さっきあったお兄さん

米太郎

レモン

 えたいの知れない楽しい塊が私の心を終始弾ませていた。

 ウキウキというのか、ワクワクというのか。

 オレンジジュースのような柑橘系のジュースを飲んだ後には、自然と発汗するように。

 そんな楽しい時間がやってくるんだよね。


 今日も今日とて、本屋さん巡り。

 本の匂いが好きなんだよなー。

 こんなにいっぱいの本に囲まれて。

 やっぱり休日は、本林浴ほんりんよくに限りますなー。


 私が大人になったら、絶対本屋さんになろう。

 こんな幸せなところでずっと過ごせるなんて、幸せすぎてセロトニンが具現化して出てきそうだよ。

 そしたら、みんなに紹介しよう。

 これが、本屋で見つけたセロトニンさんだよって。

 誰かにあげるのもいいかもしれない。


 そんなこと考えて深呼吸したら、頭の中がとても幸せで満たされた気がした。

 幸せを感じていたら、頭の先っぽに刺激が走った。

 すると、ふわふわと浮き上がる綿毛のような、黄色くて丸い物体が飛び出してきた。


 ふわふわ空中を漂いながら、少しずつ降りてくる。

 私は手のひらを広げて受け取った。

 これがセロトニンなのかな。

 早速出てしまいましたか。

 しょうがないのです。

 誰かにあげようっと。


 そんなことを考えて、セロトニンさんを肩に乗せて店内を歩く。

 ふわふわしたセロトニンは、肩にちょこんと座っている。


 ふふふ。

 今日はどんな本を買おうかな。



 平積みされている本は、一生懸命にこちらを見てくる。

 こんにちは本さん。

 あなたと会ったのは、もう何度目かだよ?

 そんなにこっちみても、同じ本を何冊も家には置けないのです。

 続きが出たらまた見せて下さい。

 指先だけ曲げて、小さくバイバイする。


 本の背表紙を見るのも好き。

 さりげなく背中で語ってくる。そんな姿がいぶし銀なんだよなー。

 表紙のように多くは語らず。

 「我はこういうものです」って。

 お名前だけアピールして。


 けど、この子は長い名前。

 背中で語るにはおしゃべりだよ。

 こっちは、もっとだ。

 アピール強いお兄さんも嫌いじゃないけど。

 略称だけ覚えておくね。


 気ままに本と会話しながら、どの本が良いか眺めていると、不審なお兄さんがいるのが見えた。

 楽し気に、色とりどりの本を積み上げている。


 何しているんだろう。

 それにしても、並べている本の配色が良い。

 センスの塊ですね。

 陳列にはそういうやり方もあるのですね。

 勉強になります。



 積み上げた後、お兄さんは満足気に積み上げた本のてっぺんにレモンを置いた。


 そうしたら、お兄さんはいそいそと別フロアへいくのが見えた。

 お兄さんの横顔は、とても楽しそうにしているように見えた。


 うーん。これが芸術なのかな。

 最後のレモンはお供え物か何かなのかな?


 映えを狙ったのかしら?

 映え配色。


 それであれば、申し分ないです。100点です。



 しかし、あのお兄さんは何者なんだろうな。

 似たような写真が無いか、あとでインスタチェックしようっと。


 こんなこと、いつもやっているのかな?


 それにしても、果物をこんなところに置いちゃダメなのにな。

 もう。私が本屋さんだったら怒っちゃいますね。

 どちらもで、こんなにしちゃって。


 本は読んでこそ味わえるですよ?

 レモンも食べてこそ味わえるんです!


 もったいないので、私が味わいましょう。

 そう思ってレモンを手に掴んだ。


 その瞬間、お兄さんが帰ってくるのが見えた。

 とっさに私は、手に持ったレモンをポーチに閉まった。


 お兄さんは、レモンがなくなったことに気づいて、慌てているようだった。


「俺のレモンが……」


 先程の楽しそうな顔が一変して沈んでいた。

 しばらく周りを探していたが、さすがにいたためれなくなって、声をかけた。


「お兄さん、探しているのはこれですか?」


 私はレモンの方では無く、肩に乗っていたセロトニンを差し出した。


「ああ! ‌あった! ‌これだ。私の幸せの源」


 お兄さんはセロトニンを受け取ると、いそいそと出て行ってしまった。


 レモンと勘違いして、私から生まれたセロトニンを持って帰りましたね。

 あのお兄さんは、レモンよりも直接セロトニンを取り込んだ方が良さそうです。

 私のセロトニンさん、どうかお兄さんを幸せにしてあげてください。


 お兄さんと交換したレモン。


 これは、とっても酸っぱそう。

 綺麗な塊に魅せられて、人の目を気にせずそのまま丸かじりしてしまった。


 やっぱり酸っぱい。

 けど嫌いじゃない。

 自然と発汗するような、そんな楽しい時間がやってきた。


 お兄さんと交換したレモンは、私をとても幸せにした。

 お兄さんも、私のセロトニンで幸せになってね。


 そうだそうだ。

 何か本を買いたいんだよ。休日の夜は読書タイムなんです。


 お兄さんの行動、ちょっと刺激的だったな。

 そんな小説が欲しいなー。


 ちょうど今食べたような、柑橘系みたいな本がいいなー。


 ふと、2文字のタイトルの小説が背表紙でアピールしてきた。

 短いタイトルって、すっきりしてていいよね。

 けど、漢字が難しくて読めない。

 中学生にもわかるように、フリガナ振ってくださいよ。


 私は、を手に取ってレジへと向かっていった。



 了

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さっきあったお兄さん 米太郎 @tahoshi

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