貸本屋 鱒(ます)屋左兵衛の相談

髙 文緒

第1話

 気になってたって言っちゃあ気になってたよ

 洗い髪のちょいと粋な女がよく借りていくもんで、って違う違う。

 違わあ! そりゃあいい女だけど、あれは危ない女だと俺はほれ、ピンときたからね。惚れた腫れたは御免だと思ってるよ。

 

 じゃあ何が気になるって?

 まずはあの女が借りていく本が気になるね。

 

 洒落本・草双紙・滑稽本となんでも借りていくんだよ。なんでもだよ、なんでも。この前なんか艶本も借りていってよ、「こちらをお願い」なんてすました顔で、堂々としたもんよ。

 そりゃあ俺も、娘さんたちに艶本の絵のとこをチョイと開いて見せる悪戯はすることあるよ。

 毎日、足を棒にして貸し歩いてるんだからよう、そのくらいの楽しみは良いだろうよ。娘さんたちだって「やめてよ左兵衛さん」なんて言いながら、「ちょっとその次の頁はどうなってんのよ」なんて言ってくるんだから。


 ああ話がそれちまった。

 

 よっぽどの文字の虫かと思ってよ、「あんた文字を食って生きてんのかい?」って聞いたことがあるよ。

 そうしたら、髪を振り乱して怒り出してよう、何がなんだか分からねえったらねえよ。


「そういう物の怪も居ることは居ますけどね、あたしをそんな奴等と一緒にされちゃあ困るね」


 なんて言ってよう。

 そう、物の怪居るんだってよ。洒落で言ったってえのにおかしな返事をされちまったよ。

 そんな物の怪に本を貸したら、まっちろになった本が返ってきちまわあな。


 それでよ、女の借りる本はてんでバラバラだけどもよ、俺はある共通点を見つけたのよ。

 知りたいかい?

 ……綴じている糸が黒なんだよ。黒の糸で綴じてる本なんて珍しいからな。阿呆な俺でも気づけたってわけだ。

 なにしろ黒い綴じ糸の本が入ってきたと思ったら、すぐあの女が借りていくんだからな。


 え? その女は今日も借りに来るかって?

 それがよう、最近とんと来なくてよ。女に貸した本が戻らなくて困ってるってえわけで、下っ引きのお前さんに話をしているわけよ。親分さんに言うまでもねえけどよ、ちょいとお前さんから言ってくれないかな。

 何しろ不気味な女だからよう、俺もちょっとばかり余計な話もしちまったけどな。

 そう、人探しの相談ってえわけだ。

 そりゃあ、いつもは自分で解決するけどよ、何しろあの女は俺が往来に出たとたんにどこかからやって来て、道っ端で借りていくからよ、住処が分からねえのよ。

 俺も自分で探してみたが、どこの長屋をたずねてもあの女を知っている奴が居ないのよ。

 

 ***


 え? 見つかったって? そりゃあ助かる。

 随分と早いじゃないか、お前さんに相談してから三日とかかって無いんだから。

 で、本はどこだい? 無い? どういうこった。

 なになに、正確には濡れちまって商品にならないって?

 あの女、銭を払うのが嫌で逃げてやがったな。じゃあ女を連れてきてくんなよ。


 え? 死んでる? 

 そりゃまたなんでだい。

 本と心中した? 変な心中もあるもんだね。


 あの本の綴じ糸が、自殺した男の髪だったってのかい?

 へえ、作者の男なんだ。

 一体なんだってそんなことをしたんだ?


 ああ、傑作だと思っていた本が全然売れなくて発狂したと。

 それでそのうちの一冊の綴じ糸を自分の髪にすり替えたって?

 気味の悪いことをするもんだな。

 

 女はその作者の男の恋人かなんかだったのかい?

 なるほどねえ。

 それにしてもよくそんなことまで調べられたねえ。


 ええ? お前さんが出そうとしていた噺本の中にいたって?

 小咄なんか書いていたのかい。小遣い稼ぎに? そりゃあ凄えや、お前さんにそんな才能があったとはね。

 「お恥ずかしながら」じゃないよ、教えてくれたら良かったのに。

 もう書かない?

 そりゃ残念だ。


 でも仕方ねえやなあ、書いた噺が本当になる、なんてことが起こったらそりゃあ怖くもなるやな。


 そうじゃない? じゃあなんでだい。

 ああ、作者の男がどんな本を書いていたのか、そこんところを決めずに噺を作っちまったと。それで本の女が、手当たり次第に黒い綴じ糸の本を借りることになったと。


 決めてやらねえと、本の中の人間が迷っちまうばかりだと反省したってわけだ。


 それならアンタ、次はもっとキチっと決めやってさ、ついでに人情ものでも書いたらほら、幸せな人間がちっとばかり増えることになるかもしれねえよ。

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貸本屋 鱒(ます)屋左兵衛の相談 髙 文緒 @tkfmio_ikura

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