本屋さんの最後のお客様

岡田 悠

第1話 本屋さんの最後のお客様

 おじさん、こんにちは。


 やぁ、みんないらっしゃい。ゆっくり見て行ってください。


その本屋さんは、とてもとても深い森の中にポンツとあります。


周りの木々は、見たことがないくらい巨大な木ばかりです。


その本屋さんの店主は、普通の人間のおじさんです。


でも、招き入れた三人兄弟は、人間ではありません。


この世界の住人です。


みな2足歩行をしているネコです。


一番大きなネコは、青いチョッキを着ています。


尻尾は、2本あります。


中くらいのネコは、黒いワンピースをきています。


同じように尻尾は、2本あります。


一番小さいネコは、白いブラウスと赤いスカートをはいています。


やっぱり尻尾は、2本あります。


お兄さんネコは、店主のおじさんと顔見知りらしく、世間話をしています。


不思議なもんですね。まさか、異世界で本屋ができると思わなかったよ。


そうですか?人間の世界と同じ仕事なので、おじさんにとっては、


お茶の子さいさいかとおもいましたよ。


そんなことないさぁ。


おじさんは遠い目をして、硝子戸の向こうを見ていました。


あっちじゃ、本屋は閉店したんだ。ずっと閑古鳥がないてたよ。


そうでしたね。じゃぁ、こっちは忙しすぎて休む間もないですね。


二人は、店内に目をやった。


お店の中は、なぜか森と一体化している。


天井はない。


ツタに絡まる壁。


床は、生い茂る緑の草地。


本棚には、小さな花が咲いている。


そこには、二足歩行のネコ、キツネ、タヌキ、イヌ、ウサギなどたくさんの動物と、


よくわからない者が、みな一堂に楽しそうに立ち読みをしたり、座り込んで熱心に


本を読みふけっている。


どこまでが、お店かよくわからないけれど、この本屋さんには、たくさんの


お客さんでいつも賑わっている。


こんなお店が見れてうれしいよ。


それは、よかった。おじさんにどうしてもここで本屋さんをやって


ほしかったんです。


そういわれるとなんだか照れるよ……。


これください。


小さなウサギの男の子が、大切そうに本をかかえておじさんのところに来ました。


ネコのお兄さんは、2本の尻尾をふわりと振り、おじさんの様子を楽し気に


見ていました。






 少し田舎の小さな駅に、寂しい商店街がありました。


その中の一軒の本屋さん。


今日、その本屋さんは、閉店するのです。


店主の男の人は、普通のおじさんです。


おじさんは、あまり欲がなく、親の代から続くこの本屋さんをのんびりと


営んでいました。


お客さんが来ない日がつづき、とうとうお店を辞めることになりました。


今日が、最後の日だというのに、お客さんは、誰も来ません。


仕方ないのです。


この商店街、いいえ、駅の周りに住んでいるひとはほとんどいません。


ああ、今日もお客さんはこないか。


おじさんは思いました。


硝子戸のむこうに夕闇がひろがるころ、硝子戸を叩く小さな音がします。


ごめんください。


小さな女の子です。


おじさんは、あわてて硝子戸をあけてあげました。


白いブラウスに赤いスカートをはいた見たことのないこどもでした。


本をください。


いらっしゃいませ。本は売るほどあるから中へどうぞ。


招き入れようとすると、突然、その子の手をもう少し大きい女の子が


掴みました。


ひとりで勝手にいったらだめじゃない。


口ぶりから、女の子の姉のようです。


お金、持ってないでしょう?


小さな女ん子は、うなだれうなずきました。


おじさんは、姉妹に優しく声をかけます。


きょうは、このお店の最後の日なんだ。よかったら、記念に本をプレゼントさせて


くれないか?


ふたりの女の子は、キラキラした目でおじさんを見ます。


いいの?


小さな女の子は、聞き返しました。


けれど大きい女の子は、小さな女の子にいいました。


だめよ。だって、決めたでしょう?二人で。


うん、そうだね。お駄賃ためたもんね。


そうよ。


そうか、お駄賃ためたんだ、偉いね。じゃぁ、ゆっくり選んでください。お客様。


ふたりは、くすぐったそうにしながら、お店に入りました。


店内を端から端まで、丁寧に見ていきます。


おじさんは、しばらく二人をほほえましい思いで見ていました。


ふたりは、何かの本を探しているようです。


なにか、お探しですか、お客様?


大きな女の子が言いました。


ネコが出てくるおはなしの本はありますか?


はい、いろいろありますよ。えほんがいいかな?


小さな女の子が言いました。


ネコが、冒険するの。


ああ!わかったよ。


おじさんは、二人の女の子をえほんの一角に案内しました。


これじゃないかな?


そう!これ!


ふたりは、明るい声を上げました。


よかったね。


これで、お兄ちゃん猫又になれるね。


小さな女の子との言葉に、おじさんは、耳を疑いました。


しっ!おじゃべり!!


大きいな女ん子の鋭い声に、小さな女の子は、泣き出しそうな顔です。


おじさんは、聞こえないふりをして、いそいそとレジにむかいました。


だってぇ、だってぇ。


小さな女の子は、しゃくりあげ始めました。


泣くな!泣き虫!


うぇぇぇぇん。


とうとう小さな女の子は、声をあげて泣きました。


だってぇ~、おねぇちゃんが~。


泣くな!


だってえ~。


おじさんは、黙ってえほんを濃紺の包装紙に包みました。


飾りの青いリボンを右上に貼りました。


ふたりのお兄ちゃんが喜びそうな、かっこいい包装紙じゃないけど、いいかな?


今日が最後の本屋さんの精一杯です。


はい、どうぞ。


おじさんは、つつまれた本を二人の姉妹に手渡しました。


プレゼンみたい!


わぁ~、すてき!


今泣いたカラスがもう笑った、おじさんは安心しました。


小さな女の子の涙も止まりました。


いいの?


大きい女の子は、お姉さんらしく慎重派のようです。


いいんですよ。明日から、もう使わないものですから。


今日が閉店日なの。


こら!


また、小さな女の子はお姉ちゃんに怒られました。


泣きださないうちに、おじさんは、そうだよ。といいました。


だから、ふたりは、この本屋さんの最後のお客様です。


よかったら、記念にこの本をプレゼントさせてください。


わぁ~お姉ちゃん、プレゼントだって~。


いいの?


いいんですよ。だから、お金はいりません。


ありがとう。


ふたりの姉妹は、声をそろえておじさんにお礼をいいました。


おじさん。おじさんは、あしたから何屋さんになるの?


帰りぎわに、大きい女の子がききました。


まだ、決めてないよ。おじさんひとりだし、ゆっくり考えるよ。


おじさんは、何屋さんにでもなれるよ。


小さな女の子は言いました。


ううん、おじさんは、本屋さんがピッタリよ。


大きい女の子が言いました。


そうかな?おじさんにむいてるかい?


うん、そうよ。また、本屋さんになりなよ。


明るい二人の笑顔を、おじさんは見送りました。


静かな夜です。


そろそろ閉店の時間です。


今日で、本屋さんは最後です。


おじさんは、店じまいをしながら、また、本屋になるのはムリかなと思いました。


いまどき、本屋さんは、いいろいろ大変なんだ。


おじさんは、ぽつりとつぶやきました。


ほんとうは、続けたいけど。


おじさんは、急にかなしくなりました。


夜分遅くにすみません。


硝子戸のむこうから、低い声がします。


おじさんは、あわててそちらを見ました。


闇の中に、男の子が立っています。


手にはさっきの本があり、男の子の後ろにあの姉妹がいます。


ごめんください。


ああ、いまあけます。


おじさんは、思わず、お店の硝子戸をあけました。


すると、硝子戸の向こうの景色は夜だったはずなのに、日の光がうっすらとさす


森の景色になっていました。


きょうから、待望の本屋さんができてよかったね。


えぇ?


今日が開店日ですよ。


いやぁ、あの、きょうは閉店……。


おじさん、この不思議な世界の、不思議な森の商店街の本屋さんの今日が


開店日です。ぼくたち兄弟に、お手伝いさせてください。


三人はにっこりとおじさんに微笑むと、長い尻尾をふわりと振ってみせた。


あっ!尻尾が2本!?


おじさん、きょうから異世界で本屋さんを始めてください。きっと楽しいですよ。


本屋さんの最後のお客様にうながされ、おじさんは、きょうからまた、本屋さんを


はじめました。













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