Half year anniversary

羽間慧

記念日のお家デート

 KAC期間に突入してしまいましたが、二月の終わりに書き始めた二次創作第五弾がようやく納得のいく形になりました。そろそろ解釈違いを引き起こしそうな内容ですけど、二次創作なのでね。こういう世界線も非公式で存在してしまうのです。


 今回も宇部松清さま『なんやかんやで!〜両片想いの南城矢萩と神田夜宵をどうにかくっつけたいハッピーエンド請負人・遠藤初陽の奔走〜』

 https://kakuyomu.jp/works/16817330651605896697

 のサブキャラ二人のお話です。メインキャラもその周りの仲間達も尊いので、宇部さまのKAC作品から気軽になんやかんやでの世界観に入ってみてはいかがでしょうか?









 ■□■□



 誰にも尾行されていないことを確認し、とあるマンションに入る。強盗を働くために周囲を警戒しているのではない。うちの男子校の生徒と、会いたくないだけだ。休日に鉢合わせたら最後、アイスを奢らされる。


 今向かおうとしているのは、俺の自宅でも実家でもなかった。奴らがフェス並に盛り上がる、恋人の部屋だ。恋バナに飢えている高校生を舐めてはいけない。俺の恋人を特定するために一軒一軒訪問しかねないほど、当たり前の常識を知らない。髪の毛を染めたら校則違反と言いきかせているにも関わらず、インナーカラーで緑やら金色にしてくる。生徒が反省文を書くまで見張りをするのは、教師側としてもメリットがない。腕立て伏せを三十回した方が、有意義な時間になるはずだ。

 こういう思考が筋肉ダルマと呼ばれる原因なんだろう。


 俺は恋人の部屋の前に立った。階段で増えた汗をハンカチで拭い、インターホンを押した。ややあって、サイドテールの美人が顔を覗かせる。部屋の冷房が、かすかに外へ漏れてきた。


太一たいち君、入ってください」


 俺のことなんて微塵も興味がなさそうな声で、大祐だいすけさんが手招きした。俺が玄関に入った瞬間、大祐さんは俺の体を抱きしめながら鍵を閉める。キスをされる流れと思い、唇の力を抜いた。だが、大祐さんは俺の頬に狙いを定めていた。猫が飼い主の頬を舐めるように、汗をちゅっと吸う。


「またエレベーターを使わなかったんですか? 夏場の階段は体に負荷がかかりすぎて、部活終わりの太一君には向きませんよ。熱中症で倒れたらどうするんです?」


 わずかな戯れで、俺の心臓はランニングマシーンを最大速度で駆けたときより跳ね上がっていた。動揺を悟られないように、密かに息を整える。


「大祐さんが看病してくれるんじゃないのか? いつも生徒にするみたいに」

「仕事と同じようにはできませんよ。大好きな人の前で、力が入らないようにするの、簡単だと思ってたんですか?」


 大祐さんは小首をかしげる。あざとい。あざとすぎる。可愛さで恋人に殺される。

 力の加減を間違えて抱き潰さないよう、居眠り中の平常心を叩き起した。


「いや、そんなこと思ってねーし」


 よし! 普通に返せたぞ! あとは、断続的に押し寄せてくる思い出し笑いに耐えればいいだけだ!


 いやぁ、マジでずるいって大祐さん。あんた、自然体を取り繕えているつもりかもしれないけどさ。俺のこと大好きすぎるだろ! 考えていること分からせないようにして、はぐらかすタイプだったんじゃなかったのかよ。随分と直球を投げるようになったな。そっちがその気なら、どんどんいい球投げてくれよ? 俺が全部受け止めてやる。

 大祐さんが俺の治療中に照れ隠しするのは、また別の話だ。


 俺は大祐さんの頭を撫で、ちらりと首筋を見つめる。


 襟のある服も、ネクタイも忌み嫌っていたはずだった。だから、白衣さえ着用していればいい職場を気に入っていた。しかし、今は大祐さんの好みと正反対の格好だった。半袖のシャツとすみれ色のネクタイ、おまけにベストと洒落こんでいる。


 シャツもベストも黒色でまとめんな! 何着てても色気を抑えられないのに、美しさが最大限まで引き出されるだろうが。実は悪魔なんじゃないのか? 悪魔以外に、ここまで黒色を着こなす奴はいない気がする。


 それに引き換え、自分の格好ときたら。部活帰りのスポーツウェアのままだ。臭い対策はしたものの、手抜き感が半端ない。

 黙ったままの俺に、大祐さんは抱きしめていた手を離す。


「服、似合っていませんでしたか? いつもの服に着替えた方がいいですかね?」


 声色は変わらなくても、どことなく寂しそうな目に見えた。


 普段なら着ない服に袖を通したのは、今日が付き合って半年記念だからなのか。

 はたと思い当たり、大祐さんの手を掴んだ。


「着替える必要あるか? もう少し眺めさせてくれねぇの?」

「分かりました。少しだけですよ。今日は特別です」


 上機嫌な大祐さんの顔が、俺にも伝染した。誰にも言ったことのない愚痴が独りでに飛び出す。


「俺は記念日なんて、祝わなくていいと思ってた。誕生日はともかく、決められた日に毎月必ずデートしないといけないのは、結構しんどかったから。前の彼女と付き合ってたときは、そういう強制の積み重ねもストレスになってて。同じ轍は踏まないって決めてたんだ」

「同感です。私も一ヶ月ごとのお祝いは嫌になりました。花を贈られても、捨てるときが苦痛でしたし」


 太一君からもらったストールは別ですよと、大祐さんは付け足した。あの刺繍は気に入っていますから、捨てることはないですと。


「そこは心配してない」


 俺はぶんぶんと首を振った。彼女の話題を先に出したのは自分だから、嫉妬も湧いていない。大祐さんの新しい一面に驚いただけだ。

 大祐さんは花を贈る側じゃなくて、贈られる側だったのか。なんか意外だ。花を氷に変える光景は思い浮かぶが、花を愛でるイメージはない。


「隙あり」


 小さな音が響き、大祐さんと額をくっつけていることを知る。冷房の効いた部屋にいたせいか、夏特有のべたつきを感じない。もっと粘り気のあるものを絡ませてもいいとさえ思う。


「よそ見していていいんですか? 初めてのときみたいに、私が主導権を握ってしまいますよ」


 幾度も口の中にねじ込まれた舌を見て、俺の頭で何かが弾けた。


「大祐さんに主導権を握らせて、後悔したことがあると思うか? 味覚変わっちまったけど、大祐さんだから受け入れたんだ。今すげぇ幸せなのは、あのとき押し倒されたおかげだっつーの」


 本音を言えば、今すぐネクタイを解いて、服で隠せるところ全てにキスマークを散らしたい。気絶する寸前まで、自分の名前を連呼させたくなる。だが、俺が逃げられないように体全体で包まれるのも幸せなのだ。

 無表情のまま、大祐さんは離れる。


「先にシャワーを浴びてください。汗だくのまま風邪を引いてしまうなんて失態をしたら、許しませんよ」

「分かった、分かった」


 リビングに向かう大祐さんの顔は、真っ赤になっているに違いない。

 俺は得意げに笑い声を漏らしながら、風呂場へ向かった。だからシャワーの途中で大祐さんが入ることは、予想しようがなかった。


「すまん。せめて一言声かけろよ。びっくりさせんな。熱中症の前に、ショック死させる気なのかよ。わざと水をかけた訳じゃないから、分かってくれよ」


 上半身びしょびしょになった大祐さんは、前髪をかきあげる。


「あなたに悪気がないことは分かっていますよ。驚かせたこちらに非があります」

「いや、悪かったって。そんなに怒らないでくれよ」

「別に怒っているつもりはないのですが、渡りに船です。ちょおっと壁に手を伸ばしてもらえます?」

「こうか?」


 尻を大祐さんに突き出す形になったことに気づくのは、鏡を見下ろしてからだった。


「なぁ、これって……」

「少々冷たくなります。お客様」


 前を触られると身構えたが、大祐さんの指は違う場所をなぞっていた。


「んんっ?」

「痛かったら、右手か左手を挙げてくださいね。今日は薬指の第一関節までで止めておきますけど」


 もしかして、俺がいつも大祐さんにしていることをするつもりなのか? だとしたら、これっぽっちも覚悟が固まってないんだが!


 右手を挙げかけたとき、薬指の腹が一番繊細なところに侵入していた。痛さはないが、違和感しかない。


「暴れないでもらえます? トラウマになってほしくないんです。これから少しずつ慣らして、こっちだけで気持ちよくさせてみせますからね」


 初めてのときに聞いた重低音を再現するんじゃねぇよ。腹の奥が疼いて、自分には似合わない言葉を吐いちまう。鏡を頭で割らないように、震える膝に力を入れる。入れるときより抜かれる方が何倍も刺激が強いなんて、聞いてねぇぞ。人間の指って、釣り針みたいに鋭利なトゲがついていたっけ。


「いい子いい子。今日はこの辺にしておきます。続きは日を空けて。経過観察は大事でしょう?」


 ローションを洗い流してくれる大祐さんに、唇を押し当てた。注射を終えた子どもが好きなものを買ってもらえるのなら、俺だって大祐さんがほしい。


「甘えたさんですね。私を殴らなくていいんですか? 何しやがる鬼畜眼鏡って」

「殴らないとは言ってない」


 言葉にうまく怒気が乗らない。言いたいことは山ほどあるが、大祐さんを補給する方が先だ。


 おわびといっては何ですがねと、大祐さんはネクタイを解いてシャツのボタンを外し始めた。


「私の体、好きに触っていいですよ」


 最後まで言い終わらないうちに、俺は肌に張りついたシャツを捲っていた。キスマークの薄くなった体をなぞっていると、くぐもった声がこぼれる。


「触るだけでいいんですか? もどかしいです」


 時間をかけて愛撫する余裕を、今日も大祐さんが奪っていく。リベンジは一年記念で果たすしかないようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Half year anniversary 羽間慧 @hazamakei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説