綿の神託
髙 文緒
第1話
わたしの神様を作ろうと思った。
神様で友だちで親もかねていたらもっといい。イマジナリーな理想の存在。
それを、ふわふわと抱き心地のよい綿に託してみようと思った。
街コンで知り合ったひとと何となく遊ぶことになったときのことだ。
映画を見てご飯を食べてあとは一杯飲むか、というところでゲームセンターの明かりが目に入った。
「わたし、UFOキャッチャーってしたことないな」
と呟いてみたら、そのひとがリラックマのぬいぐるみが詰め込まれた機体に挑戦し始めた。リラックマが好きだともぬいぐるみが好きだとも告げた覚えはないし、実際、好きではない。
そもそもぬいぐるみって、ダニとかつきそうじゃん、と何となく避けて生きてきた。わたしの部屋には、布物は最小限しか置いていない。
だから、ぬいぐるみを欲しいのはこのひとなのかな、と隣で黙って見守っていた。
1000円くらいかけて、一体のぬいぐるみがとれた。吊り上げられるというよりも、じわじわと押し出されるようにして、落ちてきた。
そのひとは、わたしにぬいぐるみを渡して「取れたよ」と言った。
その時にはじめて、わたしのために取ろうとしていたのだと気が付いた。そのひとはぬいぐるみを差し出しながら、褒めてほしい犬みたいな顔をしていて、可愛いと思った。
だからわたしはお礼を言って、ぬいぐるみを抱きしめてみせた。誇らしげな顔も犬みたいだった。
その日はぬいぐるみを抱えて解散して、それ以来ぬいぐるみはわたしの部屋にある。
どう愛でていいか分からないし、放っておいたらその体の中の綿にどんどんとダニが増殖しそうな気がして、防ダニ効果があるというスプレーをたくさんかけた。
子どもの頃に大好きで眺めていた微生物の本がある。そこに毛の一本まで繊細な筆致で描かれていたダニの絵が、頭をよぎるのだ。
スプレーまみれになるぬいぐるみが
ぬいぐるみに話しかけるようになったのは、それがきっかけだ。
わたしは、仕事から帰宅して、ぬいぐるみに一日の出来事を語るようになった。デートの講評を述べてみたり、ドラマを一緒に見ながら感想を言ってみたりもする。
ぬいぐるみはいつでも、丸い目でじっとわたしを見つめていた。
でも返事をくれることはない。綿だから。
そこで閃いたのだ、これは
ぬいぐるみが右に傾いたらイエス。左に傾いたらノー。後ろにひっくり返ったらドンマイ。前に倒れたらゴ―。
勝手に読み取ればそれは神託だった。なんて都合のよい綿だろう。
初めて、ぬいぐるみを取ってくれた彼を部屋に呼んだときも、それからそのひとが週末のたびに泊まりに来るようになってからも、ぬいぐるみはいつでも黙ってわたし達を見つめていた。
彼が帰ってから、いつも、わたしは神様で友人で親代わりのぬいぐるみに相談する。ダニよけスプレーもかける。
神託はいつも同じで、彼はまあまあいい奴だってこと。わたしもそう思う。
「犬みたいだよね」と言ったら、右にかたむいた。
明日はぬいぐるみを日干しして、それから彼と家具を見に行く。
わたしはコタツが好きじゃないけど、彼はコタツが欲しいと言うのだ。彼の居心地がよくなるのなら、それも構わない。
部屋には布と綿が、どんどんと増えていく。
綿の神託 髙 文緒 @tkfmio_ikura
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