第43話 祭の日(1)

 朝から陰気な雲が空を覆っていた。でも、いま、その雲のあいだから日が射している。

 雨は降らなさそうだ。ジェノン様の降誕祭のパレードは予定どおり出発するだろう。

 階段の降り口まで来て下の部屋にだれがいるかそっと確かめる。サパレスがいたら引き返そうと思っていたが、部屋にはジェシーとタンメリーがいるだけだった。

 あの日からサパレスは機嫌が悪い。とくにカスティリナと顔を合わせると、顔をそむけて通り過ぎる。通り過ぎざまに舌打ちすることもある。

 「あの日」とは蒼蛇あおへびのヴァーリーの盗賊団がダンツィク商会を襲って失敗した夜の次の日だ。

 その同じ夜、サパレスはシルヴァス傭兵局の傭兵たちを率いて、怪しげな酒場「さびしい山」ていを襲撃し、店の主人と女主人ともどもそこに集まっていた博徒ばくとたちを捕縛した。博徒たちは出張ってきていた法務官たちの前に引き立てられ、蒼蛇ヴァーリーとの関係を厳しく問いただされた。

 しかし返ってくる答えは要領を得ないものばかりだった。だから、法務官たちはこの博徒どもとヴァーリーとは無関係と結論しなければならなかった。

 そのかわり、その厳しい取り調べで、不法な博打のほかに、詐欺だのかっぱらいだの贋物にせもの作りだのその販売だのといった余罪が次々に判明し、ともかくも犯罪者集団を一つ鎮圧したということで、サパレスは名を挙げた。挙げるはずだった。

 その手柄が、宮殿からも法務府からも表彰されなかったのは、その日、シルヴァス傭兵局の女の傭兵が一人、船着き場をうろついていて、強盗とまちがわれるという事件があったからだ。

 サパレスの理屈ではそうなっているらしい。

 ケチな贋物作り集団を一つつぶしたぐらいで、宮殿なんかから表彰されるはずもない。腕のいい傭兵ならそれぐらいわかってもよさそうなものだが。

 カスティリナもサパレスに劣らず不機嫌だった。

 船着き場の夜番よるばんどもに強盗扱いされたのもさることながら、あのダンツィク商会事件でバンキット局長が大きな功績を上げたとして表彰されたことがその不機嫌の主な理由だ。

 あの夜、バンキット局長は、商会の敷地の中、正門から金庫までの道に見張りを立てていた。盗賊が堂々と正門から入ってくるとでも考えたのだろうか。

 その見張りたちは、取引商人やその手下や手伝い、荷役にやくの人たちのなかにまぎれて入って来ていた盗賊どもに縛り上げられ、口を封じられて転がされてしまった。大きな商いがあるというので、ふだんは出入りしない商人や荷役の人たちがこの日はいっぱいいた。だから盗賊が紛れこんでいてもだれも気がつかなかったのだ。

 金庫の奥の、ふだんは金庫の頭取とうどりが接待に使う部屋に陣取ったバンキット局長は見張りが先に口と手を封じられたことにまったく気づかなかった。そして、賊が金庫を爆破したときの衝撃で気を失って倒れてしまった。

 もっとも、石造りの建物の二階の奥にある部屋だ。火薬がいくら強力でも、気を失うほどの爆発の威力が及んだわけもないから、怖くなって隠れていたのだろうともいう。

 どちらにしても、その結果、バンキット局長は金庫を外から取り巻いた傭兵どうしの同士討ちを止めることができなかった。

 傭兵たちは盗賊を何人も縛って突き出した。でも、それは全員がどこか別の傭兵局の傭兵だった。盗賊は一人もつかまえることができなかった。

 ベニー法務官があとから盗賊の逃げ道を教えてくれた。

 あの大きい庭には池があった。もともと、港から直接に船を入れられるようにしてあったのだが、水路が細いこともあって、最近は使っていなかったという。

 賊どもはその水路の水門を閉めて水を止め、水路の底を歩いて港のほうに脱出したらしい。水路の上は鉄の柵で閉ざしてあったが、水路のなかにはさえぎるものはなかった。盗賊はだれにも気づかれずに脱出し、正門を通って懸命けんめいに追ったカスティリナより先に港に着けたわけだ。

 事件が落ち着いてから、池の水かさが増し、店の者は水門が閉めてあるのにやっと気づいたらしい。

 数十人の傭兵を指揮していながら、バンキット局長は池にも水門にもまったく注意を向けていなかった。

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