推し錬成
香久乃このみ
なければ作ればいいじゃない!
「非常持ち出し袋には、推しのぬいぐるみを入れておくのがおすすめ! つらい時、あなたの心に寄り添ってくれます」
SNSにその情報が流れて来た時、私はため息をついた。
(いいよね、推しのぬいが発売される人は)
私の推しキャラは、まずぬいぐるみになることがない。私が好きになるのがいつも、ゴツムキマッチョのオッサンばかりだからだ。ちなみに現在の最推しキャラのデュランも、筋骨隆々とした髭面オッサンだ。ぬいぐるみどころか、アクキーやラバストにもしてもらえていない。
企業としては売れ筋を考えるのが当然のこと。人気の高いイケメンキャラにグッズ化が集中するのも仕方がないのだろう。
(そうだ……!)
同人誌を作っている友人が言っていた。欲しいものがこの世にないなら、自分の手で生み出せばいい、と。
私は早速スマホで検索する。
『ぬいぐるみ 作り方 初心者』と。
便利な世の中になったものだ。型紙付きの入門ガイド本に、必要な道具・材料全て簡単に揃ってしまった。
「サイズはどうしよう」
可愛らしいてのひらサイズから、抱きしめ甲斐のあるボリュームたっぷりのものまで作れるようだ。
どうせなら愛しのデュランをギュッと抱きしめて眠りたい。
(初心者だけど、いけるかな?)
私は大きめサイズ用の型紙を本から取り出す。一つ大きく深呼吸して、私は心を決めた。
(いけるかな、じゃない! 愛で推しを錬成するんだよ!!)
私は柔らかな色合いのクリスタルボアに、サキッとハサミを入れた。
「でき、た……!」
数日間にわたる奮闘の末、私はついに推しのぬいぐるみを作り上げた。
「やった……」
目の部分の刺繡にくじけそうになった。縫っていくうちに左右のバランスが少し崩れてしまった。マッチョなボディを表現するためのアレンジに、幾度も不安になった。
でも、ついに完成した!
「デュラン!!」
私は愛しい推しの似姿をぎゅっと抱きしめる。触れることのできなかった推しに、ついに手が届いたのだ。
まだボディを作っただけで、服はできていない。けれど、原作にはない服を愛しい推しに着せられると思うとワクワクした。
(最初は原作準拠服かな。次に執事服? 着ぐるみ系もいいよね。あっ、和服を着せてみるのもいいかも! それより先にパンツ履かせてあげなきゃ。ブリーフ派かな、それともふんどし派かな?)
「そうだ」
まずは顔だけ撮ってSNSのフォロワーさんに報告しよう。そう思い、スマホを取り上げた時だった。
(ん? なんかいっぱい通知が来てる。『良かったね』? 『おめでとう』? 『息してる?』??)
怪訝に思いつつ、私はSNSを開く。そして息を飲んだ。
グッズ速報! 隠れファンも多い(?)デュランのビッグぬいぐるみ、完全受注生産決定!
「……。デュランの公式ぬい……?」
呆然となりつつも、私はその記事に目を通す。
原作イラストのイメージ通り、まさに私の欲していたデュランがそこに表示されていた。
「なんで……」
スマホを持つ手がわなわなと震える。サイズは私が作ったものと同じだ。
そうしている間にも次々と届く、友人たちの無邪気な祝福のメッセージ。
嬉しい。嬉しいよ? 嬉しいけど……。
「なんでこのタイミングなんだよーーー!!」
私は公式にお金を落とし、完全受注生産のデュランぬいを手に入れた。
勿論、自分が作ったデュランもそれと並べてベッドに置いてある。
思いがけない展開だったが、よくよく考えれば、これまでこの世に一体も存在しなかった推しのぬいぐるみが、一気に二つになったのだ。
両手にデュランで寝られる幸せを、私は毎晩満喫している。
――完――
推し錬成 香久乃このみ @kakunoko
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