【KAC20236】大人になったら3人でルームシェアして一緒に住まない?

めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定

寄り添ってほしい時はそばにいるから

 夕暮れの公園。

 巨大なタコ型のドーム遊具の上に三人の少女がいた。

 生徒会長。茶髪の不良。足にギプスをはめたスポーツ少女。

 全員名前がナナ。同じ名前の繋がりで小学生のときに仲良くなった幼馴染だ。

 進学してすでに学校はバラバラだが、高校生になった今も関係が続いている。


「はい手。気をつけなよ。右足が動かないんだから」

「わぁナナちゃんは相変わらず優しい。それに引き換え委員長のナナちゃんは……」

「今は生徒会長よ。私はあんたらのスカートの中を覗くのに忙しいの」

「えっ……ひゃっ!」

「危ない! セーフ!」


 生徒会長の言葉にスカートを押さえようとしたスポーツ少女が転げ落ちかけた。

 不良少女が抱き止めて事なきを得る。


「見た目に似合わない白の娘はいいとして。水色縞パンとはさすがねナナ! だから私はあなたのファンなのよ!」

「委員長! いい加減にしなさい!」

「だから生徒会長だって。私も登るわね。ちなみに私は赤のレース。お望みなら見せるわよ」

「「見せなくてよろしい!」」


 トントントンと軽快に登る生徒会長。本当はスポーツ少女が誤って滑り落ちたときに備えていた。

 二人はもちろんわかっている。言動こそふざけているが、人一倍気遣い屋で頭がいい。時折本当に頭がいいのか疑問だが。

 今も遊具の頂上で無意味にターンして、スカートの中を公開している。本当にいらない気遣いだった。人がいない公園だとしてもはしたない。これで県内トップの偏差値を誇る高校の学年トップの成績なのだから恐ろしい。


「それで今日の招集はどうしたの? ……見ればわかるけど」

「確かフィギュアスケートの大会が控えていたわね。私は予定を明けていたのだけど間に合うの?」

「ははは……ごめんね。毎回来てくれていたのに」

「気にしないで。息抜きにちょうど良かっただけだから。……それで招集したってことは、ただの怪我の報告じゃないんでしょ。あなたのお母様からなにを言われたの?」

「委員長は相変わらず単刀直入だね。安心する」

「だから生徒会長……は別にどっちでもいいわ。その反応は正解ね。きつい時はそばにいる。絶対に躊躇わずに招集をかける。それがセブン同盟だからね」

「だね。セブン同盟って名前はダサいけど委員長の言う通り」

「ダサい言うな!」

「ぷっ……はははっ! やっぱりこの三人は楽だね」


 急に笑い出したスポーツ少女に他の二人も笑みを浮かべた。

 小学校のときから変わらない関係性だ。


「はぁ……別になにか言われたわけじゃないの。私が怪我をしたときのお母さんの第一声が『今が大事なときなのに!』だっただけで」

「言われてんじゃん。まず娘の心配しろっつーの」

「いや……本当になにも言われないの。さすがに失言だとお母さんも気づいたみたいでね。それから数日経っても気まずくて話せてない。だから急に二人の顔が見たくなって」

「そう。顔が見たくなったならいつでも呼びなさい。怪我の当日でも良かったぐらいよ」


 子供に夢を託す親がいる。

 スポーツ少女の母親は子供を金メダリストにしたかった。元々バレエの経験者でフィギュアスケートに強い憧れを抱いていた。

 自分の娘にさせてみたいと願うほどに。

 そのために毎日スケートリンクまでの送り迎えを行っていた。気持ちのズレはあるが親子関係は悪くない。母親を喜ばせようとして頑張っていたのだが。怪我で緊張の糸が切れたみたいだ。


「金メダルなんて無理なのにね。私は最高成績がジュニアの部で十位だよ。同じ年代でもうシニアクラスで頑張っている大勢いるの」

「…………」

「…………」

「皆上手いし、凄く跳ぶの。私は人よりも身体の柔らかさに自信はあるよ。でもスピードもないし上手くも跳べなくてね。三回転を目指してジャンプ練習していたら足が壊れちゃった」

「…………そっか大変だな」

「…………フィギュアスケート向いてないのかもね」

「おい! 委員長!」

「なによ現実を見なさい」

「お前言い方ってもんがあるだろ!」

「あなたに言っているのよ! 現実を見なさい! この三人の中で一番おっぱいがでかいのは誰? 一番小さいのは?」

「お……おっぱい?」

「そうよ! 一番おっぱいがでかいのはフィギュアスケートやっているこの子! この前の大会なんか急激に育っていて驚いたわよ! たわわな胸を無理やり衣装で押さえつけて! もう辛抱たまらん!」

「ひっ!?」


 スポーツ少女が自分の胸を腕で隠す。

 不良少女の視線もそちらに向かい、ゴクリと唾を飲んだ。

 確かに一番大きい。


「そしてあんたが一番貧乳なの! 二人のサイズが逆ならば『頑張れ!』『負けるな!』とか言えたけど、自分の目は誤魔化せない! この子はスピードはないけど丁寧なスケーティングをしているの。でもジャンプとスピンで胸囲が足を引っ張っている。あんたみたいに貧乳だったならばもっと上を狙える逸材なのに!」

「貧乳言うな!」

「ぷはははははははははぁー! あーもうおかしい! こっちは割と真剣に悩んでいたのにおっぱいおっぱいって高らかに!」

「笑えたなら結構。私はあなたのスケーティングのファンだからね」

「エッチな視点で?」

「性的な話抜きにキレイ滑るから。天性の身体の柔らかさもある。そりゃあスピード感あってジャンプが凄い選手の方が点数は高いだろうけど、あなたのスケートは美しい」

「元気出た! ありがとうね委員長」

「だから生徒会長」

「はぁ……まともに褒めるつもりあるなら最初からやれつーの」


 頭回転が速く誰よりも友達想いなのに率先してバカな発言をして二人を振り回す。

 いつものことだった。その姿に安心を覚えるのも。


「そういえば貧乳ちゃんは最近どうなの。ちゃんと歌ってる? バイトのやり過ぎで無理してない?」

「貧乳言うな! ……私は前も言ったけど親父とやりあって互いに干渉しなくなったからな。以前みたいにバイト代を搾取されることもなーよ。あと家を出た」

「えっ家出たの!?」

「ようやく出たのね」

「まともな親戚を頼って、一人暮らしを勝ち取ったよ。だから今が一番余裕あるかも今のバイト先はカラオケ屋だけど、店が混んでなかったらバイト終わりに歌わせてもらっているし」

「わぁ良かった」

「そう……安心したわ」

「……ありがとうな。色々調べてもらったし、弁護士さんも紹介してもらったし」

「別にいいのよ。私はあんたの歌声好きだし、また聞かせてくれれば」

「委員長素直じゃない」

「まあ委員長だし」

「だから生徒会長!」


 親に苦労させられてきた。

 暴力に搾取もあった。けれど一番危うい時期は脱したようだ。バイトばかりではなく今度は学校にもちゃんと通おうとしている。

 頼めば優秀な家庭教師がついてくれるだろうが、生徒会長の時間を奪いたくない。

 一番大変なのは誰か知っているから。


「それで委員長は漫画家になる夢は追いかけないのか?」

「……漫画なんか買ったら即親に捨てられる私に喧嘩を売ってる?」

「売ってない。他人の心配はしておいて自分のを誤魔化そうとするな」

「はぁ……見込みはないけど描いてはいるわね。あの人達が許すとは思えないけど成績さえ維持していれば放任主義のくせに、道を外れようとすると奪ってくる人達だし」


 ネグレクトに似た不干渉。

 学校の成績だけはしっかりしろ。勉学の邪魔になる私物は持つなと捨てられる。大事なのは世間体だけ。両親の仲も冷め切っている。仮面夫婦という奴だ。互いに愛人がいるのも知っているし、家に両親がそろうこともない。

 そんな環境でトップレベルの成績を維持し、学校で生徒会長をしている彼女のことを尊敬しているが同時に心配でもある。

 二人の危惧を意に返さず生徒会長はカバンからタブレットを取り出した。

 無邪気な笑顔だ。

 自分の描いた絵を見せに来る時だけは素直に見える。


「じゃーん最近はタブレットで絵を描いてるの。学習用って言えばあの人達にはバレないし。そしてこれが最近の自信作! 褒めたたえなさい」

「……上手い。本当に上手いのに」

「……どうしてバストアップやパンチライラストばかりなんだ?」

「失礼な太ももやおへそや脇にもこだわって」

「一緒だ!」

「あ……これもしかして私?」


 画像をスクロールしているとリンクを妖精のように滑るフィギュアスケート選手のイラストがあった。胸が大きめだ。

 そのイラストは技毎に描かれており一枚や二枚ではない。


「自信作よ。そしてこのボタンでつなげて連続再生すると」

「アニメーション!?」

「私が滑ってる」

「ふふん」


 タブレット上でフィギュアスケートの演技が始まった。

 三十秒ほどのアニメーションだが一体どれだけ描けばいいのか。

 本当に描くことが好きなのが伝わってくる。


「凄い凄いよ委員長」

「本当に絵の才能があるんだよな委員長は」

「だから生徒会長よ! 崇めなさい。……どうせ私が生徒会長になって褒めてくれるのあなたたちしかいないんだから」

「了解。生徒会長」

「本当に呼んでほしいなら素直に言えよ生徒会長」

「……うっさいバカ」


 二人が驚いてくれるのが目当てで生徒会長になったのだ。

 さすがにノーリアクションでは寂しい。


「…………それで生徒会長は絵の方面に進学するのか?」

「無理ね。あの人達が許さない。いい大学に進学して一流の企業に就職して、あの人たちとはさようなら。それが私の進路よ」

「さようならってそれでいいの?」

「もしかしたら大学在学中とか時期が早まるかもしれないけどね。あの人達が大切なのは世間体だけだから。私が成人すれば解放されるかも」


 解放。昔はここまで酷くなかった。よく泣いていた。いつしか泣かなくなり、両親のことも『あの人達』としか呼ばなくなった。

 そんな生徒会長のことを心配するも一番優秀なのもまた彼女でつい頼ってしまっていた。関係性が続いているのも彼女の危うさのおかげかもしれない。

 生徒会長がタブレットをしまい遊具を降り始めた。


「それじゃあこれから塾あるから私は行くね。実はすでに遅刻状態だったり」

「えっ!? ごめん」

「いいの最優先だから。この集まりが私の楽しみだから」

「そういうならお前が招集かけろよ。いつも応じてばかりで呼ばれたことねーぞ」

「…………ならさ。一つだけお願いしていい?」


 生徒会長が立ち止まり、二人のいるタコ型のドーム遊具を見上げた。


「いつか親から解放されたら三人で同じ家に住まない? ルームシェアしてさ」

「えっ? いいねそれ! 楽しそう!」

「ルームシェアか悪くないな」

「私が一流企業に就職するから、家賃や生活費は私持ちでいい。ただ当たり前のように『ただいま』って応えてくれる家がいいな」

「ばーか。ルームシェアなんだから家賃もシェアだろ」

「三人で暮らすのは楽しそうだね。そうだ! 一緒に配信者とかやろうよ! 歌える人と絵を描ける人がいるし。このままフィギュアスケートで結果が出なかったら私がトーク頑張るからさ」

「いいなそれ」

「……いいね」


 夕暮れの朱に抱かれる公園で約束する。

 生きるための理由を得るために。


「チャンネル名はどうする?」

「ナナチャンネルとかはどうだ」

「安直過ぎない?」

「……アンラッキーセブンチャンネル」

「…………」

「……ダサい」

「なによ!」


 楽しい未来を夢見るために。


「いいじゃん。アンラッキーセブンチャンネル」

「……いいか?」

「ふふん」

「セブン同盟よりダサくないよ?」

「おい!」

「……くふはははははは」

「ぷはははははは」

「もう二人して!」

「「絶対にやろうね(な)。三人でアンラッキーセブンチャンネル」」

「うん。三人で」


 生徒会長となった幼馴染の背中を見送る。

 また勉強漬けの日々を繰り返すのだろう。

 不良少女の手を借りてスポーツ少女も遊具から降りる。なぜかギプスのついた右足が軽く感じる。


「……ねえ怪我治ったら私もう一度フィギュアスケート頑張るよ」

「そっか」

「お母さんとも話してさ。今度は委員長……じゃなかった生徒会長に褒めてもらえる自分になるために頑張る」

「あいつ本当に好きそうだったもんな」

「うん」

「私も歌を頑張るよ」

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