しあわせ書房2~ 喜んでくれるかな?~

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喜んでくれるかな?

 都心の繁華街にあるおしゃれなカフェでデート中の僕と杏樹。食事をしている間、僕たちは重松清の作品の話でずっと盛り上がっていた。

 「しあわせ書房」から自宅に戻った僕は、買った本にざっと目を通し、ある程度知識を蓄えてからデートに臨んだ。その成果もあって、僕の話はしっかりと杏樹のハートを捉えたようだ。


「ねえ、今日はすっごく楽しかったよ、健斗。大好きなロールキャベツを食べながら、大好きな重松先生の本の話をいっぱいできたし」


 杏樹はちょっと化粧が濃くてギャルっぽいメイクをしているが、見た目とは違い、文学とおしゃれなカフェが好きである。今日のデートはそんな彼女のニーズを十分な程に満たしていたようで、僕も胸をなでおろした。


 僕たちは店を出ると、駅に向かって続く歩道を歩きだした。若者が多い街だけあって、飲食店のほかにカラオケやゲームセンターも多く軒を連ねていた。やがて僕たちの真正面に「Amuse」と書かれた電飾付きの大きな看板が目に入った。あまりにも目立つので、僕たちは気になってそっと中を覗き込むと、無数のスロットマシンが並び、奥にはクレーンゲームの姿も見えた。


「ねえ健斗、ちょっとだけここで遊んでいかない? こないだ友達とクレーンゲームに挑戦したんだけど、すっごく面白かったんだよ」


 クレーンゲーム? 以前友達と一緒に挑戦して何も取ることができず、二度とやるかと思ったのに……しかし、彼女は僕の意見を聞くことなく、我先に店の中に入っていった。

 店内はけたたましい音楽が流れ、たくさんの人達がスロットマシンに興じていた。僕たちはその奥に並んでいるクレーンゲームのコーナーに入ると、杏樹は何か見つけたらしく、一目散に駆け出していった。そこにはディズニーのアニメに登場するキャラクターたちを模した、かわいらしいぬいぐるみが積み込まれていた。


「ねえねえ、これやろうよ! 私、スティッチが好きなんだ」


 杏樹は早速コインを投入してクレーンを動かしたが、クレーンの手はスティッチのぬいぐるみの足をかすめただけで、何も獲れずにゲームオーバーとなった。


「あーもう、惜しいなあ。ねえ、次は健斗がやってくれる? 」

「僕が? 」


 杏樹の視線を一身に浴びて、僕はハンドルを握った。しかし、何度挑戦してもクレーンはスティッチを引き上げることができなかった。熱中するうちに、コインを買うお金もだんだん無くなってきた。今日は夕食代を随分張り込んだから、このままでは生活費にも響いてしまう。


「ごめん。次で最後にしていいかな? 」

「うん」


 杏樹は両手を合わせ、祈るように僕を見つめていた。僕は冷静になろうと大きく深呼吸してから、ハンドルを動かし始めた。クレーンを右往左往させ、ちょうどスティッチの胴体の真上にたどり着くと、僕は「ここだ!」と叫びながらボタンを押し、クレーンを下げた。

 

「やった!」


 僕はクレーンの手がぬいぐるみの胴体をがっちり掴んだ様子を見て、思わずガッツポーズを作った。一方、杏樹は呆然とした様子でクレーンの動きを見つめていた。


「どうしたの? あっけにとられた顔して」

「ねえ……健斗が掴んだの、スティッチじゃないよ」

「はあ? 」


 クレーンが持ち上げ、取り皿に落としたのは、スティッチに登場するひとつ目のエイリアン・プリークリーのぬいぐるみだった。


「ごめん……がんばったけど、これでよかったら」


 僕は頭を下げながらプリークリーのぬいぐるみをそっと杏樹に手渡した。


「悪いけれど、プリークリーはちょっと……せっかくがんばって獲ったんだから、健斗が持って帰っていいよ」


 杏樹は申し訳なさそうな顔で頭を下げた。


「アハハ、そうだよね。杏樹はスティッチが欲しかったんだもんね。この次は絶対にゲットするからね! 」


 前向きな言葉で杏樹を励まそうとしたが、杏樹の表情を見ているうちに僕は拳を強く握りしめ、そのまま自分の頭を殴りつけたくなった。


 杏樹と別れ、自宅の最寄り駅で降りた僕は、駅前の商店街を重い足取りで歩いていた。真夜中の商店街ではほとんどの店がシャッターを下ろし、人通りもまばらだった。僕が手にしていたぬいぐるみのプリークリーは、大きな目を見開き口を開けて笑っていた。その表情は、まるでざまあみろと笑っているかのように見えた。くそっ、こいつ、このままどこかに捨ててしまおうか。 

 僕がぬいぐるみを投げ捨てようとした時、僕の眼中に「しあわせ書房」の古びた看板が飛び込んできた。

 シャッターが閉まり、店主も椎菜ももう店にはいないだろう。

 今日のデート、後味は悪かったけれど、椎菜が教えてくれた重松清の作品を読んで、杏樹との会話はそれなりに盛り上がったことは確かだ。


「これ……喜んでくれるんだろうか?」


 僕はプリークリーのぬいぐるみを見つめながら、首を何度も傾げた。


 翌日、僕はいつものように、学校帰りに「しあわせ書房」の前を通った。

 遠目から店内を見ると、今日は店主の老夫婦がおらず、椎菜が一人で踏み台に上がって文庫本の整理をしていた。こないだ会った時と同じポニーテールの髪型と、フレアジーンズを着こなしている椎菜。一瞬で心を奪われたかわいらしい後ろ姿が、僕のすぐ目の前にあった。

 僕は高鳴る胸を押さえながら、デイパックからプリークリーのぬいぐるみを取り出した。


「あの、すみません」


 僕は椎菜の背中にそっと声を掛けた。

 すると椎菜はポニーテールの髪を振り乱しながら僕の方を見つめた。


「あ、こないだのお兄さんですね。どうでした、重松先生の作品」

「すごく泣けました。ハンカチがびしょびしょになる位、泣いちゃいました」


 本当はざっとしか読んでいないから感動する暇もなかったけれど、せっかく本を紹介してくれた椎菜のためにも、じっくり読んで思い切り感動したということにした。


「わあ、それは良かった。私も読むたびに自然に涙がツーッって流れてきちゃうんですよ」


 椎菜は嬉しそうにそう言うと、僕は思わず照れ笑いを浮かべた。


「ところで今日は、ささやかだけどこないだのお礼をしたくて……」

「え? そんな、いいですよ。私はそんなつもりで紹介したんじゃないですし」

「そんなこと言わないでください。僕はあなたのおかげで重松先生の作品が好きになったんですから」

「いいんですか? 本当に……」


 すると椎菜は、広がったジーンズの裾を揺らしながら踏み台から降りて、僕のすぐ目の前にやってきた。

 小さいけれどつぶらで綺麗な瞳、笑った時に出来るぷっくらとしたえくぼ。

 こんなかわいい子に、プリークリーのぬいぐるみなんか似合うわけがない。きっと杏樹のようにがっかりしてしまうに違いない。

 僕は断られることが怖くて、椎菜と目を合わせないように頭を下げたまま、プリークリーのぬいぐるみを椎菜の目の前に差し出した。


「いいんですか? これ、もらっちゃって」

「はい」


 すると椎菜は満面の笑みでぬいぐるみを両手で抱きしめ、小さな目を見開いて僕の方をまっすぐ見つめた。


「ありがとうございますっ。わたし、実はプリークリーが大好きなんですよ」

「そ、そうなんですか!?」

「私の好み、知ってたんですか? 店長から聞いたんですか?」

「い、いや、そうじゃなくて……プリークリーってかわいいよなって思って。アハハハ」 

「嬉しい! 私の友達はみんなプリークリーをキワモノ扱いしていて、すごく嫌だったんです。やっと分かってくれる人に出会えて、すごく嬉しいです」


 そう言うと椎菜はスマートフォンを取り出し、一枚の写真を見せてくれた。


「これ、私の部屋なんですけど、こんなにいっぱい集めてるんですよ」

「すげー……こんなにいっぱい? 」


 写真に写っている椎菜の部屋には、プリークリーのぬいぐるみが所狭しと置いてあった。中には人間の子どもの身長ぐらいの大きさのぬいぐるみもあり、ちょっと不気味にも感じた。


「あ、店長が帰ってきたみたいだから、これで失礼しますね。嬉しいなあ、また宝物が一つ増えちゃった」


 そう言うと、椎菜は嬉しそうにプリークリーのぬいぐるみを抱きしめて、店の奥へと走っていった。取り残された僕は、しばらくの間、店の前でボーッと立ち尽くしていた。

 まさか、あんなに喜んでくれたなんて……。 

 そして、椎菜に会うたびに彼女へと気持ちが引き寄せられていくような気がするんだけど、気のせいなんだろうか?

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