本屋さんでの誕生日

七倉イルカ

第1話 本屋さんでの誕生日


 連れてこられたのは、おしゃれな本屋さんであった。

 中央にはシックな円卓が設置され、幾つもの書架は、ゆったりとしたスペースで並んでいる。

 広い店内には、カフェまでも併設されていた。


 でも、人はいない。

 店員さんも、お客さんもいないのだ。

 店の中にいるのは、私とヒロトだけである。


 「ここは……?」

 私は、ヒロトに視線を向けて問う。


 「ユキの誕生日を祝うために、書店を借り切ったんだ。

  どうかな?」

 ヒロトは、少し照れくさそうな笑みで答えた。


 「本当に!? 嬉しいッ!

 私、本屋さんの雰囲気が大好きなの!」

 思わず声を大きくして言った。

 

 ヒロトは、喜ぶ私を円卓へ案内してくれた。

 そして、自分は書架へと移動し、フラワー・アレンジメントの雑誌を手に取って、戻ってきた。


 私のそばに立つと、左手に持った雑誌のページの間に、右手を差し込んだ。

 そして、気取った仕草で、スッと引き抜く。

 信じられないことに、その手には赤いバラの花束が握られていた。

 「ユキ。17歳の誕生日おめでとう!」


 「……あ、ありがとう」

 あまりの鮮やかさに、私は目を丸くしたまま、バラの花束を受け取った。


 そこからが圧巻だった。

 ヒロトがページの間に差し込んだ右手を抜き出すごとに、様々な花が出てきたのだ。


 花カゴに、美しくアレンジされて現れたのは……。

 キンギョソウ。

 デルフィニウム。

 ガーベラ。

 ダリア。

 カスミソウ。

 スターチス。

 アマリリス……


 円卓の上は、お花畑のようになった。

 

 「さて、お次は……」

 ヒロトは、次にバルーン・アートの雑誌を取ってくると、雑誌のページの間に右手を差し入れた。

 どんなトリックを使っているのか、ページの間から、イヌ、クマ、ゾウ、ウサギ、キリンなどの形をした風船を次々と取り出す。


 まだ、終わらない。

 ヒロトは、三ツ星グルメの雑誌から取り出した、高級料理を円卓に並べる。

 まだ湯気のあがる、出来立ての料理である。

 さらに、スイーツ・レシピの雑誌からは、バースディ・ケーキ、クレープ、マカロン、アップルパイを甘い香りと共に取り出した。

 

 「おいし~~」

 生クリームの甘さに、私は感激する。


 「でも、どうなっているの?

  手品じゃなくて、魔法みたいだよね」

 そう言った私は、今の言葉を以前にも口にしていたことに気付いた。


 いつだろう……。

 一体、いつ、同じ言葉を……。

 そうだ! 思い出した!

 17歳の誕生日だ!

 そのとき、同じ言葉をヒロトに……。


 私は愕然とした。

 ヒロトに、17歳の誕生日を祝ってもらったのは、今日が、初めてではないことに気付いたのだ。

 

 二回目……?

 いや違う、三回目だ!


 混乱する記憶の中から、残酷な事実を思い出した。

 三年前、私は死んだのだ。

 17歳の誕生日の前日、交通事故に遭って死んでしまったのだ。


 「……ヒロト」

 私がゆっくりと視線を向けると、ヒロトは寂しそうに微笑んだ。


 「ユキ……。

  もう思い出したんだね……」

 深い哀しみの目が私を見た。

 私の知っているヒロトとは少し違う。

 ヒトロだけが、年齢を重ねているのだ……。


 ヒロトは、バラの花束を手に取ると雑誌の中に戻した。

 動物に似せた風船も美味しい料理もスイーツも、次々と雑誌の中へと戻していく。


 そして最後に、そっと私の手を取った。

 私は、ヒロトに引き寄せられる。

 ヒロトの左手には、アルバムがあった。

 二人の楽しい思い出がたくさん詰まったアルバム。


 私は、ヒロトが手にしている、アルバムの中へと誘われた。


 「また来年の誕生日に……」

 ヒロトの声が聞こえると、アルバムはパタリと閉じられた。

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本屋さんでの誕生日 七倉イルカ @nuts05

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