古い書店巡り

佐倉奈津(蜜柑桜)

古い書店の魅力

 こんにちは。蜜柑桜と申します。海外出張の多い人間です。

 海外、というと皆さんはどこに行かれますか? または、どこに行ってみたいですか?

 必ず立ち寄る場所、必ず行きたいと思う場所はありますか。


 蜜柑桜にはあります。

 本屋さんです。


 ついさっきと言ってもいいくらいな頃に、仕事でロンドンにおりました。

 最終日、さて仕事も終わって何をするかといえば、本屋さんです。

 向かったのはリージェント・ストリートという、ブランド店舗が並ぶ目抜き通り。ロンドン・シティの中心にあります。

 この通りは、モダンと老舗が並列する通り。そのリージェントとぶつかるピカデリーという通りは、ハイド・パークに向かう歴史ある大通りです。日本でも有名なフォートナム&メイソンもこの通りにあります。

 まさしくそのフォートナムの隣に目的のお店があるのです。名前はHatscherdsハッチャーズ

 ただの本屋さんではありません。創業1707年のフォートナムの隣に立つ本店舗、1797年創業。厳かな黒の壁で仕立てられた店構え、そしてエントランスの上に誇らしく掲げられた英国王室のライオンとユニコーンの徽章。そうです。この店は王室御用達。それもジョージ三世の妻であるシャルロット妃がハッチャーズの顧客だったのです。

 そんな由緒正しい印が、店の誇りを物語ります。


 中に入ってみましょう。

 入口右手、斜めの壁には、ここにもロイヤルの徽章。そして上階、地下に伸びる螺旋階段!

 地下から数えて五つのフロアがあります。小ぢんまりとしている上に木の階段があるこの本屋さん。肌触りいい木肌の手摺に手をかけ、本棚を見ながら螺旋階段を昇って行く。

 とても好きです。

 バリアフリー? ええ。店の奥にあるエレベーターも古びた味のある機械で素敵です。

 ここよりも新しく、もっと大きな本屋さんもすぐ近くのレスタースクエアにあるのですが、落ち着いたこの本屋さんが私は好きなのです。


 出版業も営んでおり、レトロで壁紙のような美しい装丁の本をシリーズで出版しています。ディケンズ、ホフマン、オスカー・ワイルド、サン・テグジュペリ……国籍を問わず、古典文学が目にも楽しい表紙で出迎えてくれます。今回のお買い物はピーター・パン。読みやすい英語の本、と頼まれましたから。それならせっかくですから翻訳ではなく、スコットランドの作家、ジェームス・マシュー・バリーの作品を。

 蜜柑桜も自分に一つ、買いました。『指輪物語』で有名なトールキンの『Tree and Leaf』。こちらはトールキン自身による木の絵が表紙。当然ですが、自社出版以外の商品も扱います。



 さて、こうした老舗本屋さんの他にも、足を運ばなければならないところがあります。

 古書店です。

 ロンドンで古書店といえば、やはりセシル・コート通りではないでしょうか。

「通り」といってもほんの短い狭い小路です。しかしこの通り、ハリー・ポッターのダイアゴン横丁のモデルになり、ものの数十歩で通り抜けられてしまう距離の中に、なんと分野別の古書店やアンティークショップが並んでいるのです!

 コイン屋さん、古い印刷地図を扱うお店、音楽書や楽譜を扱うお店……中でも魅力的なのは、児童文学専門の古書店。

 小さなお店の扉を開けば、ほんの数畳しかなさそうな店内の四方、部屋の真ん中、本棚がぎっしり。中には大小の絵本や児童書が詰め込まれています。初版本から歴史的版、そして現代のものまで。

 本棚を覗くと、あります、あります。あのお話が。

『オズの魔法使い』、『指輪物語』、『くまのプーさん』、『ピーター・ラビット』、あれもこれも、子供の頃に読んで今でも大好きな物語ばかり。


 古い本がある空間は、時が止まったよう。一つ一つの書物は必ずしも綺麗なわけではありません。薄汚れていたり、表紙に切れ目があったり、日に焼けて変色していたり。でもだからこそ、一つずつの品が「どこにでも売っているもの」ではなくて、「そこにある一つだけのもの」に見えるのです。

 まるで自分が歴史の中に入っていくみたいな感覚を覚え、限りある極小の店内に無限の物語世界と長い長い時が詰まっています。


 残念ながら、貴重な古書ほど高いので、購入はなかなか……ですが。

 この本屋さん、ただの「本」屋さんではないのですね。


 お店の外にちょっと出てみましょう。

 店先に何個も並んだ段ボールの中を見てみてください。厚紙がたくさん並んでいます。ほぼ白い紙たちです。

 でも真ん中を見て下さい。絶対に感動しますから。


 そこには額縁のような窓が作られ、よく見知った顔がこちらを向いています。


 ピーター・ラビットが、クリストファー・ロビンが、なんとも趣のある線や色彩でそこにいます。

 ただのプリントではありません。オリジナル・プリントやアンティーク・プリント。1800年代や1900年代前半の絵本の挿画印刷なのです。

 本と比べれば手の出るこちらの品。この度はピーター・ラビットのお母さんを連れて帰ることに来ました。


 魅力的なお話が日々生まれる現代、新刊が一番に並ぶ本屋さんも好きです。

 でもそれと同時に、古い時からずっと愛され続けた本たちが迎えてくれる、こんなに胸の躍る本屋さんがある。

 蜜柑桜は海外に行くと古書店に足を伸ばします。ロンドンに来れば、必ずセシル・コートに参ります。


 書き綴られたものは、何年も、何百年も残り、人の心の糧になれます。

 誰かが大事にページをめくって、またその本が一つの歴史を作ります。


 好きです。


 そして物書きとしては、やっぱり思ってしまう。


 子供の頃に読んで、今でも好きで、時が経ってもずっと心に残っていく。

 そんな作品を書きたいなぁと。

 小さな受賞はあれど、書籍化の経験もない人間が、恥ずかしいかもしれませんが。


 私の作品も、こんなふうに大事に残っていく作品になれたら、と思わずにはいられません。


 次に行けるのはいつでしょうか。

 短い海外滞在、たとえ観光時間がなくても、やはり蜜柑桜の足はここに辿り着くと思います。




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