蚤の人と竜の本

たかぱし かげる

サーガの本屋

 風がごうごうと耳元でうなる。

 サーガは鱗にかけた手に力を込めた。

 今は竜が飛んでいる。

 彼は悠々と空を渡っているが、その背の上で暮らすサーガにとっては振り落とされる危険がもっとも高いときだった。

 サーガは“蚤の人”である。

 大きな竜との共生人で、竜の鱗の間を動き回って不要な鱗を取ったり、挟まったゴミをとったりしている。そしてその不要物を売ったり、竜の食べ物を分けてもらったりして生きている。

 お互いの利益があっての共生だ。ただ、サーガがうっかり背から落っこちて消えても、竜は蚤一匹のことを気に掛けてはくれない。次の蚤の人を探しにいくだろう。

 サーガは竜の右足までやってきた。

 さて、と辺りを見回す。さっき竜が痒そうにしていたところだ。たぶん、なにかある。

 サーガの住む竜は、青い海のような鱗を持つ。鱗はごつごつとした結晶として育ち、たまに変な塊になる。そういうのが痒いらしい。

 あった。サーガは鱗の間を慎重に進んだ。岩山のような竜の鱗の中に、不自然に形成された異物。

 背嚢からノミとトンカチを取り出して、サーガは余分な鱗を剥がしとる。ほどなくぼろりと落ちたそれは、1冊の本だった。

 この竜の鱗には、時折こうして本が生える。

 表紙は竜の鱗そのもので、青くわずかに輝いている。中のページはなにか膜のようなものでできていて、薄いがとても丈夫だ。

 そして書かれた物語は千差万別で、この本はその希少価値もさることながら、人々を魅了してやまない。これを売るのがサーガの本屋だ。

 サーガが思うにこの物語は竜が見た夢だろう。共生してはいても竜と意思の疎通ができるわけではないから、本当のところは知る術もないが。

 サーガは本を大切にしまい、それから残りの鱗も綺麗に整えた。

 仕事を終え、寝床にしている竜の腹の下の鱗の中で、今日の収穫物を取り出して子細に調べる。とても幸運なことに、その本はずっと探していたある物語の続編だった。

 本屋の箱に納め、それを売りにいく時のことを考える。この物語を待ち侘びているであろう人の笑顔が浮かんだ。

 ぱっと花咲くような、とても可愛らしい娘さんだ。

 ただ問題は、竜の行くところはいつも彼の気まぐれで、あの娘の住む村の近くへいつ降り立つかがさっぱり分からないことだ。

 今度会えたら、一緒に竜の上で暮らさないか聞いてみようか。サーガはそう思った。


『蚤の人と竜の本』了

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蚤の人と竜の本 たかぱし かげる @takapashied

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