魔女と宿屋 中
仕方ねえなと言いながら、テッドはついて来いと言って階段を上がる。
「じゃあ、掃除の手順教えるから、一回で覚えろよな。」
なんだかんだ言いながら、彼はとても親切に仕事を教えてくれる。上からほこりを払うのだとか、忘れ物は回収して受付で一週間だけ保管するだとか、道具はどこにあるだとか、説明も手馴れていた。
「いつもミモザさんが連れてくるから、仕方なくなんだぞ。」
きっと私のような訳ありの図書番がしばしば身を寄せていたのだろう。
「だいたいみんな、一ヶ月かそこらでいなくなるけどな。まったく、仕事を覚えた頃にやめられたら、教え損じゃん。」
よく考えれば、いや、よく考えなくたって、確かにそうだ。いくら簡易の宿だといっても、初日から客室の準備がまともにできるようになるわけがない。教える側としては、余計なお荷物の分、仕事が増えてしまう。
「で、姉ちゃんはいつまで世話になる気なんだ?」
「春になったら次のところに行こうかなと思って。」
「今からだと、どのくらいだっけ。四ヶ月くらいはあるのか。」
それならまあいいか、と聞こえたのは、そのくらいいるのなら教えてやってもいいか、という意味だろう。
きっと不審なことばかりだろうに、詮索しないでくれるのはありがたかった。
そのあと、豆のスープの作り方も、テッドが教えてくれた。あまり手際は良くないけれど、十歳足らずと思えば上出来すぎる。
どうしてその年齢で働いているのか、ここで働き始めて長いのか、ミモザとはどんな関係なのか。気になることはたくさんある。
でも、彼が詮索しないでくれることをありがたいと思っている私が、彼に仕事以上のことを聞くのは良くないだろう。
テッド以外には、受付に住み込み状態でいる足の不自由な男性がいるが、彼は受付から動かず、寡黙な人だった。ミモザでさえ放っておいていいというので、今のところほとんど接点がない。
実際のところ、受付業務以外のほとんどの仕事は、テッドと私が分担していた。
一週間ほども過ぎれば、何とか仕事の勝手は覚えてきた。朝食を食べてから夕食に戻るまでが仕事時間だ。
私の一日の仕事は豆のスープの仕込みから始まる。キッチンの掃除をした頃には、手際のいいテッドが空き部屋の換気をすべて終えている。
客の応対になれたテッドが朝の退室をお願いに回るので、私はキッチンでサービスの豆のスープを希望者にふるまう。全部屋が退室すれば、手分けして部屋の掃除に回るのだが、テッドが三部屋終わらせる間に、私が一部屋終わればいい方だった。
女神の図書番 霜月ノナ @yomumin
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