写真室

ー無防備寝顔ー

「あ!さく!また撮ったね!!」


「良いじゃん。誰に見せるわけでもなし…」


セミダブルの少し狭いベッドで、眠りこけていた私の寝顔を、朔は毎朝のようにカメラに収める。いや、寝顔、だけではない。朔は、カメラが趣味で、大学のカメラ同好会に所属していた。私は…わたし…は…、正直に言います。朔のカメラを向けるそのアングルを見て、この人を撮りたい。…いや、この人に近づきたい…と言った方が正確だ。つまりは、一目惚れと言うやつだ。朔がカメラをいつも首からぶら下げていたので、私はすぐ、カメラ同好会に辿り着くことが出来た。




「あのぉ…入会希望…なんですけど…」




私は、素人とだと、素人だと思われないように、まずは形から!と、バイトで貯めたお小遣いを、一眼レフだか、望遠レンズだか、よく解らなかったが、とにかく、お店で聞きまくって、素人でも撮りやすく、簡単な操作でも大丈夫、と言われたカメラを買った。


「あ、どうぞ」


「!」


いきなり、朔が部室の奥から顔をひょこっと出した。きっと染めては無いんだろうな、みたいな薄茶色の髪。今時には珍しい短髪。肌は色白。


(私より白い?)


私は、いきなりコンプレックスに襲われたが、しばらく扉の前で、朔が出て来るのを待っていると、朔は、紙切れを持ってきた。


「ここに、学部と、名前、書いてください」


「あ、はい!」


いつも遠くで眺めてるだけだったから、気付かなかったが、身長がかなりある。185㎝はあるだろうか?細いんだけど、ごつごつして、男らしい手をしてて…。


ジー…っと指先まで嘗め回すように、自分の指は動かさず、止まっていたら、


「…あの…名前…書いてもらって良いですか?」


「あ、あ、はい!すみません!!」


朔の声で、やっと一緒に話しているのだ、とこの時気付いた私は、慌てて入会の紙を書き終えた。


「へー…小笠原翠おがさわらみどりさんて言うですね」


「…」


小さく、秒針が6回、時を刻んだ。


「『スイ』って読みます。良く間違われますけど…」


「あ、ごめんね!」


私がこんなに6秒間置いたのには、訳があった。紙に、フリガナまで書いてある。まったく、興味を持たれていないのだろうか…。望み薄かな?と、入会した瞬間に、後悔した。でも、カメラを買ってしまったし、こうして同好会にも入ってしまった。もう後は、頑張って朔を振り向かせるしかない。


篠崎しのざき先輩はどんな写真を撮るのがすきなんですか?」


「あぁ…先輩、うざいから取っちゃおう!朔でいいよ」


「え?でも…2歳も年上ですよ?篠崎先輩」


「でも、俺、キシキシしたの苦手なんだ。写真と一緒。自由で、ストレスフリーなのが一番だよ。俺は、ストレスのたまんない写真を撮るのがすき」


「へー…じゃあ…朔…、教えてよ。私に、写真の撮り方。どうすれば、上手く撮れるの?」


「上手い下手なんて二の次だよ。だって、翠はカメラマンになりたいわけじゃないんだろう?」


(そうです。朔に、近づきたかっただけです…)


翠は、心の中で本音を暴露しながら、朔の話の続きを聞いた。


「だから、良いんだよ。その辺の木とか、その辺の猫とか、その辺の雲とか…。こんなに狭い街でも、こんなに色んな景色や人が溢れてる。その時、撮りたい、と思ったものを、撮ればいい」


「ふふ…なんか、偉ぶってません?」


「あぁ?」


『あ』に濁点が付いたような声で、朔が私にすごんだ。


「嘘。嘘。ありがとう。素敵な写真、撮れるように頑張るね、朔」



それから、2人の距離が縮まるのに、そんなに時間はかからなかった。そりゃあ、朔はモテてたのに、私は名前が少し珍しいだけのごく普通の女の子だったから、ひがみも多少はあったけど…。



だけど、少しずつ少しずつ、2人の撮る写真が似て来た。お互いがお互いを撮るようになったのだ。2人して、『やめてよぉ!』とか『ふざけんな!』とか乱暴な言葉を公園で叫びながら、ひっきりなしにシャッターをきった。



そして、朔が社会人になると同時に、私たちは同棲を始めた。



朔は、頭がよかったし、愛想も、礼儀も完璧だったから、内定は14社に至った。その中で、趣味にも時間が充てられて、経済面でも申し分ない、そんな奇跡的な会社に、就職することが出来た。これで、私のバイトのお金もたしたことにより、部屋に暗室も設置することが出来、私たちは、ワイワイ、写真を撮りまくった。



私しか知らない、朔を知って、嬉しくて、なんだかこそばゆくて、息するのも忘れて写したたくさんの写真を、朔には黙って、心の写真室に何枚も何枚も飾った。



引っ越して、部屋の片付けもひと段落すると、見た事の無い箱が、段ボールから出て来た。その中が、どうしても気になって、朔がお風呂に入ってる間に、そっと、その箱を開けてみた。



そこには、私のドアップの首筋、後れ毛、前髪を指先でくるくるする癖、さっとポニーテールを解く瞬間…。


(こんなの…いつの間に撮ったんだろう?…ふふふ…)


思わず、にやついた。


(あぁ…きっと、朔も、私と同じ、私だけを飾る、心の写真室があるんだな…。あぁ…なんか…頬…熱いや…)


ガチャ…。お風呂から上がってきた朔が、箱のふたを見つけ、慌てて吏便k¥具に駆け込んできた。


「翠!何してんの!それは!」


「えへへぇ。みーちゃった♡」





「もう、あんな悪戯すんなよ?」


「どうかな?」


「お前、明日から、寝顔毎朝撮るからな」


「え!?すっぴんだよ!?寝ぼけてるよ!?ダメに決まってるじゃん!!」


「あの写真見た罰だ!!」


「んもう、朔さま、それだけは…」


「だーめ!翠が朝弱いのはもう知ってるんだからな!覚悟して寝ろよ!」


そいうと、セミダブルのベッドの向こう側を向いて、朔は眠った。


(あー…あんなこと言われたら寝れないよ…もうマジどブス写されたらどうしよう…)


でも、やっぱりあの写真も、心の写真室に新しく、翠は飾るのだ。




次の朝、翠は、珍しく、目覚まし時計より先に目を覚ました。横には、朔の無防備な寝顔が転がっている。すやすや、気持ちよさそうだ。シャッターは、きらないでおこう。ここには、私たちしかいない。まるで、世界が凝縮されたような時間の過ぎ方だ。これから忙しくなる朝とは思えない。




ねぇ、これから先、朝起きたら、あなたの瞳に最初に映るのは、私、なんだね。



2人でたくさんたくさん取り集めた写真。形のあるものを持ち合うのは簡単だけれど、いつか、いつか、2人の心の写真室に飾った写真、見せ合えたら良いね。



        ―すやすや眠る無防備寝顔―

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写真室 @m-amiya

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