ながいき書店
神楽耶 夏輝
第1話
帰省したら、必ず立ち寄る場所がある。
通学路の途中にひっそりと佇む本屋。僕がこの町に生まれた時は既にあったし、その頃ですら老舗と言われていた本屋だ。
その名も『永井書店』。街の人たちはこの永井書店の事を『ながいき書店』と呼んでいた。
いつもレジに座っていたおばあちゃんが、きいさんという名前だったからに違いない。どんなに長い時間立ち読みしてても、きいおばあちゃんはいつもニコニコ顔で優しかった。
いつも飴をくれるのだが、時々それは酢昆布になったりもした。
店先の二台のガチャガチャは、未だに百円で遊べる。
日に焼けたポップは、僕が子供の頃に流行った戦隊物のヒーローのままだ。
中に入ると、真新しい紙とインクの匂いに混ざって、焦げたお醤油みたいな匂いが漂っていて、なんだかとても落ち着いた気分になったのを覚えている。
駄菓子コーナーに文具コーナー。ゲーム機にガンプラ、チョロキュー、ミニ四駆。流行りのフィギュアもカードゲームも、この店には何でもあった。
本と言えば、古書から新刊まで。数は豊富じゃないからすぐに売り切れてしまう。
だからお気に入りの新刊が出たらすぐに買いに行かなくてはいけない。
街にたった一軒しかない本屋だから、新刊が出る日は行列ができたりしていた。
そんな光景を、見なくなって久しい。
わざわざ本屋に並ばなくても、指先一つでポチっとやれば、大抵の本は手に入ってしまうのだから。本だけではない。大抵の物は何でも……。
しかし、母は僕にこう言った。
ながいき書店は、お客が途絶える事がなかったもんね、と。
何しろ、この本屋にはなんでもあるのだから。
欲しい物、面白い物、穏やかな時間、懐かしい思い出……。
鍵っこだった僕を、おかえりといつも一番に出迎えてくれるのは、きいおばあちゃんと、ながいき書店のお客さんだった。
おかえり。お腹空いとらんね?
袖のボタンば、どこでなくしたとね?
どら、おばあちゃんがつけちゃろ。
ここにはなんでもあるけんね。
そう言って、お菓子のカンカンの蓋を開ければ、色取り取りのボタンが出て来たっけ。
もう、開かないシャッターには、真新しい厚紙が貼ってあって、こう書かれていた。
『長い間、大変お世話になりました。この度、母、永井喜衣が大往生の末、永眠いたしました。最後の日まで、笑顔で元気に営業できましたことは、ひとえに皆様のお陰と大変感謝いたしております。母に代わりお礼を申し上げます。大変長い間、永井書店をご愛顧頂きありがとうございました』
きいおばあちゃんのお父さんの代から続いていたながいき書店は、今日幕を降ろした。
僕はその貼り紙の片隅に『おばあちゃん、ただいま。今までありがとう』と書いた。
了
ながいき書店 神楽耶 夏輝 @mashironatsume
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