡くなった親父の名前だ。
『逢いに行ってやっても罰は当たらんぞ』
「なぁ?」
『なんだ?』
「俺に教えてくれるか? 俺の知らない、親父の十一年を」
『我の話は凄く凄く長いぞ』
「つきあうよ。ただ――」
『ただ――なんだ?』
『日曜日の朝ぐらいは、ゆっくりと寝かせろ!』
するとクマは、言い切った。
『却下だ。早起きは三文の得という言葉を知らんのか? ばかめ』
俺はこのクマを、付喪神という曰く付きでなかったら即刻処分したい。
腰を浮かした俺に、クマが何処へいくのかと聞いてきた。
「墓参りだよ。親父のな。ついていくなんていうなよ。恥ずかしいから」
支度をして出て行く俺の背中で、クマが言った。
『ゆっくり話してこい。あいつも話したいだろうさ』
俺の家にあるクマのぬいぐるみは付喪神がいるという変なぬいぐるみで、口は悪いし、性格も悪いが、根はいいやつ――かも知れない。
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うちのクマは付喪神 斑鳩陽菜 @ikaruga2019
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