特設展「本屋の変遷」準備

相葉ミト

第1話

 銀河の辺境、恒星【悠陽ゆうよう】の第四惑星。

 開館前の最新の博物館の中に、僕たちは地球の本屋を再現していた。


「インクの匂いが強いが……換気は大丈夫か? 化学物質が開館記念の特設展後に残って所蔵品を傷つけたらまずいぞ」


 などと言いながら、僕の隣で本を仕分けているのは、僕の雇い主である学芸員。

 学芸員、とは言うが彼は僕達がいま仕事をしている悠陽中央博物館に勤めている学芸員ではない。

 博物館資料輸送を仕事とするクーリエ運び屋、それが学芸員だ。


「ああ、それは換気システムで取り除けるそうです」

「さすが最新設備。ウイルスどころか化合物までやるシステムとは。大学の博物館にも欲しいよ」

「学芸員さん、真面目に仕事出来たんですね……」

「学芸員課程履修中の大学生の君なんかよりは、ずっと出来る」


 学芸員は憮然ぶぜんとした顔だが、仕事ぶりを疑われて当然なことを僕の前でしている。


 教授に紹介された博物館資料輸送のバイトで、僕は彼と仕事をすることになった。


 彼、と言っているが性別は知らない。名前も知らないから、僕は彼のことを学芸員と呼んでいる。


 彼との最初の仕事で、学芸員の心構えを学べるかとわくわくしていた僕だったが。

 学芸員の仕事は、コンテナの荷札を確認するだけ、宇宙船の見張りも操縦をオートパイロットに任せ、食事をしながらのながら作業と、雑そのもの。

 しかし、荷札だけ確認したのは、コンテナを密閉したままにすることで、博物館資料を守るため。

 そしてオートパイロットは最新鋭で、食事をしながらの見張りだったのは、僕と学芸員の二人きりでの資料輸送だから、休める時に休まないと非常時に備えられない、という学芸員なりに仕事に真剣に向き合った結果だった――という、なんとも微妙な学びを僕は得た。

 宇宙船のナビ音声を男にしているのは宇宙船に惚れたくないから、などと学芸員が言い放っていた覚えもある。

 まあ、そんなよく分からない人と、アルバイトで縁がつながり。

 僕はまた学芸員と博物館資料輸送の仕事をすることになったのだ。

 学芸員は変な人だが、バイト代は気前がいい。懐が暖かくなったことについては、僕は教授に感謝している。

 今回、僕たちが悠陽へと輸送したのは、いわゆる西暦2000年代の地球の本のレプリカ。

 そして、それをかつての地球を再現した形で並べることも、仕事に含まれている。


「本を棚に立てる並べ方の次は台の上に横置きしろって……ややこし過ぎますよ! 学芸員さん、これ何の展示なんですか!」


 テニスコート二面分以上の面積に十数列の本棚を並べており、そこに背幅が1センチほどの本を詰め込んでいくから、地味に作業量が多い。


「ショッピングモールの中の中小規模書店の再現だ」


 と、真面目な顔の学芸員。


「単純作業だからアンドロイドにやらせればいいのに」


 文句を言いつつ、僕は地球の旅行ガイドブックを棚に詰めていく。

 現代人は旅行前に、インプラント体内に埋め込んだ端末にアカシック・コンテンツ銀河総合公共情報データベースから旅行先の地図と一緒に、リアルタイムの観光情報をダウンロードするものだ。

 迷子や、古い情報によって観光地を楽しめないリスクがあるコンテンツにどうして古代人はお金を払っていたのか、僕にはさっぱりわからない。


「アンドロイドにこの作業をやらせるより、私たちみたいな外部の人間を雇った方が安いんだろ。特殊な並べ方するし。博物館、予算がない中で切り回すのが当たり前だから、君も覚えとけよー」

「確かに独特な乱数に基づいてますよね。作者の名前のアルファベット順に並べろとか。何で古代に成立した非合理的な文字表でやるんだか」

「ああ……君にはそう思えるんだね」


 学芸員はなぜか、生暖かい視線を僕に向ける。

 最近の若者は、と非難されているような気がして、「ジャンルで並べるのはまだ、わかりますよ」と僕は続ける。


「類似したものをアカシック・コンテンツは勧めてきますから。というか、ここに並べるのはテキストデータだけ? 音楽や、動画コンテンツは? ってなりますね」


 学芸員はしょっぱい顔だ。


「アカシック・コンテンツが生まれた時からある世代らしい感想だな……」


 現代、全てのコンテンツはアカシック・コンテンツにアップロードされ、AIによって解析され、AIによってタグ付けされ、僕たちの元へと代わる代わる訪れる。

 例えば、今日のおすすめ。

 アカシック・コンテンツのエンタメウィンドウを開くと、漫画、音楽、テキスト、動画など、10ほどの多様なコンテンツが表示される。

 それらには、AIによって生成された、自分にとってわかりやすい紹介文が添えられている。

 今日のおすすめからSF漫画を読んだ後に勧められるのは、小説の題材にされた技術の入門書だったり、電子音を主旋律に用いた音楽だったりだ。

 まあ、今日のおすすめ以外でも、アカシック・コンテンツ内には友人同士でコンテンツを勧め合う機能があり、そこでコンテンツを選ぶこともある。

 同じゼミの女子に勧められた恋愛小説──男の僕にも面白いものだった──を読んだ後に、女性向けのメイク動画を勧められたのはげっそりしたが。

 大学の論文も、引用元や引用先の流れの中で表示されるし。

 ともかく、アルファベットやジャンル順に並べられたテキストと画像の組み合わせのコンテンツのみが集められている西暦2000年代の本屋は、僕にとっては異様な空間だ。


「古文書から再現された順番だぞ、意味が分からなくてもその通りにしろ」

「だとしても……来館者から展示品を保護する仕切りがないですよ! やる気あるんですかこの展示!」


 博物館の役割には、来館者に資料を展示する以外にも、資料を保護し、保存することも含まれる。

 レプリカであっても、この役割は果たされるべき、と僕は考えたのだが。


「これねー、資料と直接触れ合える展示だから仕切りはいらないの。本を購入できるところまで含めて、2020年代の地球の本屋の再現。来館者が本を買って帰ることもできるところまで意図した展示だって。考古学的実証実験にもなるって知り合いの考古学者がはしゃいでたな」


 学芸員はいつも通り飄々ひょうひょうとしている。


「テキストデータなんて、アカシック・コンテンツからいくらでもダウンロードできますよね? 最新の漫画から太古の神話まで、手元に置く形態は端末データだろうと、紙の本だろうと……学術的研究は全て銀河政府によって無償で公開され、商業創作は、企業や個人を問わず、広告表示を受け入れることで基本無料。わざわざ本を金銭を払って買っていた時代を再現する意味ってあるんですかね?」

「それを博物館学芸員志望が言うのか?」

「コンテンツにお金を払う文化はもうないって話です」


 僕がそう言うと、学芸員はニヤリと笑った。


「この特別展で展示しているのは、コンテンツじゃない。の展示による教育活動だ」

「教育活動? 正直、過去を再現したテーマパーク作りにしか思えません」

「まあ、博物館は娯楽施設でもあるから楽しんでもらわなきゃいけない。でもな、モノが在ることは、人間に対する学びにつながる」

「人間に対する学び?」


 学芸員は、本を詰め込む作業の手を止め、まっすぐに僕を見る。

 学芸員の表情の真剣さは、僕も納本作業をやめてしまうほどだった。


「モノは、人の想いをカタチにし、そして人の願いを叶えるために健気に使われる。そして、人の世界を形作る──もはや、人が住む、いや、人が日常として思い浮かべるのは、モノで出来上がった世界だ」

「モノ、ですか」

「だから、モノの並び方こそが人間の世界だ、とも言える。だから、古代人のモノの並び方を再現することは、人間について学ぶきっかけになる。本屋には、アカシック・コンテンツにあるような個人個人に合わせたAI紹介文は表示されない。タイトルとあらすじ以外の内容が伏せられたコンテンツを選ばなければいけなかった時代、もう文字でしか残っていない時代に、人間の心はどう動いていたか、それを身体を動かして経験する、そんな実践学習だ、今回の企画展は」


 文字でしか残っていない時代、と西暦2000年代が表現されるのは、学芸員の言葉以外でも僕は聞いたことがあった。


「そういえば西暦2000年代以降、地球では災害が相次いで、強度がある建物の建て替えがなされた、と。重機で基礎を作り直す時代だから、西暦2000年代の建物の土台部分はめったに出土しないし、この傾向は現代でも続くだろうと、考古学の授業の先生が」


「今日のことも、いつかは太古の昔になる。そして、私たちの心の動きも忘れ去られる。何もしなければ。だから、書き残せ。古文書として書いたものが残り、過去なら本屋、現代ならアカシック・コンテンツだが、多くの人の手に渡ったなら──いつか、その言葉を残した心は、博物館に、届く」


 ふ、と学芸員は表情をほころばせる。


「なんてカッコつけたが、まあまずは目の前の仕事を片付けよう。手が止まってるぞ」

「それはお互い様でしょう。しかし疲れた。VRでやればいいのに。学芸員さん、見ました? 地元の小学校の修学旅行を、VRのバーチャルミュージアムとバーチャル遊園地にするってニュース」

「見た見た。まあそんなのも、博物館とつながるきっかけになればいいさ。というか、あのバーチャルミュージアムの展示品の3Dスキャン機材、私も運んだぞ」

「でも今回の催し、バーチャルではないですよね?」

「来館できない人向けに、バーチャルでもやるのはやるらしい。でも、実物をぜひ使いたいとの上の意向があるらしい」

「どうして」

「惑星イリスって聞いたことあるか?」


 学芸員は、脈絡なく星の名前を口にした。


「優れたバーチャル技術が発展していた星でしたよね。そういえば、この博物館のロビーにイリス救援募金の募金スキャナーありましたよね? 何かあったんですか?」

「予想外の大規模な恒星フレアで、イリスの電子機器類が全て故障。イリスの住民が生活苦に見舞われたのは言うまでもなく、イリスのみで進行中のVRプロジェクトは全てデータが消失。VR業界が阿鼻叫喚の大惨事になった『イリスの悲劇』が起きてるんだ」

「えっそんなことが」


 僕にとってイリスは、名前を聞いたことがあるどこかの遠い、なんだかすごい星程度のものだ。


「イリス内のみのプロジェクトは、イリスに残された紙媒体を元に、復元が行われている。こんなことがあって、紙が再評価されてるって事情がある」

「やけに詳しいですね?」


 学芸員は「少し遅ければ……いや、軽く巻き込まれたからね」と深刻な顔でうなずいている。


「さっき言った3Dスキャン機材を積んでイリスがある恒星圏を私が出た次の瞬間に起きたっぽいのよ『イリスの悲劇』。イリスの管制と通信は出来ないわ、ギャラクシーパトロールに、交通事故の取り調べばりに証言取られるわで、めんどくさくて仕方がなかった。忘れられるわけがない」

「なるほど、そういう……」


 そう言われると納得だ。

 学芸員らしいな、と僕が思っていると、「あとは……」と学芸員は話題を追加してきた。


「初の女性銀河大統領が誕生したじゃないか」

「はい?」

「彼女、悠陽の第四惑星、つまりはここ出身だぞ」

「はい」


 学芸員の話はわかりづらい。

 しかし、作業しながら聞くにはちょうどいい。


「なかなか教育に熱心な人でね、博物館にも理解がある。……のはいいんだが、彼女、なぜだか本屋という過去の文化にハマってて、まあなんというか……」


 学芸員の歯切れの悪い様子で、僕は察した。


「大人の事情ですか」

「ご寄付もたくさん頂いているから、恒星フレアから惑星の地震雷火事全てまで、博物館資料を守れる先進的な博物館が建ったわけだ」

「それで……彼女の趣味で、オープニングの特別展示に本屋文化を扱うことになった、と?」

「まあね。でも、どんな事情が渦巻いていようが、博物館にモノがある、というのはいいことだ」

「いいこと?」

「博物館だって限界はある。価値あるモノを所蔵品に加えられない事情なんて星の数ほど発生する。展示を行えない理由なんて、なおさら。ここだって、本屋の特設展をやることを決めた裏で、優れた展示品と学術的価値がありながらも、プレゼンテーションに負けた特設展もあるだろう。それでも、出来る限り日々を精一杯生きていた誰かがいたということを、モノを通じて覚えていたいし、モノがそう語る場を作りたい、私は、少なくともそう思って、博物館に関連する業務をやっている」


 そう語る学芸員の瞳は、輝いていて。


「前回の手抜き仕事と比べたらやけに熱いですね」

「そりゃ、本屋の展示で販売する中に、私が研究している画家の画集があるから」


 気づけば学芸員は、楽しげに芸術の本を平置きしていた。

 そういえば。

 前回の仕事で、僕たちが運んだのは彫像だった。

 その時、学芸員は自分の専門は絵画、と言っていた。

 つまりは。


「運ぶものが専門外だったからあの態度だったんですか?!」


 学芸員は僕の問いかけに対して、目が泳いでいる。


「いや……なんというか……悩むの、苦手なんだよ……専門外だと、特に」

「だとしてももうちょっと熱意持ちましょうよ……」

「素人があれこれ気を揉んでも、なるようにしかならんって知っちゃったから……。博物館資料運搬の仕事を今やってるのも、非正規で勤めてた博物館から解雇されたからだし」

「え」

「あの時は人生終わったと思った! 人生終わったから全財産飲み尽くそうと思って、ホテルのバーで、値段見ずに酒飲みまくった。美味しかったぞ」

「はあ……」


 その思い出を「美味しかった」と言えるのが学芸員らしいといえば学芸員らしい。


「そしたら、信濃丸運送の社長にばったり会ってさ。絡み酒……したんだよね」

「信濃丸運送って、博物館資料輸送トップシェアの会社の?!」

「うん。学芸員時代、学芸員の立場で資料輸送の監督とかしてたから、知り合いでね。途中で酔いが覚めて、次こそ本当に人生終わったと思った」

「でしょうね!」

「社長が優しくてさ。私に、学芸員資格と経験と個人用宇宙船の操縦免許があるのは知っているから、君はウチで雇える。貨物宇宙船の免許取るならウチは会社から補助が出せるって言われて、絡み酒で転職先が決まったんだよね」

「意味がわかりません」

「君真面目だから、そうだろね。まぁ信濃丸運送も色々あって辞めて、個人業者になってるんだよね」


 学芸員の態度は、軽薄だが合理的で、案外誠実だ。

 彼の人生は、きっとそんな形をしているのだろう。


「今はオープン前の書店員ですね」

「違いない」

「こんな軽口を、西暦2000年代の書店員もしていたのかもしれないですね」

「おっ、実地教育が効いてるね、大学生」


 多分、こんな温度感が学芸員と仕事をする限り続くんだろうな、と思いながら、僕は本棚に本を納めていく。

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