【KAC20231】魔道書買い取ります!

赤ひげ

至高の魔道書

 僕は『古屋 木一』

 うちは街の一角にポツンと立っている古本屋だ。

 その名も『古屋ハナ古書店』。

 なんでフルネームで付けたんだよといいたいけど、婆ちゃんの店だしね。


 そこの店番を婆ちゃんに任されて日給500円で請け負ったところだ。

 このご時世になかなかの繁盛はありがたいんだけど、日給はもう少し交渉の余地があると最近は考えている。

 だけど僕はこの店番が正直嫌いではない。


 魔道書を知らない人もいるかもしれないので、軽く説明しよう。

 大層な名前だけど、そんなに構える必要はない。

 魔道書というものは開いて読むと作者の綴った実体験を直に味わうことができるんだ。

 本の世界に入り込み自分が実際に体験したかの如くね。

 魔道書として記すことができるのは実体験だけで、空想や妄想の類は魔道書にはならないそれは小説やライトノベルだ。あくまでもノンフィクションでなければいけない。

 そして魔道書は印刷やコピーができないんだ。

 あくまでも魔道書用の筆ペンで自分で書き記した一冊のみが魔道書となる。


 そして種類なんだけど、青の魔道書、黒の魔道書、そして赤の魔道書の三種類。


 青の魔道書は悲しい出来事や怖い出来事、所謂顔が真っ青になるような出来事を記した魔道書を示している。

 スリルを味わいたい人にお勧めだ!


 次に黒の魔道書。

 これは消したい過去を記した魔道書だ。 

 正直これを執筆する時の苦悩を先に考えてしまうので開く気がしない。共感性羞恥がバンバン発動しそうだしね。


 最後に僕が店番をしている理由でもある赤の魔道書だ!

 これは恥ずかしい過去や、いやらしい出来事を記した魔道書なんだ!

 大人気のアイドルや有名人が出した渾身の一冊は、数億円の価値となるものもあるんだ。

 でも、赤の魔道書の楽しみの本質はそこじゃない。

 そこで喜ぶのは二流だ。


 一流の楽しみ方は、頬を赤らめながら執筆したであろう無名の魔道書を発掘することにある。

 当たり外れは当然の如くあるけど、当たりを引き当てた時の感動は他の何物にも代えがたいものなんだ。


 そんなことをしていると見るからに清純な箱入り娘、というような女の子が魔道書を売りにきた。色白の美少女だ。


「あ、あの……これ私の赤の魔道書です。いくらくらいになりますか……?」


 おずおずと差し出された魔道書に目を通すとびっくりするくらい激しいプレイがつらつらと綴られていた。

 ニッチなプレイはそういう専門店に売ってくれ。

 いたいけな少年の夢を壊すような魔道書は100円で買い取りだ。

 そんな対応をしていたら帰り際に唾を吐かれたが僕にはご褒美なので問題なし。なんなら査定を少し上げてもいいくらいだったけどすぐに店から出て行ってしまった。



 次に来たのは金髪ギャルだ。


「ね~ここ魔道書買い取りしてるっしょ? これうちの赤の魔道書よろ~」


 見た目同様に話し方も緩くて軽い。その時点で魔道書の査定を50円にするところだったけど……

 内容を読んで驚愕だ。

 好きな人と手をつなぐまでの経緯が赤裸々に綴ってあったのだ。

 個人的にもう少しえっちなほうが好みだったのだが、思わず1万円の査定を下してしまった。婆ちゃんにまた小遣いを抜かれそうだ。

 帰り際に「ありがと……」と呟かれた時、思わず僕が彼氏に立候補したいとさえ思ったほどだ。


 そんなことをしているうちに閉店時間がやってくる。

 実を言えばこれからの時間も楽しみなんだよね。

 それはまだ棚に陳列していない魔道書を読めるからだ。


 僕は倉庫に足を運びいつものように物色していると、本棚の裏で誇りを被っていた赤の魔道書を見つけた。


「かなり古そうだけど……これは期待できるかも」


 アンティークというわけでもないので、古ければいいと言う物ではないが、僕の直感がビンビンに反応している。

 部屋に戻る時間も惜しくなり倉庫で正座したまま魔道書を開く。

 そして僕の脳内に広がった世界は今よりもかなり昔のようだ。

 ――だが、作者であろう女性は、眼鏡をかけた知的な印象が強い黒髪の美人だった。

 さらに臨場感あふれる、というか魔道書なので追体験となるわけなのだが、エロスと羞恥の天秤が絶妙な塩梅で釣り合っているという奇跡の作品だった。

 正直これは恋だ。

 こんな人と燃えるような愛と共に激しい恋と激しいえっちなことをしたい!


 もうこれは僕が今まで読んだ中でもダントツだ。

 至高の魔道書と言っていいだろう。


 そんなことを考えながら充実した読了感に浸りながら本を裏返す。

 せめて著者さんの名前だけでも知っておかないとね。子供とかいたらお近づきになりたいしね。


 著者を見るとそこに『古屋 ハナ』という名前が目に入る。

 僕は静かにその場に倒れ込んだ。

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