第5話 「エクソシスト」→「未来への投資者」への華麗なる転職

 彼は日本に到着した飛行機から降りてきた。

 華やかな男だ。黒いスーツに白いシャツ、赤いネクタイをつけた金髪碧眼の男。

 言葉にすればそれだけなのに、降機から空港のタクシー乗り場にまで至る道のりだけでも、男女を問わず周囲の人々の視線を一手に集めている。

 人が彼をつい目で追ってしまうのは、彼の瞳に確かな自信が見とれるせいか、それとも歩く姿にさえ品格を覚えてしまうせいか。


 彼の姿に見とれた少女が一人、目を輝かせてスマホを取り出す。

 そして「ホンモノの王子様を見た!」とSNSに投稿しようとして、ふと顔を上げる。

 目があった。

 彼は人差し指を立てると己の唇の上に当てて「シー……」と囁く。

 少女は腰から崩れ落ち、首振り人形と化しながら投稿の下書きを消す。



「ありがとう」



 ニコリと笑いながらその口から零れた日本語はとかく流ちょうで、そんな一連の言動と容貌は、見る者の脳裏に「完璧」という単語を刻む。


 彼はスマートフォンを取り出し、専用のメッセージアプリを開く。

「Next」とだけ書かれた文字と、ネットアドレスが貼られている。

 そのアドレスをクリックすると、SNSの記事に飛んだ。



『縁結びの神は存在した!?~江戸時代から隠され続けた秘密の店~』



 声も出さずに鼻で笑い、彼はスーツの胸ポケットから取り出したサングラスをかけた。

 待ち構えていたように止まったタクシーに乗り込む。

 彼を乗せたタクシーは、あっという間に小さくなっていった。





 ◆◆◆




 まだか、まだか。

 そんな言葉ばかりが頭の中を回る。

 そろそろだろうか。俺は待ちわびる気持ちで時計を見つめる。



「店員さーん!」

「遊びに来ま……」



 来た。待っていたぞ。

 声が途切れた陽菜ちゃんと裕太君に、俺は獲物を見つけた気分で目を向ける。

 お姉さん絡みのことも万事上手くいったこともあり、くぅちゃん様に感謝している二人は頻繁にこの店に来て、漫画を一冊ほど買って帰っていく。

 今日も来ると思っていた。いや、信じていたぞ!



「いらっしゃいませ」



 回れ右をする前に声をかけた。

 威圧を込めた俺の笑顔に二人は諦めた顔をして、他の客なんて一人も居ない店内に嫌々入ってくる。

 ソレに陽菜ちゃんが少しでも関わらなくて良いようにだろう。

 裕太君は彼女を背中に隠し、率先して声をかけた。



「あのう、店員さん………………お知り合いスか?」

「知りません。マジで。今日急に来た客……客?」


「ボス! ボーーーース! お願いします、あのリトルガールとどうか、どうかご縁をォォォ!」



 俺の足にしがみついて、一時間くらい延々と泣き叫ぶ男。おかげで他の客は入った瞬間逃げ帰っていった。

 これ、営業妨害で訴えたら勝てるんじゃ無いかな。

 とは思うものの、なんかもう訴訟でさえ縁が出来るのが嫌だ。今の俺にはそんな感想しかでてこない。

 くぅちゃん様は、くぅちゃん様だから。

 おいしい匂いでもしない限り、自分から動くわけがないんだよ、この子らのお姉さんの件がレアだっただけで。

 でもくぅちゃん様、この煩さの中でよく眠れるな。



「うわぁ……なにこれ……詐欺でしょ」

「陽菜ちゃん、シィ! 女の子が関わり合いになっちゃダメなやつ!」

「でも見てほら。金髪碧眼のイケメンだよ。目完全に王子様なのに、イケメンなら何でも良いタイプの女さえ一人もいないんだよ? 絶対やばい奴だよ、お姉の苦労見てきた私が断言するよ」

「わあ凄い説得力」


「ボォォォス! あのリトルガールとぉ!」


「ねぇ裕太君、あの人何歳に見える?」

「俺と同じくらいかな?」

「じゃあ、あの人からみたリトルガールって何歳くらいの子だと思う?」

「オレくらいから見て、ガールにリトルがつくくらいなら……中学生以下くらい?」

「だよね」



「──ノン」



 通報しようとしたのだろう。

 陽菜ちゃんがスマホを取り出した瞬間、俺の足にしがみついていた変態が消える。

 そして奴は気づけば入り口脇に立っていて、陽菜ちゃんは自分の手からスマホが消えたことに驚いて床を見回していた。

 いち早く状況に気づいたのは裕太君で、奴の手にあるスマホを見て気色ばむ。



「おい、返せ!」

「え、あ! 私の携帯!」

「通報しようとしたでしょう? それは困ります。前科ありではあのリトルガールを口説ける男ではなくなってしまうので」

「被害者ぶんなってのこの変態! 口説く? 相手は何歳よ!」

「ふふ、すこし勘違いされているようですが、私が口説きたいのはあくまでも彼女の将来性で──」


「七歳だぞ」


「真性だーーーーーーー!」

「さぶいぼーーーー!」



 俺の言葉にほとんど反射で裕太君がスマホを取り出して、同時にまた一瞬だけ奴の姿が消える。

 足音が今度は斜め上から聞こえて、なんと今度は書棚の上に両手でカップルのスマホを確保して立っていた。

「ぼくがかんがえたさいきょうのニンジャ」ムーブかな?



「ボス! 誤解を招く言い回しは止めてください! 僕はロリコンではありません、いたってノーマルです!」

「いや説得力皆無だよ」

「ふぅ。ですから、そこのお二人もボスも、まずは落ち着いて僕の話を聞いてください。そうすれば、きっと理解してくれることでしょう」


「そう、あれは僕がこの店に入った瞬間でした。天使と出会った僕はまるで雷に打たれたような、指先から、全身に広がるしびれのような衝動に──」



 無駄に目を輝かせて、つらつらと一人語りをし出した奴を放って、二人は俺の近くに寄ってくる。



「店員さん、あれ何?」

「いやわかんね、ごほん。分からないんですよね」

「とりあえず、知ってる事と状況だけでもオレらに教えてください」

「正直、俺はあの人に一時間ちかく絡まれて疲れたんで、思い出したくもないのですが」

「うわ、ご愁傷さんだねそれ」

「聞いたら疲れてきそうなんで、必要最低限の情報だけお願いします」



 疲れない程度の最低限か。

 難しいが、まあ頑張ろう。



「自称エクソシストで、くぅちゃん様を退治する宣言したときにちょうど店に入ってきた幼女に叱られて」

「ふむふむ」

「プロポーズしてました。幼女はお母さんに連れて帰られました」

「店員さん、僕が残るのでもう陽菜ちゃん帰らせてあげていいですか?」

「待って裕太君、すっごくありがたいんだけど、今すぐ帰りたいのは本当なんだけど、それはそれとして意味分からなさすぎてちょっと見ていきたい気もするの」



 怖いもの見たさか、陽菜ちゃんは嫌々とわくわくの狭間のような顔をしている。

 気をつけろ、好奇心は猫も殺すぞ!

 まあ、裕太君がいるからこそ、っていう安心感もあるんだろうけど。

 熱々なこって。ケッ。



「俺は奴の事を内心で勝手にヒカル君って呼んでます」

「あっ、知ってる! 学校でちょうど習ってるよ、源氏物語!」

「ぴったりだけど店員さん、そのあだ名だと幼女食われそうで怖くない?」


「異議あり! ボス、先ほどからなぜそうも誤解を招くようなことを仰るのか!」

「事実ですが」

「ですから、何度も言っているでしょう。僕はノーマルです。僕が交際を申し込みたいのは、成人に達したリトルガールなのです!」


「陽菜ちゃん、裕太君、ひとつ言い忘れてた。ヒカル君、自称未来が見える人だったわ」



 まあ、くぅちゃん様のことをパツイチで縁結びの本体だと見抜いてたし、エクソシストで未来視持ちってのは事実なんだろうけど。

 残念だけどここ、現実なのよね。

 あっ(察し)

 そんな顔をする二人を、一体誰が責められようか。



「僕は自尊心の病にかかってなどおりません!」



 断固として否定するヒカル君、それは悪手だ。

 否定すれば否定するだけ嘘くさく見えるものさ。



「そっかぁ。未来か。うん。すごいよね、未来。見えるなんて。すごいよ、うん」

「ボス! 見てください、この仏像のような微笑みを! やっとお二人が僕の言葉を信じてくれました!」

「う~~~~~ん、ソウダネ」



 俺は説明を諦めた。

 喜んでいるのだから、水を差すのは悪いと思ったのだ。

 別に面倒くさがっているわけじゃない。ホントダヨ。


 こんなやりとりをしている合間に、来店チャイムが響く。

 マジかよ、この雰囲気に突撃してくるなんてどんな猛者だ。

 振り返って思わず「え」と声が出た。


 例の幼女がそこに居た。


 ヒカル君が動き出す前に、陽菜ちゃんと裕太君が彼を確保する。

「何故!?」じゃないよ当たり前だよ。よくやった二人とも。



「いらっしゃいませ、お客様。」

「こんにち……こんばんは、店員さん!」

「はい、お上手なご挨拶ですね。お母さんは?」

「んー……ナイショ!」



 この子母親の目を盗んで来ちゃってるよぉ!

 さらなる冒険に行かないように俺が幼女を会話で引きつけておくから、一刻も早く警察に連絡をするんだ、陽菜ちゃん、裕也君! どっちでもいいから。

 ってそうか、二人携帯いま奴にパクられてんるんだった。

 スマホをごそごそと取り出しつつ、必死に幼女の注意を引く。



「そっか、忘れ物ですか?」

「えっとね、くぅちゃんにね、あげようって思ってたの、忘れてたから!」

「じゃあ、くぅちゃんのこと頼んでも良いですか? ちょっと店員さんは、お仕事があるので」

「うん、まかせて!」

「そういえばお客さん、くぅちゃんに自己紹介してあげてくださいね。そしたら、顔を覚えてくれるかも!」

「はーい! あのねぇ、きょーちゃんね、恭子って言うのよ。くぅちゃん、覚えた?」



 くぅちゃん様、さすがに今だけは頼んだよ!

 と、頼むまでもなく差し出された袋入りの煮干しをポリポリ食べている。

 こーの食いしん坊さんめ。だが助かった。

 俺はカウンターの影に隠れて急いで警察に通報する。

 これで一安心……と、思ったのに。



「リトル・レディ! どうか僕と結婚を前提にお付き合いしてください! 十年後に!」



 ヒカル君が早速やらかしやがった。

 しかしこいつ、二人に捕まっていたはずなのによく抜け出せたな。



「え? あ! 私のスマホ!」

「まさか身代わりの術!?」

「厨二極めるためにどんだけ本気なのよこの人!」



 肩膝を床に着き、片手を差し出すヒカル君姿は大変様になる。

 様になるのだが、その差し出す手の先できょとんとしている幼女がいるせいで、現状がとってもシュールだ。



「おつきあい? って、お兄ちゃんが彼氏? わたしの?」



 おませさーーーーん!

 いっそ何も分からなければよかったのに。

 お巡りさんこっちです。早く来て。



「はい、あなたがよろしければ、是非」

「やだ」

「ごふっ……な、なぜでしょうか」

「だってお兄ちゃん、くぅちゃんのこと、虐めようとしてたじゃない。嫌い!」



 きっぱりとした断言に、ヒカル君は泡を吹いて倒れた。

 俺たち三人はべそべそ泣く彼を立たせて、とにかく幼女から離そうとするのだが、彼はてこでも幼女の側を離れようとしない。

 いや諦めろよ! あんなにきっぱりフラれたじゃないか!

 ほら、あの子も気持ち悪そうな目でお前を……あれ……まさかその目は、ちょっと可哀想と思って!? だめだ、あの子がほだされる前に一刻も早く引き離さねば!



「……私が大人になるまで、くぅちゃんのこと守ってくれたら、考えてあげてもいいよ?」

「だめだ遅かった!!!」

「喜んでーーーーー!」

「喜んでんじゃねえよお前! 君もね、駄目ですよそんな安請け合いしたら」

「でもね、くぅちゃん可愛いでしょう。誘拐されたら大変よ!」

「いま大変なのは君の方だからね?」

「ボス……」

「ヒカル君、男は潔さがモテる秘訣だぜ。さあとっとと、」


「明日からバイトオとしてご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします! あと僕ヒカルじゃないです!」

「知っとるわい、そんなこと言うのは仕事の始末つけてからにしろぉ!」





「いらっしゃいませ!」



 翌日、元巣から許可を取ってバイトとして活躍するヒカル君の姿があった。

 くぅちゃん様をチュールで籠絡するとは、やりおる。


 ところでくぅちゃん様。

 そろそろ俺も年頃だからさ、俺の縁組みもしてくれてもいいのよ?

 え? 駄目? まだまだとっときの良縁渡すには未熟?

 そっかー。



「いらっしゃいませー!」



 ロリコンにあって、俺にないものとは何なのか。

 頭の片隅で哲学とやけくそをメリーゴーランドさせながら声を張り上げる。


 早くくぅちゃん様に認められる一人前になりたいものだ。



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ド田舎のオンボロ書店だが、人が出会いを求める限りウチの店は潰れない 白ごじ @shirogoji

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