恋と冒険はいいわけから始まる!

(KAC20237 お題は「いいわけ」)




(前回までのあらすじ)

 本屋で美少女に一目ぼれしてついてったら、非日常が次々ぼくを襲ってきた。

 懸案だった悪魔の残骸はようやく片づけ、あとはこんがらがった色んな謎を明かすだけ。ぬいぐるみに問いただすと、出てきた言葉は『アンラッキー7』。

 なにその言葉? ぼくが聞きたいのは、そんなことじゃなーい!



  * * *



 ここは本屋の洋書コーナー。

 さっきまでは床にナマモノが散らばってたり、天井にトラの口のワームホールが開いていたり、そりゃもうなにも見なかったことにして帰りたくなるよな惨状だったのが、いまはすっかり普通の本屋だ。

 ぬいぐるみのクマがしゃべってたりはするけど、まあこのくらいのこと、いまどき珍しくもないよね!

 ぼくの体がやたら筋肉ムキムキになってたりするのも、力仕事ならなんでも来いって感じでラッキー! と言えば言えなくもないさ。


 だから「ラッキー」って言葉ならぎりぎり受け容れるけど、このクマが言ったのは……

「アンラッキー7?」

 ぼくは問いただす。なんだそりゃ、って不満な声で。

「アンラッキー7」

 クマがうなずく。迷いない、満ち足りた顔と声とで。


 あらためて言うけど、ぼくはそんな言葉、初耳だ。そんな言葉について知りたいだなんて、これっぽっちも思わない。

「……なあベア?」

「なあに?」

 まわりに薔薇が飛び交うほどの晴れやかな顔でクマが見上げる。

 殺意にも似たなにかがぼくの胸にこみ上げる。大胸筋ははちきれんばかりだ。

「……ぼくが知りたいのはね、あの子のことなんだよ、ほら、刀持って、悪魔をやっつけたあの子」

「わかってるわよ、もお、シュウくんってば、甘酸っぱいわねえ」

 ぷぷぷとふくみ笑いしてぬいぐるみが腹斜筋のあたりをばしばし叩く。

「だからアンラッキー7のこと教えてあげるって言ってるじゃない」

「アンラッキーなんてどうでもいいから、はやくあの子のこと教えてよっ」

「だからアンラッキー7……」

 話の通じないクマだ。かなり辛抱強い方のぼくにだって我慢の限界ってもんがあるんだぞ。

「ラッキーもアンラッキーもいらないからまず名前、あの子の名前を教えてってば」

 最後は悲鳴か泣き声みたいになっちゃったぼくの大腿四頭筋をぽん、と叩いてクマはのんびり言ったんだ。

「だからぁ、あの子の名前がアンラッキー7なのよ」


 腹時計がぐううと鳴った。たぶん七時が近い。衝撃の事実に、ぼくは呆然となっている。

「アンラッキー7のことは聞きたくないのかあ……いいわ、じゃあ何について話そうかな。悪魔のこと? それとも筋肉のことがいい?」

「…………アンラッキー7でお願いします」

「だってアンラッキー7なんかどうでもいいって、言ったじゃない」

「ごめん。前言撤回」

 ぼくは潔い男だ。

 自身の誤りは即座に正して謝っちゃう。

 そして、君子は豹変するのだ。

 武士に二言はないなんて言わない。

 だからアンラッキー7のことを教えてくださいベアトリーチェさま。


 ベアトリーチェさまはいじわるに笑った。

「アンラッキー7なんていらないって言ったわよねえ?」

「だって知らなかったんだもん」

 ベアトリーチェさまは背中を向ける。まるい尻尾が拍子に揺れる。

するのね。シュウくんったら、男らしくないなあ」

「男らしいとか女らしいとか、そんな性別で人を決めつけるのはよくないんだぞ」

「じゃ、往生際が悪い。無責任! 注意不足!! 優柔不断!!!」

 うわぁん、『男らしくない』でいいから、もう許してえ。


「うふふ、かわいそだからひとつだけ教えてあげるわ」

 ようやく満足したのか、ベアトリーチェさまはこう言った。そのとき彼女に後光が射したかに見えたのは気のせいだろうか。

「あの子もあたしと契約したの。契約条件のひとつが、あの刀よ」

 契約すると、悪魔と戦うための武器が与えられるのだそうだ。

「ぼくの武器は?」

「筋肉よ。シュウくんが希望したんでしょ?」

 え? なんかダサい。ぼくも刀とか、ビームサーベルとか、ライフルとか鞭とか、そんなのがいいよう。

「筋肉質じゃなきゃ、とは言ったけど、筋肉質になりたいって言ったわけじゃないよ。そんなつもりで言ったんじゃないんだ」

「またぇ? 最初に望んだ武器が与えられるって、契約書に書いてあったじゃない」

「だって読んでないもん」

「ほらまた

 言い訳か? 最後まで説明聞く時間なくて、そのあと契約書をわたされることもなくいまに至って、それで読めてないのはぼくのせいなのか?


 理不尽な責めに、ぼくの筋肉はいまだかつてないほど隆々と膨らむ。

「こんなの非道だ。やり直しだっ。ぼ、ぼくは、べつの武器に交換を要求するっ」

「それがだめなのよぉ。返品は受け付けません、ってちゃんと契約書の27条にも書いてあるわ。ほら、ここ」

 どっから出てきたんだか、クマは契約書を開いて、ぼくに示す。ちなみに26条にはしっかり「最初に望んだ武器が与えられます」って書いてある。

「いやだあ、こんなの知らなかったんだあぁぁ」


 クマは器用にため息をついた。

「……これで決まったわね。シュウくん、きみの名前は、『いいわけ6』よっ!」

「なにそれ⁉」

 また理解不能な単語が出てきたぞ。

 クマはドヤ顔でまた契約書を広げた。

「契約に書いてあるのよ。の名前はあたしが決めるって。ほら、第53条」


 ぼくは床に座りこんでしまった。やっぱり先生の言ってたことは正しい。安易に契約なんかしちゃいけないんだ。社会には魔物がいるんだ。戦士ってなんなんだ。

「…………聞いていい? なんで『いいわけ6』なの?」

「あら、6はいや? じゃあねえ、何番がいーい?」

「ちがーう! 『いいわけ』がヤなのっ。別の名前にしてっ」

「それは聞けないわ」

 いかん。冷静になろう。深呼吸だ。大胸筋だ。横隔膜だ。


「…………よかったら、なんで数字がつくのか、教えてくれる?」

 なんかもうどうでもいいけど。ぼくが悟りを啓く時は近いのかもしれない。

「ぜんぶで7人集めたいから。だってかっこいいでしょ、ナントカ戦隊みたいで」

 ほんとにどうでもよかった……でも一応聞いておくか。

「いま何人集まったわけ?」

「シュウくんで2人め」

 ふたりかよ。ってかついさっきまであの子ひとりだけだったのかよ。そりゃたしかにアンラッキーだわ。アンラッキーなセブンだわ。


 あれ?

 ふたり?

 ふたりってことは?

 ふたりしかいないってことは、ぼくたちふたりだけってことは、つまりどきどき急接近のチャンスじゃないかあっ!

「わかった。やるよ。こうなったら全力でやってやるさっ!」

 ぼくは拳を突きあげる。全身に力がみなぎってくる。どんな敵でもやっつけて、あの子との恋を実らせるんだ! ぼくの恋と冒険は、いまこそはじまった!


 突きあげた拳はつむじ風を生んで、風が天井を打ち抜いた。

 ……天井から、かけらがぱらぱら落ちてくる。あははは。やっちまった。だってムキムキ筋肉質だってこと、忘れてたんだもーん。あ、また。もうどうだっていいや。




(おわり ・・・ こんな結末でいいですか?)


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恋と冒険は本屋からはじまる(かもしれない) 久里 琳 @KRN4

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