書店員の俺が昨今のラノベを馬鹿にしてたら大変なことになった。

ぽんぽこ@書籍発売中!!

最近のラノベはクソだと思っていた時期が俺にもありました。


「はぁ、また長文タイトルの新刊かよ。ラノベの時代も終わったな」


 俺はやれやれと溜め息を吐きながら、表紙一杯に文字が書かれた本を棚に積んでいく。


 最近じゃどれもこれも『チート』だの『ハーレム』だのと、化学調味料マシマシのジャンクフードのような“いかにも読者が好きそうな味付け”で、何の信念も無いスカスカな本が溢れちまった。


 読んでいて心沸き立つような、古き良きライトノベルはいったいどこへ行ってしまったんだ。



 だいたいなぁ、本を探しに来た客から「勇者が活躍する話で~」とか「悪役令嬢が婚約破棄を~」とかあやふやな情報出してくるから、俺ら書店員は混乱するんだよ。どれもこれも似たようなタイトルにしやがって。



「うえっ、これってツイットーでイキってたアイツの作品じゃん」


 次にとった本の著者名は見知ったペンネームだった。たしか俺がまだWeb作家だったころ、何度かランキングで見掛けていたっけ。


 やたら意識だけは高く、周りからは持てはやされていた記憶がある。どうせコネでも使って書籍化したんだろうと内心思っていたんだが……。



「続刊してたの? マジで? どうせまた打ち切りかと思ってたのに」


 正直に言って、メチャクチャ羨ましい。

 俺みたいにグズグズと何年も書き続けてはコンテストで落とされている人間にとって、何歩も先を行ってしまっているコイツが羨ましくて仕方が無い。


 しかも続編まで書いているなんて……。



「はぁ……本に関係する仕事をしたいなんて安易な考えで、本屋のアルバイトなんてしなきゃよかったな……ん? なんだ、この本……」


 ふと目に入った一冊の本を手に取る。


 表紙は墨でベタ塗りされたかのように黒一色。それでいて装丁は皮のような手触りで、無駄にこだわっている。


 それは一見するとただの分厚い辞書だが、表紙を開くとそこには『魔導書』という短いタイトルが書かれていた。



「なんだ? 誰かのイタズラか?」


 ページを捲ると、意味不明な文字がズラズラと書かれている。アラビア語?


 いくら何でもマニアック過ぎるだろ。それとも何かの暗号か?


 パラパラと適当に流し読みしてみる。



「……最後のページは文字ですらないし」


 何百ページもあった本のラストは人の手形だった。作者のものか?


 どうやらこの本、誰かに読ませようと作ったものじゃないみたいだ。だって内容も支離滅裂だし。まったく意味が分からない。


 それでも何となく手形が気になった俺は、その手の形に自分の右手を重ねてみた。


 その瞬間、手の中の本がボウッという音と共に燃え上がった。



「うわっ!? 何だ!?」


 突然の出来事に動揺する。そして同時に、頭の中に無数の情報が一気に流れ込んできた。


 まるで自分が自分じゃないかのような奇妙な感覚に襲われる。



「何だよこれ……ってやべぇ、本が燃えちまった! 売り物だったらどうしよ……」


 慌ててみるが、今さらどうしようもない。一人で棚の前でオロオロとしていると、背後から声を掛けられた。



「あの……すみません、本を探しているのですが」

「うわっ!?」


 振り返ると、そこにいたのは高校生くらいの女の子だった。


 黒髪ロングヘアーに眼鏡を掛けた地味な見た目をしている。たぶんクラスでは目立たないタイプの女子だろう。今も真っ黒なワンピースを着ているし。


 あ、でも顔はメッチャ可愛いな。地味だけど。



「あ、あぁ。失礼しました。どんな本でしょうか?」


 とりあえず営業スマイルで応対する。まさかいきなり話し掛けられるとは思わなかったので、ちょっとビックリしてしまった。



「えっと、探してるのはちょっと特殊な本なんですけど……大丈夫ですか?」

「はい、もちろん。どのようなタイトルの本をお探しですか?」

「――魔導書」

「えっ?」


 思わず聞き返してしまう。なんだろう、児童書の聞き間違えかな。



「だから、魔導書です。魔導書という本を探しています」


 少女は少し顔を赤らめながらそう言った。



「あー、なるほど、魔導書ね。えーっと、ちょっと待っててくださいね」


 少女の反応から察するに、やっぱり聞き間違いじゃなかったらしい。


 というか、さっき俺が手に取った本を探されているのか。やべーことになったぞ、これ。



「うーん、ここには無いみたいですね。店長に聞いてきますんで、しばらくお待ちください!」


 そう言って少女をその場に残し、バックヤードへと駆け込む。そして暇そうにスマホを弄っていたバイトの後輩へ声を掛けた。



「おい、ヤバいことが起きたぞ!」

「え、何ですか急に?」

「魔女がきた」

「――は?」


 俺の剣幕を見てキョトンとしている。



「いいから来いって!」


 無理やり腕を引っ張って店内へと連れて行く。そして近くに誰も居ないことを確認してから、小声で話し始めた。



「いいか、落ち着いて聞けよ? 実はさっき、あそこにいる客がさ……」


 事の経緯を説明すると、相手は呆れたような顔になった。



「第一、そんな女性なんてどこにいるんですか? ていうか普通に本をお求めに来たお客様に対して魔女なんて言ったら失礼ですよ」

「いやいや、居るじゃないか。ライトノベルの棚の前に……」

「先輩、また妄想のし過ぎで頭がおかしくなったんじゃないですか? 一度病院に行った方が良いですよ?」


 後輩は溜め息を吐くと、「変なことを言ってないで仕事に戻ってください」と言ってバックヤードへと戻ってしまった。


 おかしい。俺の目にはちゃんと見えている。そこには先ほどと同じように、例の少女が立っているだけだ。



 いや、待てよ? よく見ると彼女の周囲にだけ、何かうっすらとモヤのようなものが見える気がする。



「まさか……本当に魔女なのか?」


 俺以外の人間には見えないとか……?


 そんなバカなと思いつつも、再び彼女の元へ向かう。



「あ、お兄さん。ありましたか?」

「え、えっと……」

「滅多に見つけられない貴重な本なんです。ようやくゲットできるとあって、昨晩はワクワクして寝ることができなかったぐらいなんです」


 ニコニコと微笑んでいる彼女に、俺はどう対応すべきか迷っていた。


 まさか正直に答えるわけにはいかないし……いやでも、もしかしたら彼女も俺にしか見えていない可能性もあるわけで――よし、決めた!



「申し訳ございません。ご要望にあった本なのですが、どうやらまだ届いていないようで……」


 頭を下げて謝罪する。



「そう、なんですか……?」


 明らかにガッカリとした様子で肩を落とす彼女。申し訳ない気持ちになりつつも、これは仕方が無いことなのだと自分に言い聞かせる。



「申し訳ありません」


 もう一度深く頭を下げる。すると彼女は、小さく笑った。



「いえ、大丈夫ですよ。店員さんのせいじゃないんですから、そんなに謝らないでください」

「……ありがとうございます」


 ホッと胸を撫で下ろす。とりあえず穏便に済んで良かったぜ。



「では、いつ頃ここへ入荷するのでしょうか?」

「えっと、それはちょっと分からないですね……」


 どうしよう、適当に誤魔化せば良いかなと考えていたけど、何だか凄く食い付いてくるなこの子。


 そもそも誰だよ仕入れた奴。店長か!?



「そうですか……」


 俺の曖昧な返事に彼女は残念そうに視線を落とすと、小さく「えっ」と呟いた。



「その手の甲の紋章……」

「紋章? ――って、なんじゃこりゃ!?」


 彼女の視線の先を辿ると、俺の右手の甲に奇妙な形をしたマークのようなものが浮かび上がっていた。


 何だこれ、いつの間にこんな刺青を入れたんだ俺は!?


 慌てて擦ってみるが消えない。それどころか痛みまで感じる始末だ。



「間違いない……本物です!」

「はぁ!?」


 突然興奮しだした彼女は俺の右手を取り、頬擦りを始めた。


 何やってんのこの人!?


 ていうかさっきから近いんだけど、眼鏡の奥から覗く瞳が潤んでいて色っぽいというかなんというか、とにかく心臓に悪いんですけど!!



「あぁ、やっと見つけました。私の運命の人……!」


 うっとりとした顔で俺を見つめる魔女っ子。


 ヤバい、このままだと色々とヤバすぎる! 助けを求めようと周囲を見渡すが、こういう時に限って誰も見当たらない。


 後輩もまだサボったままだな……! ちくしょう、後で覚えてろよ!?



「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! いきなり何を言って……」

「お願いです、私と一緒に異世界に来てください」

「え、ええぇぇっ!?」


 いやいやいや、さすがに急展開過ぎるでしょコレ。運命の人って初対面だよね!?


 どうして俺が選ばれたんだよ? しかも異世界ってどういうコト?



「私は異世界から勇者を探してやってきた魔女です。この世界に魔王を倒せるほどの強力な魔力を持った人間がいると聞きつけてやって来たのですが……ようやくお会いすることができました」

「ま、待ってくださいよ! 俺はただの一般人ですよ? そんな大それた力なんて持ってませんってば!!」

「いいえ、間違いありません。貴方の身体からは膨大な魔力を感じます。それも並大抵の力ではありませんね」

「そ、そうなんですか?」


 そう言われても実感が湧かない。



「私には分かります。あなたこそ私が求めていた男性だと」

「えぇ……?」

「この手の甲にある紋章が何よりの証拠です!」


 何だよその理由。まるで意味が分からんぞ。


「貴方、勇者の力が封印された魔導書を開きましたよね? そしてその封印を解くことができた」

「たしかに本は開いたけど……え、封印ってあの手形のこと?」

「やっぱり!!」


 困惑する俺を見て、少女はニコリと微笑んだ。そして俺の手を取ると、両手で包み込んでギュッと握りしめてくる。うわ柔らかいし温かい……じゃなくて!



「あの、手離してくれません?」

「嫌です」


 即答かよ。



「お兄さんの名前を教えてもらえますか?」

「え、何でですか?」

「いいから教えてくださいよ~」

「……古賀修也ですけど」


 渋々名乗ると、彼女は嬉しそうに笑ってみせた。


 可愛いから思わずドキッとするが、騙されるな俺。相手は魔女だぞ。



「私は如月真白といいます。これから末永くよろしくお願いしますね、修也さん♪」


 そう言って少し悲しげな表情になった。


「やはり、駄目でしょうか?」

「うっ……」


 そんな目で見ないでくれよ……捨てられた子犬みたいな顔しやがって。


 とはいえ俺には人気ライトノベル作家になるという夢があるわけだし、そう簡単にホイホイついて行くわけにもいかないのだ。ここはキッパリ断っておこう。



「悪いけど――」

「――じゃあ、こうしましょう!」


 俺の言葉を遮るように、彼女はポンっと手を打った。



「もし一緒に来てくれるなら、私が貴方のお嫁さんになってあげます。こう見えて私、異世界ではお姫様もやっているんですよ?どうです、やる気でました?」

「いや、だからそういう問題じゃ……」

「あら、お嫌いですか?」

「うぐっ!?」


 上目遣いで見つめてくる彼女――如月さんの瞳は綺麗だった。


 眼鏡越しでも分かるほどに大きく澄んだ瞳だ。そんな彼女に見つめられて断れる男なんているのだろうか……?


 数十秒後、俺は静かに首を縦に振った。



「……分かったよ、行くよ」

「やったぁ!」


 子供のように無邪気に喜ぶ彼女に苦笑する。


 そんな姿を見ていると不思議と穏やかな気持ちになれた。まるで魔法みたいだ。



「それじゃあ行きましょうか!」

「え、今から!?」


 突然腕を掴まれる。そのままグイグイ引っ張られていく俺氏。見た目によらず意外と力があるんだなこの子……じゃなくて!



「ちょっと待ってくれ、まだ仕事中なんだってば!!」

「大丈夫ですって。どうせ誰も来ませんよ」


 それ言っちゃいけない台詞じゃない!?


 いや今はそんなことよりも、早く仕事に戻らなければ……!


 しかし抵抗虚しく、ずるずると引きずられていく。



「さあ行きますよ~!」

「うわああああぁぁっ!!??」


 突如目の前に広がった黒い渦の中へと引きずり込まれていく。

 こうして俺は異世界へと誘拐されたのだった。



 数年後、無事に異世界を救った俺は冒険の日々を元に小説を書き、見事にプロ作家となっていた。


 その内容は『チート』だったり『ハーレム』で溢れていたのだが……それはまたご愛敬である。

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