第4話 くぅちゃん様、飯のためなら本気出す
「……店員さん。目が梅干しみたいになっているけど、大丈夫ですか?」
犯人が何か言ってやがる。
「大丈夫です、ありがとうございます。合計で1260円になります」
「はい、……あれ? えーっと……済みません、キャッシュ決済とか、カード決済とかは」
「申し訳ありません、当店は現金のみの受付となっております」
「そうですか。じゃあ陽菜、悪いんだけど」
「あ、うん! 分かってる分かってる、1円でしょ?」
「すごい、なんで分かったの?」
「ここ妖怪さんが居るからねぇ~」
陽菜ちゃんが鼻歌でも歌い出しそうな勢いでニッコニコと財布を取り出そうとして、
「にゃー! ニャウニャウ! フシャー!!!!!!」
「わっ、え、なに?」
「うわすみません。こらくぅちゃん!」
「ニャアアアアアアアア! フシャー!」
「あっこれ駄目な奴」
俺のついぽろっと零れた呟きに、陽菜ちゃんがぎくりと肩を強張らせた。
目があったので、そっと首を左右に振る。
残念ですが、ここまでレベルのくぅちゃん様の不興を買うのは止めましょう。死にます。悪縁で。
「猫ちゃん落ち着いて。どうどう、ほら陽菜、」
「……ごめんお姉。財布、家に忘れた」
「えっ。じゃあ裕太君、」
「すんません、オレ交通系の電子マネー主体で、現金持ってくるつもりじゃ無いと持ってないんです」
「そっか。困ったわね」
これだけ目潰し顔面兵器なのだ。
妖怪が発動しているのなら誰かしら乗ってきそうなものだが、くぅちゃん様の狂乱振りに他のお客さん方は腰が引けているようだ。
どうしたものかと困っていると、裕太君が何かに気づいたように首をひねって、「ああ」と納得したような声を上げた。
つられて俺たち三人も顔を向ける。
「あ、さっきの」
「狼頭の人……」
陽菜ちゃんの声だけやたら絶望感マシマシじゃない?
別に人食いの化け物に出くわした訳じゃないんだよ?
彼はゆっくりとこちらに向かってくる。
最初にみたときは、あのゆったりとした動きにはどっしりとした威圧感を感じたものだが、実は温厚なんじゃね? という推測が立ってから見てみると、単にのんびりしているだけのようにも見えてくるから、人間は不思議なものだ。
狼頭の彼はこちらの様子に気づいたようで、ごそごそと財布を取り出し、
「あの、1え──「ニャアアアアアア!」んっ!?」
猫、襲来。
さすがのくぅちゃん様も、黒毛和牛と霜降りサーモンのためなら本気を出した。
1カメ2カメ3カメのアングル別で撮影したいくらいのクリーンヒットだ。
アニメのようなスローモーション。
彼の被っていた狼頭がすっぽーんと吹っ飛び、彼はそのまま真菜さんの目の前に倒れ込む。
「大丈夫ですか」と慌てた様子で真菜さんに助け起こされた彼の顔は。
ああ、と納得した声を上げたのは、陽菜ちゃん。
はわわ、と動揺している様子なのは、裕太君。
そして俺はといえば両手で目を押さえて、
「ぐわあああああっ」
「どうしよう陽菜ちゃん、店員さんが急に目を抑えて呻きだしてる!」
「しっ、裕太君静かにして、いまお姉の勝負所。あの二人がもし結婚したら、絶対最強の顔が生まれてくるよ? これは推すしかない!」
「さっきまで滅茶苦茶嫌そうだったのに!?」
「女子高生の心は秋空よりも百面相なの!」
「説得力がすごい」
誰か一人くらい俺の心配をしてくれ、フラッシュ二倍とか聞いてない。
そういうことかよ、同類か。
家族の協力もあって顔面の呪いを真正面から粉砕し続けて生きて来た真菜さんと、たぶん途中で心折れて顔を隠すようになった狼頭ってわけだ。
「えっと、どうぞ。頭です」
「ありがとう。すみません、何か被ってないと、どうしても緊張して人と話せなくて」
「わかりますよ。私も、そうなりかけたことがありますから」
「……でしょうね」
「ところで、どうしてこちらに? 忘れ物ですか?」
「いえ、あの、変なことを言うと思いますが、車に乗ったら助手席に、財布に入っていたはずのお金があったので、返しに」
ていうかこのフラッシュ、たぶん呪いだけじゃない。
守護霊とか、その類いの後ろの人の余波だ。見えない奴からはなんとか死守できても、それで手一杯で生きてる人間の縁にまでは手出しできなかったってわけね。
くぅちゃん様の下僕やっている俺に効くわけだよ。
縁喰いは縁喰いでも、悪縁喰いなんだから勘弁してくれ。
「助かります。ちょうど1円足りなくて困ってたところなの」
「俺に渡してくれたからですよね、すみません」
「あら、私は貴方と話きっかけができて嬉しいくらいですよ」
「えっ、あの、ええっと……えっ」
「焦れったい~!」
「陽菜ちゃん、ステイ」
「ニャン」
「うーん、可愛い」
「でっしょー!」
……ところで、そろそろ口説き終わった? バカップルはもう黙ってもろて。
なんかもだもだ粘っている声が聞こえてくるけど、真菜さんは多分だけど押して駄目なら折れるまで押すタイプだぞ。
誰彼にもって訳じゃ無いだろうけど、もうね。世界でほとんど唯一同じ呪いにかかっている二人だから。本能レベルでシンパシー感じるのに、抗うとか無理でしょ。
無駄な抵抗は早く止めなよ狼頭君。
くぅちゃんさまが、なにがなんでもお前らをくっつける気満々だから。
黒毛和牛と霜降りサーモンはセット化する運命なのだ……
そうしてさっさと話をまとめて帰ってくれないか。
俺の眼球の健康のためにも、切実に!
「じゃあ、友達からでお願いします……」
「分かりました。では電話番号をお伺いしても?」
「あ、はい」
「わー、やったねお姉、おめでとう!」
「ありがとう! これで一緒に恋バナできるわね」
「妹さんは良いんですか? 嫌そうに見えた気が」
「終わりよければ、全てよし!」
「あ、はい」
「どうも、オレ陽菜ちゃんの彼氏の裕太っていいます。お兄さんのお名前は?」
「
「これからよろしくお願いしますね、保明さん!」
「はわわ……友達が急にできた……すごい……」
「……あのう、そろそろお代を頂いてもよろしいでしょうか」
おう、早く話を終えて巣に帰らんかい、リア充ども。
放っておくと勝手に延々と続けていきそうな人達に声をかけると、真菜さんが慌てた様子で料金トレイに1円玉を乗せる。
「すみません、お願いします」
「はい、1260円ちょうど頂きます。こちら、レシートになります。ありがとうございました」
四人が方々に会釈をしつつ、店から出て行く。
彼ら彼女らの姿が完全に見えなくなってから、ぽつりと。
「なんか、濃かったなぁ、今日の人達」
お客の誰かの言葉に、周りも俺も全力で頷く。
本当に今日は、目に優しくない一日だった。
でもくぅちゃん様は歴代最高レベルのご満悦顔で肉球嘗めているし、まあ良いか。
……でも、次はもうちょっと普通の人達の縁組みだったらいいナー。
一度深呼吸をして気分を切り替え、レジに近づくお客さんに声をかけた。
「お買い上げ、ありがとうございます」
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