第44話 祭の日(2)

 ところで、自分のところの傭兵が盗賊扱いされて突き出された局の連中は、突き出した局を恨む。傭兵局にも、誇り高いところもあれば、ガラの悪い傭兵ばかり集めた局もあって、そういうのをそのままにしておくと傭兵どうしの私闘しとうとかいうろくでもないことが起こる。

 そこで、事件がインクリークの傭兵局のあいだの不和の種にならないように、ベニー法務官とシルヴァス局長が傭兵局長たちと事件に出動した傭兵たちを集めて大宴会を開いた。

 バンキット局長は何もしなかった。

 ところが、そのバンキット局長が、蒼蛇あおへびのヴァーリーの盗賊団の悪行を阻止し、盗賊団を壊滅させたという功績で、宮殿から表彰を受け、さらに十万デナリの褒賞ほうしょう金まで受け取ったのだ。

 ネリア川で若い男の死骸しがいが見つかったからだった。

 バンキット傭兵局の傭兵がその顔を覚えていた。そして、ラヴィという少女の非公式の証言の記録から、この男が蒼蛇のヴァーリーだと断定されたのだ。用心深くポルカーという名を使い、自分がヴァーリーだと気づかれないようにしていたが、その短剣使いの鮮やかさからみればこの男こそヴァーリーであったに違いないと結論された。だれがヴァーリーを成敗せいばいしたかは確定できなかったが、いずれにしてもバンキット局長の指揮下の傭兵の手柄には違いない。それでバンキット局長が表彰されることになったわけだ。

 でも、それはヴァーリーではない。ほんもののヴァーリーを追いつめながら、深酒に酔った船着き場の夜番の早とちりで強盗扱いされてつかまえられたカスティリナは、それから何日も経ったいまも、愚痴の一つもこぼしたくなる。

 「それで、けっきょくほんものを見逃して」

 「ほう」

 後ろから声をかけられて、カスティリナは振り向いた。

 シルヴァス局長だった。カスティリナは不機嫌に言う。

 「気配を消して女の子の背後に近づくのはです!」

 「気配を消して近づかれて気がつかないようでは、傭兵としては役に立たないな」

 カスティリナは言い返さなかった。局長の言うほうが正しいと思ったから。

 「それに、ほんものがつかまったほうがよかったのか?」

 「それは、当然……」

 「つかまったら縛り首だぞ。あの大盗賊団の首領なんだから」

 「それは……しかたないでしょう……」

 「じゃあ、あの子が縛り首になると決まったとして、あの子を救出してくれ、という依頼が来たらどうする?」

 「もちろん受けます!」

 振り向くと、局長は、目を細めて、唇を引いて、人が悪そうに笑っていた。

 カスティリナも笑ってもいいと思ったが、もう一つ、不機嫌顔を見せてからにする。

 「傭兵は正義や法の味方ではありませんから」

 「その通りだ」

 シルヴァス局長がすかさず言ったので、カスティリナは目を丸くして局長を見た。

 シルヴァス局長は、傭兵も武力を担っている以上は、正義と法の守り手でなければいけないと局の傭兵たちにいつも力説している。

 じっさい、稼ぎさえ手に入れば何をやってもいいという根性の傭兵も多い。だからこのあいだの同士討ちのような失態をやるのだ。

 「言ってることがいつもと違うじゃないですか?」

 カスティリナが言うと、局長はまた人が悪そうに笑った。

 「まあ、正義にも法にもいろいろあるさ」

 そうなのだろうか?

 「たとえばな、大きな作戦の指揮を任されて何の役にも立てなかったからと言って、その指揮をとった傭兵局長に何の褒美ほうびも出さないとすると、どうなる? それはそれで一つの正義かも知れん。だが、自分の局はまだしも、よその局の傭兵や店の人への慰藉料いしゃりょうや治療代や、あの金庫を黒こげにしたことの弁償金、局長が払えなくて困るのはいいとして、受け取れなくなった人たちは困るだろう? それに、強盗とまちがって捕えられそうになったら、そのまちがいを堂々と指摘して抵抗するのが正義かも知れないが、もしおまえがあのときそんなことをしていたら、船着き場の世話役はここの局とはかたきどうしになっていただろうな。おまえがおとなしくつかまり、あとでまちがいとわかったから、向こうは弁償金を持って謝りに来る、こちらは許す、で、円満な関係というのが成り立っているわけじゃないか」

 「けっきょく、損をしたのはわたしだけじゃないですか?」

 やっぱり納得はできない。局長は笑って言い返す。

 「損でもないだろう? おまえがいまそんなきれいな服を着て、国公こっこうご一家の前を行進できるのには、バンキットがこの街の傭兵にいっぱいけがを負わせて、パレードに参加する傭兵の人数を足りなくさせてくれたおかげだろうが」

 そうだ。

 そのおかげで、カスティリナにも降誕祭のパレードの仕事が回ってきたのだ。それで、カスティリナはいまジェシーやタンメリーと同じ祭礼用の服を着ている。あとで花かんむりもかぶるらしい。

 どうもその姿を見ている局長の目が気になる。

 それでやっぱり不機嫌そうに言ってやる。

 「べつにこんなの、いいんですけど」

 「ま、そういうのも経験しておけ。あとで何が役に立つかわからんからな」

 「ぜんっぜんっ、役に立たなさそうなんですけど」

 そう言ってぷんっと横を向いてやるつもりだったが、横を向こうとしたところで笑いが漏れてしまった。

 たしかにめったに経験できることでもないし、それに報酬もいい。

 それに、国公家の公女様はこれから勉学に専念されるので、今回のパレードからしばらく公の場にはお出にならないという。そんな記念の日でもある。

 この祭の日の空を、あの子は、どんな気もちで眺めているのだろうか?

 また会うこともあるかも知れないが、いまはまだそれは想像するだけにとどめておいたほうがいい。

 「カスティリナ!」

 「そろそろ出ないと間に合わないよ!」

 ジェシーとタンメリーが呼ぶ声がする。

 この二人といっしょにパレードの支度に出発するために、カスティリナは階段を駆け足で下りていった。


(終)

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蒼蛇のヴァーリー 清瀬 六朗 @r_kiyose

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