本屋だった駐車場の話

天西 照実

駐車場の老人


「――ここは、本屋だったんだよ。無口な婆さんが店主の、本屋だったんだよぉ」


 その老人は、泣きながら駐車場の真ん中に立っていた。

 いや。足元は薄れていて、よく見えない。

 幽霊の老人だ。

「そうは言っても、今はマンションの駐車場なんだよ」

 幽霊の老人は、僕が車を停めたい場所にいるのだ。


 僕は幽霊の姿が見える。会話もできる。

 この老人は確かに幽霊だ。

 とはいえ、このまま車は進めにくい。

 轢いてしまう事にはならないだろうが、幽霊のいる場所に車を進めたらどうなるのだろう。

 すり抜けるのだろうか?

 ゆっくり車をバックさせると……まあ、乗ってくるよね。

 先ほどまで立っていた老人は、ちゃっかり後部座席に座っていた。

 僕は自分の駐車スペースに車を停めると、仕方なく老人の話を聞く事にした。



 6階建てマンションに併設された青空駐車場。

 このマンションと駐車場が出来る前の様子を、僕は知らない。

 この場所は以前、小規模な商店街だったそうだ。

 どうやら老人は、本屋に女性との思い出があったらしい。

 亡くなったばかりの老人は、四十九日しじゅうくにちの間に会いたい人の元を訪ねていると言う。

 その内に懐かしい場所を思い出しては訪れ、すっかり変わり果てた風景に涙していたようだ。

「その、本屋で待ち合わせしてたっていう人とは会えたの?」

 と、聞いてみた。

「いや。もう十年も前に、他界していた」

「そっか……」

「あの世へ逝って会えるなら、そこにはあの本屋があったら良いなぁ――」

 そう言って、老人は姿を消した。

「そうだね」

 僕はやっと車から降りると、辺りを見回してみた。

 老人の気配はなくなっている。



 取り壊された店にも逝き先があるのなら、確かに自分が逝くべきにあって欲しいものだ。

 僕にも、思い当たる場所がある。

「でも、潰れた本屋たちが集まるってのも、あったら行ってみたいかも」

 独り言を呟きながら、僕はマンションの階段へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

本屋だった駐車場の話 天西 照実 @amanishi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ