第42話 対決(11)

 「さらってきたのはいま水に落ちたあいつの親、そして、あいつの親がほんもののヴァーリーを殺した」

 びくっ、と震える感じが伝わる。

 ラヴィからではない。

 たぶん、あの幻の少女だ。

 この剣「くれないの水晶」は、やはりその「ほんもののヴァーリー」を知っていたのだろう。

 しかも、それが殺されたときいてこの剣が驚くくらいだから、そのヴァーリーはたしかにそんなにひどい男ではなかったのだ。

 「ヴァーリーっていうのは、殺しはできるだけやらないし、無理な盗みもしない。盗まれた相手が盗まれたと気づきもしないような盗みが得意だった。もっとも、それで大きい盗みを何度もやったけどね。でも、もっと派手に、もっと荒っぽく稼ぎたいって一派がいてさ。それがあれの親だった。そして組織を乗っ取ってしまったんだ」

 ラヴィが細い声で言う。

 「で、その、あいつの親っていうのはどうしたの?」

 カスティリナがきく。ラヴィはさびしそうな笑いを浮かべた。

 「火薬の調合に失敗してね。硫黄いおうの蒸気か何かを吸って中毒で死んだ」

 なるほど。もっと派手にやりたかったから、火薬だったのか。

 「それで、組織を率いられる人がいなくなった。年寄りたちはいたけど、わたしたちの組織って、自分で先頭に立って仕事ができないとかしらは務まらないからね。それで、だいぶ若いけど、わたしたちにその役割が回ってきた。わたしはちょろちょろしてて、台所の食べ物とかお金とかごまかすのがうまかったから、夜盗の担当。壁登ったり柱伝ったりして逃げるのもうまくなってたからね。それであのポルカーが親譲りの押し込みとか、そういうのの担当だったね。気が強そうに見えないのがあれの強みだよ。で、組織を立て直さなくてはいけなくなって、わたしたち二人が中心になったわけだけど、そのほんもののヴァーリーを懐かしむ連中がわたしについて、派手にやりたい連中がやつについて、ずいぶん険悪にはなってたよね」

 ラヴィがそこまで話をしたとき、うしろでがたがたと音がした。

 桟橋さんばし脇の二階の上の階の扉が開き、毛糸の帽子をかぶった男の老人が姿を見せた。

 この暑い季節に、また毛糸?

 この街の老人界では毛糸がはやってるのか?

 「おーい、なんだぁ?」

 その老人がれた声を出す。もし嗄れていなければ、野太くて迫力のある声だっただろう。

 「強盗って言ったようにきこえたが? 何かあったのかぁ?」

 カスティリナが「強盗」と言ったのはだいぶ前だ。

 いまごろ出てきて、何を言ってると思う。

 「そうなんですー」

 答えたのは、カスティリナといっしょに振り向いたラヴィだった。にこにこして、カスティリナの背に手をやった。

 「この子、こう見えて強盗なんですっ! つかまえてくださいっ!」

 細い声でせいいっぱい叫ぶと、さっと身を翻す。

 「あーっ!」

 気がついたときには、ラヴィは街の闇の中に消えて行くところだった。

 しかも、常夜じょうやとうの明かりが届くぎりぎりのところで、カスティリナを振り返り、軽くび上がって手を振って見せる。

 「もうっ!」

と言ったところへ、その二階屋の下の階の扉が乱暴に開いて、ぞろぞろと男たちが出てきた。

 みんな屈強くっきょうそうだ。

 「えーっ?」

 それが、カスティリナを取り囲む。

 もちろん、腕にものを言わせて逃げようと思えば逃げられる。屈強そうであっても、力づくで取り押さえて絞め上げる以外に武芸のかけらも身につけていなさそうな男ばっかりだ。

 でも、その屈強な男どもに囲まれたカスティリナは、両手を表に向けて手に武器を持っていないことを示し、軽く照れ笑いして小さく頭を下げた。

 その夜は取り調べもないままに鍵のかかる部屋に押し込まれた。

 目が覚めたのは、船着き場の会所かいしょの半地下室だった。たぶんここを牢屋がわりに使っているのだろう。

 あんな目にあって、剣も取り上げられたから、今夜はあの夢は見ずにすむかな、と思っていたら、そんなことはなかった。

 またあの重苦しい夢を見た。

 目が覚めた場所が牢屋でも、ともかく夢から覚められてよかった、と思ったくらい、苦しい夢だった。

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