ひなまつりのぬいぐるみ

藤泉都理

ひなまつりのぬいぐるみ




 ひな祭り当日に出したのがいけなかったのか。

 お姫様がもにょもにょ話し始めた。

 おしゃべり機能など、ぬいぐるみに搭載されてはいない。

 私がその場にひれ伏して、どうか怒りを収めるように願い出れば、突然笑い出した。

 私はひれ伏したまま両の手を擦り合わせ、頭の中に微かに残っているお経をかき集めて唱え続けていると。

 お姫様が言ったのだ。

 私よ、私。あんたのお姉ちゃん。と。

 お姉ちゃん死んじゃったの。

 思わず叫べば、返って来たのは呵呵大笑だった。






 我が家のお雛様は、お手玉にまん丸お顔を乗せた、お姫様とお殿様のてのひらにちょこんと乗る大きさの愛らしいぬいぐるみである。

 お姫様とお殿様を収めているのは巾着袋で綿が入っており、紐をほどき開けばそのまま緋毛氈と屏風の役割を果たしている。

 大袈裟な出し入れも、設置する労力も、収める為に大きな場所も不要。

 実に手間いらずの優れものである。






「で。世界中を渡り歩くお姉ちゃんは今精霊王に弟子入り。魂魄飛ばしの修行をしている時に、ふと、そう言えば今日は三月三日ひな祭りだな、妹はどうしているかなと思ったら、いつの間にかお姫様に入っていた。ってこと?」

「そうそう」

「お姉ちゃん、何をしているの?」

「人生を楽しんでいる」

「それはようございました」

「な~に?偉大なお姉さまに会いたくなっちゃった?ごめんね~。まだまだ帰る予定はないんだけど~。で~も~。愛しい妹がど~してもって言うなら~。帰っちゃおっかな~」


 いや別に帰って来なくていいし。

 言おうとして、でも、口を閉じて、じっとお姫様を、そして、お殿様を見て、両の手に乗せて、軽く上下に揺さぶって、小豆の音を聞いて。


 姉と遊んだ記憶が蘇って。

 今考えればくだらないことで喧嘩したことが蘇って。

 殴って殴られて蹴って蹴り返して物を壊して物を壊されて教科書を引き千切ってドリルを引き千切られて。


 三月三日だけは、一度も喧嘩をしたことはなくて。

 お姫様とお殿様の両隣に桃の花とひなあられを置いて歌ったり、お姫様とお殿様でままごとをしたり、外に持ち出して公園で遊んだり。

 姉が疲れた私を負ぶってくれて、汚れたり、ほつれたりしたお姫様とお殿様をきれいにして、また来年と巾着袋を閉じて、桐箪笥に戻して。




「うん。お土産山ほど買って帰って来てね」

「え?」


 すっとんきょうな声を最後に、お姫様が話すことはなくなった。

 返事はなかったが、きっと姉は近い内に帰って来るだろう。

 だからそれまでは、お姫様とお殿様を出しておこう。






 久しぶりに。

 また来年会いましょうと、二人で言うのだ。












(2023.3.3)




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ひなまつりのぬいぐるみ 藤泉都理 @fujitori

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