立ち読み

黒片大豆

本屋

「もう、本屋もめっきり減ってしまったな……」

 その初老の男は、未だに慣れないタッチパネル操作に四苦八苦しながら、読みたい本を検索していた。

「私がしたいのは、こういうのじゃないんだよな」

 結局彼は、読みたい本が無かったのか、それとも最新の電子機器が使えず諦めたのか。そのまま画面も閉じずにその場を後にした。


「見て廻るか」

 彼は、検索機ではなく、本を見て廻りたかった。

 無機質な画面に表示されるあらすじてはない。

 本の背表紙や、あらすじ以上の本の『さわり』部分、そして、全体の中身をざっくり嗜みたい。


「ネットの書籍と何ら変わらんな」

 過熱する電子書籍の普及に勝てず、本を『モノ』として持つことの必要性が薄れている中。町中に有る本屋自体が、既に稀少な存在である。


 しかしその本屋も、効率だとか管理だとかで、タブレットによる検索、購入が多くに導入され、本棚が並ぶ本屋も減ってきていた。

 彼が入店した本屋は珍しく、書物は本棚に整然と並べられていたのだが、彼の望む本屋とは少し外れていた。


 本は全てシュリンクされ、中身は見ることはできない。一応、最初の数ページはお試し書籍が閲覧できたが、全ての本に対応はされてなかった。


(私は、こう……本を『ざーっ』と眺めたいんだよ)

 書籍のあらすじとも、さわりとも違う。

 パラパラと、本をめくるイメージ。

 彼は、立ち読みがしたかったのだ。


「時代、だな」

 彼は、結局なにも買わずに書店を後にし、帰路に着いた。


 その帰り道。

 ふと、路地に目をやると、『本』の看板が目に止まった。

 普段気にもとめない道だった。そこに古い書店があることを知らなかった。


「もしかすると!」

 彼は、一縷の望みにかけ、その本屋に向かった。

 築数十年は下らない、ボロボロの古本屋だったが、その風貌は、さらに彼に希望を抱かせた。


 入店すると、あの、書籍独特の匂いが彼を迎えた。

 綺麗に並べられた本が目に飛び込む。


 なにより、いずれの本もシュリンクされてないことに彼は、涙した。


 書店員の目もあるが、どうやらこのお店は『立ち読み』を黙認しているようだった。願ったり叶ったりだ。


 彼は、ぐるりと書店の中を見て廻り、何冊かの本にあたりをつけた。

 もちろん、気に入った本があれば買って帰る。立ち読みだけで済ませるほど、堕ちてはいない。


 本の内容を全て見るわけではない。最初の数ページと、のこりをさっ、と流し見る。

 その行為を、またこの時代に行えることに、彼は改めて感謝した。


(では、立ち読みさせていただきます)

 彼は、本棚から本を丁寧に抜き取った。


 そして、首の後ろからケーブルを引き出し、電子ジャックを書籍に差しデータを読み込むのだった。


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立ち読み 黒片大豆 @kuropenn

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