潜入!ぬいぐるみファクトリー【KAC2023 2回目】

ほのなえ

うちのうさぎが攫われた!

「わぁ、かわいいね!」

「ふわふわでおとなしくって、ぬいぐるみみたい!」

「でしょー? お鼻が最高にかわいいから、ハナちゃんって名前にしたの!」


 ミオは家に遊びに来た友だちに、自慢げにハナちゃん……飼っている薄茶色の毛色をした子うさぎを抱かせている。

 そして友だちの腕の中にちんまりとおさまり、チャームポイントの鼻をひくひくさせながらもおとなしくしているハナちゃんのかわいい姿を見て、満足気に微笑む。


 そんな感じで毎日、ミオはペットのハナちゃんを目に入れても痛くないくらい可愛がっていた。


 そんなある日のこと――――。



(え……誰かいるの……?)

 真夜中、目が覚めたミオは、誰もいないはずの家の下の階から聞こえる物音が気になって、恐る恐る降りていくと……リビングには、黒ずくめの格好をした知らない男が二人、忍び込んでいた。

 そして、その手には――――。


(ハナちゃん……っ!?)

 ミオは声を出しそうになるも慌てて両手で口を覆い、なんとかこらえる。


 ハナちゃんは鳴き声もあげられずに、あっさりと布の袋に入れられ……男の一人がそれを肩に担ぐ。

「よし、ずらかるぞ。早く行かねぇと朝までに間に合わねぇで、ボスに怒られちまう」

 袋を持っていない方の男がそう言うと、もう一人の男が頷く。そして二人は外に出ようとする。


(ま、待って……ハナちゃんを連れてかないで!)

 ミオは思わず二人の後ろを追いかける。


 男たちは外に出ると、停めてあった車の荷台にハナちゃんを入れた袋を置き、二人は前の席に座る。


(い……今ならまだ間に合うっ!)

 ミオは決心し、さっと車の荷台に飛び乗る。

(ハナちゃん、わたしも隣にいるから……大丈夫だからね)

 ミオは心の中でそう言って、ハナちゃんの入った袋をそっと撫でる。袋の外からも、柔らかなハナちゃんの感触がする。

(見つからないように、早く隠れなきゃ)

 ミオは荷台の隅に置いている空の袋……ハナちゃんが入れられた袋と同じ袋……を見つけると、それをかぶって隠れることにする。


 車は時々どこかに立ち寄りながら進み、車が止まったタイミングで、荷台に積まれる袋に入れられた荷物の数が増えていく。荷物の中には犬や猫と思われる鳴き声がするものもある。

(これって、ハナちゃんみたいに、他にも動物たちが集められてるのかな……)

 そんなことを考えていると、男が前の席から降りてくる。ミオははっとして袋を頭からかぶりなおす。


「着いたぜ。早いとこ入れちまおう」

 男のそう言う声が聞こえたかと思うと、周りの袋がどこかに運ばれる様子を感じる。

(ハナちゃん、大丈夫かな? まだ小っちゃい子うさぎなんだから、丁寧に扱ってよ……?)

 そんなことを考えてハラハラしていると、ミオの入った袋がむんずと掴まれて持ちあがり、ミオは思わずドキリとする。

「うん……しょ。なんだぁ? こいつちょっと重いな」

(し、失礼ね!)

 すぐ横から聞こえてくる声に、ミオは憤慨する。

「そんな大物いなかったはずだぜ? 単にてめぇの力が衰えたんじゃねぇのか?」

「んだとぉ?」

 ミオの袋を持つ男はそう言うと、袋を高く掲げる。

(きゃっ!)

 突然持ち上げられたミオは思わず声をあげそうになるも、なんとかこらえる。

「ほーら軽い軽い、っての!」

「いや、それ……さっきお前が重いって言ったんだろ?」

「うん、気のせいだったわ」

 男はそう言うと……ミオの入った袋をどこかに向かって放り投げる。

 そしてすぐにどすんと地面に落ちるかと思いきや……そこには地面がなく、どうやら深い穴のようなところに投げ込まれたようだった。

「きゃああああああああああああああっ!」

 どこまでも落ちてゆく恐怖には打ち勝てず、ミオは今度は我慢できずに大声をあげる。

「なんだぁ? 今の声……」

「人間……か? いや、まさか……な」

 男たちは袋を投げ込んだ穴の中を覗き込んだ後、二人して顔を見合わせる。 



 ぼすん!


 ようやく長い落下の時間が終わり、何やらふわふわしたクッションのようなところに着地する。地面が固くなかったことに安堵したミオだったが、次の瞬間にはハナちゃんのことを思い出しハッとする。

(ハナちゃん、どこにいるの……?)

 ミオは袋の口から顔を出すと、辺りを見渡してすぐさまハナちゃんを探す。

 しかし大量の袋が投げ込まれている中で、その中のどれがハナちゃんの入った袋かは、ハナちゃんの飼い主であるミオにも皆目見当もつかなかった。


「荷物が来たぞ。回収しろ」

 どこからか声がして、ミオは慌てて袋の中に身を隠す。

 そして他の荷物とともに、何やら動く床のような場所に乗せられる。


 やがて動く床が終わって動かない床に辿り着くと、ミオの入った袋も他の荷物とともにまとめて置かれる。

 そしてすぐに近くから男の声が聞こえてくる。

「ここからは『スキャン』の工程だ、新人。やってみろ。犬なんかは吠えて暴れて激しく抵抗するからな、初めは……そうだな、このちっちゃなうさぎくらいからやってみるといいだろう」

「わかりやした」

 「うさぎ」という言葉にミオはハッとして、袋の口から顔を出す。すると、そこには全身黒タイツのような服に、顔だけ出しているヘンテコな服装の二人組がいて、そのうちの一人が……ハナちゃんの両耳の付け根を掴んで持っていた。

(ハナちゃん……!どうしよう、助けなきゃ……)

 そう思いつつどう行動すべきか迷っているうちに、男はハナちゃんを大きなカプセルのような謎の機械に入れ、赤くて丸いボタンをポチっと押す。

 すると、ウイィィィィンという機械音がしてカプセルがゴトゴトと動く。

「や、やめてーーっ!」

 ミオは我慢できずに、袋から勢いよく飛び出す。二人組は驚いた目でこちらを振り返る。

「なんだぁ!? なんでこんなとこにガキが紛れ込んで……!」

「と、とりあえず……確保しろ!」

 男たちは二人がかりで、機械に向かって一目散に突進してくるミオをなんとか引き止める。

「離してよ! ハナちゃんを返して……っ!」

「暴れんなって! おまえ一体どうやってここに……」


 そうして男ともみ合っていると、プシューっと大きな音とともに先程の機械から蒸気が吹きだす。

 それから、そのカプセル型の機械の、先程ハナちゃんを入れた入り口とは逆方向に付いているベルトコンベアーから、ハナちゃん……ではなく、ハナちゃんと思われるうさぎのかたちをしたものが続々と出てくる。

(な、何あれ……ハナちゃん……なの!?)

 しかしよくよく見ると、どうやらそれは、生きてはおらず、動かない……ぬいぐるみのようなものだった。

(い、一体何が起こってるの……!?)

 ミオが様子を見ていると、突然先程の機械の入り口がぱかっと開いて、そこからハナちゃんがぴょこんと出てくる。

「ハナちゃん!!」

 男たちを押しのけ、ミオはハナちゃんを抱きしめる。そして体のどこにも異常がないのを確認してほっとする。


 ブーッ! ブーッ! ブーッ! ブーッ!


 ほっとしたのも束の間、突然、赤い色のランプが灯り、サイレンのような大きな音が聞こえてくる。


「侵入者発見! 侵入者発見! ただちに捕らえよ!」


 そうアナウンスが聞こえたと思った瞬間、ミオは先程の二人を含めた、黒ずくめの男たちに捕らえられる。

「とりあえず、ボスのところに連れてこうぜ」

「ああ」

 そうして拘束されると同時に、ミオの手からハナちゃんが取り上げられる。

「ああっ! ハナちゃん……」

 ミオは何もなすすべがないまま……ハナちゃんとともに、黒ずくめの男たちによってどこかへ連れていかれる。



「ボス、捕まえやした」


 大きな自動ドアが開かれ、部屋の中を見ると、監視カメラの映像のようなものがいくつも映っている画面の前に、タイトなミニスカートの黒いスーツのような服を着た女性が座っていた。女性は綺麗な金色の長い髪をもち、その顔を見ると……目の位置に蝶々のような形の黒い仮面を付けていた。

「なあにこれ。確かに小さくてかわいらしい女の子だけど……あたくし、人間には興味がなくってよ? だって、動物みたいにふかふかしてないもの!」

 ボスと呼ばれた女は、イラついた様子で、持っていたむちでピシッと床を叩く。ミオを連れてきた男二人がビクッとする。


(こ、この女の人、美人だけど意地悪そうだし、きっとあの鞭で、連れてきた動物を虐待して楽しんでるんだ……!)

 そう思いこんだミオは、女を睨みつける。

「ハ……ハナちゃんを返してください!」

「ハナちゃん? なんのことかしら?」

 女がとぼけた様子を見せたことにミオはイラっとして、ハナちゃんを指さし声を荒げる。

「そこにいるうさぎです! うちの子なんです!」

「ああ、あの子」

 女はぽつりと言うと、笑みを見せる。

「あなたのうさぎ、なかなかの上物だったわよ? ほら、返してやんなさい」

 あっさりハナちゃんが返されたことにミオはぽかんとしていたが、女の部下からハナちゃんを受け取ると、腕の中に抱きしめる。


「ハナちゃん、良かったぁ……!」

「ごめんなさいね。朝までには、ちゃんとあなたのおうちに返すつもりだったのよぉ?」

 女は頬に手を当て首を傾げ、少しすまなそうな表情をする。

「……なんで、ハナちゃん連れてったんですか。それより、ここはどこなんですか?」

 ミオが静かに尋ねると、女が説明する。

「ここは『ぬいぐるみファクトリー』よ。あたくしはここの工場長をしているんだけど……『工場長』って呼び方なんだかダサいし、あたくしのことはボス、とお呼びなさいな」

「ぬいぐるみ……ファクトリー……?」

「そ。あたくし、かわいいものには目がなくって…中でもふわふわした毛並みの動物が大好きでね。ここであたくしのお眼鏡に叶った、ふわっふわの最高にかわいい動物たちを連れてきて、それを元にぬいぐるみを作っているのよ?」

「ええ!?」

 ミオはそれを聞いて驚いた目で工場長……ではなく、ボスを見る。

「安心して。もちろん本物の動物さんたちは、ちゃあんと元の場所に戻しているわ」

「でも、そんな勝手なこと……」

 ミオが不満を口にすると、ボスが口を尖らせる。

「だって、かわいい動物を皆が楽しめないなんてもったいないじゃないの。ぬいぐるみでいいから、あなたのハナちゃんのかわいさをあたくしにも分けて欲しいわね」

「ううっ……」

 そう言われると、ハナちゃんのかわいさを自分が独占しているのが悪いと言われているような気がして……ミオは何も言えなくなった。

「ほうら、先程届いたの。ハナちゃんのぬいぐるみよ。本物に負けないくらいかわいいでしょう?」

 ボスはハナちゃんにそっくりなぬいぐるみをミオに見せる。

「……確かにかわいいけど、本物が一番かわいいもんっ!」

 ミオはそう言ってハナちゃんをぎゅっと抱きしめ、ボスを軽く睨む。

「そりゃあそうよね」

 あまりにもあっさりと認めるのでミオが驚いていると、ボスがぬいぐるみをミオの方に押し付ける。

「でも、せっかくここまで来てくれたんだし……手ぶらで返すわけにもいかないから、おみやげにあ・げ・る」

 ミオはぬいぐるみをしげしげと見る。ハナちゃんと並べて見ると、本当にそっくりな見た目をしていた。

「……わたしにはハナちゃんがいるし、いらない」

 ミオは素っ気なくそう言うが……その腕の中にいるハナちゃんは、興味津々で自分にそっくりなぬいぐるみの匂いを嗅いでいる。

「……その子は気に入ったみたいね。じゃあ、ハナちゃんの双子の妹みたいにするといいわ。それに……いつかもらっておいて良かったと思う日がきっとくるわよ?」

 ボスはそう言うと、茶目っ気たっぷりにウインクする。


「じゃ、もう夜も遅いし、お子様はそろそろおうちに帰りなさいな。あ、そうそう。もしかわいい動物を見つけたら、ぜひここに連れてきてねん」

 ボスはそう言って、ミオに小さな紙切れを手渡す。それはどうやら名刺のようだったが、ボスの名前は書かれておらず……代わりに「ぬいぐるみファクトリー 製造部」と書かれていて、下には住所と地図の記載があった。

(地底12番地のクランベリー横丁……? なにそれ。変な住所……)

 ミオはそんな住所、本当にあるのかなと首を傾げつつも、どうせここにはもう二度と来ることはないだろうと考えて特に何も聞かないでおいた。

「それから……あたくしの姉さんも「ぬいぐるみファクトリー」の工場長なんだけど、そっちの工場は「生命部門」をやっていて、ぬいぐるみに命を吹き込む工程をやっているの。もし必要になったら訪ねてみなさいな」

 ボスはそう言って、姉の名刺を渡す。こっちの工場は「ブルーベリー横丁」という場所にあるようだった。

「じゃ、ハナちゃんともども元気でね♪」

 ボスはそう言うとウインクし、ぱちんと指を鳴らした。



 次に気が付いた時は、ミオは家のベッドの上にいて……外は明るい日差しが射し込み、すっかり朝になっているようだった。

(え、今の、もしかして夢………?)

 ミオはそう思うが、ふと横を見ると……ハナちゃんにそっくりなぬいぐるみが、ベッドの上に鎮座ましましていた。

(一体あの場所は、なんだったんだろう……)

 そう思いつつ、ミオはそれよりも本物のハナちゃんのことが気になったので……ぬいぐるみの方は放ったらかして、真っ先に下の階のリビングに降りて行った。



 その後、ミオは日々を過ごす中でぬいぐるみファクトリーの存在を完全に忘れていたが……しばらくした後、友だちが家にやって来た時、ハナちゃんにそっくりなぬいぐるみを持っているのを見て……目を丸くする。

「ねえ、このうさぎのぬいぐるみ、ミオちゃんのハナちゃんにそっくりじゃない? ミオちゃんに見せようと思って、おねだりして買ってもらっちゃったよ~」

「ほ、ほんとだ……びっくりだね」

 ミオは思わず自分のベッドの上のぬいぐるみを枕で隠し、冷静を装ってそう言いつつも……内心では焦りがとまらなかった。

(あの工場のぬいぐるみって……あそこのボスが個人的に楽しんでるだけじゃなくて、まさか……お店にも出荷してるの!?)



 それから数年後…………すでに大人のうさぎになっていたハナちゃんは、ついに寿命を迎えてしまう。

 その悲しみを乗り越えられないでいるミオにとっては、ハナちゃんの子うさぎの頃の姿のぬいぐるみが手元にあることだけが救いで……毎日それを抱きしめては、悲しみを紛らわせていた。

(「いつかもらっておいて良かったと思う日がくる」ってあの工場のボスが言ってたよね……。その言葉は、この日のことを予感してのことだったのかな……)

 

(そうだ。そういえば、名刺みたいなものをもらったような……)

 ミオはふと貰った名刺の存在を思い出す。それから勉強机の引き出しの奥をあさり、なんとかそれを探して取り出す。


 一枚目は、クランベリー横丁にある、前にも行った「ぬいぐるみファクトリー製造部」。

 そして、もう一枚は――――。


「生命……部……」

 ミオはそう呟くと、前に聞いた生命部門についてのボスの言葉を思い出し…それから振り返ってハナちゃんのぬいぐるみを見る。

(もしかして、ここにこのぬいぐるみを持って行けば、もう一度ハナちゃんに会える……?)

 ミオは、心の奥底で……見たことも聞いたこともない、地底のブルーベリー横丁という場所にある「ぬいぐるみファクトリー生命部」を、必ずいつか探し出してみせる……そんな決意を固めるのであった。



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潜入!ぬいぐるみファクトリー【KAC2023 2回目】 ほのなえ @honokanaeko

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