第41話 対決(10)

 カスティリナが走り出しざまに大声を上げる。まっすぐ行ければすぐ着く距離だが、あいだに水面が入りこんでいるので大回りしないと行けない。

 「待てーっ! そいつら、強盗だーっ!」

 ラヴィはきいて、少しも慌てず、船に乗り移ろうとした。

 だが船はその前にさおで岸を押して川へと出ていた。ラヴィがどんなに身軽でも飛び移れる間合いではない。

 その船の舳先へさきにこちらを向いて座っている男の白い顔が常夜灯じょうやとうに浮かび上がる。

 あの男だ!

 あの隠れ家に突入したとき、最初に顔をさらした気弱そうな男だ。

 その男が、ラヴィのほうを見て薄ら笑いする。ラヴィがふっと肩を落としたのがわかる。

 見捨てられたのだ。

 あれがポルカーという男かも知れない。薄情だ、と、ラヴィは言っていた。

 桟橋を回ってきたカスティリナがラヴィに追いつく。

 ラヴィはカスティリナを斜め後ろに見て、力なく笑う。

 剣を抜くまでもなかった。

 その薄情な男の乗った船は、いちど流れに流されてから、かいを使ってゆっくりと上流に向かう。

 薄情な男は、ラヴィを振り向きもしなかった。

 常夜灯のぼんやりした明かりの中を、その船が上流へと横切って行く。

 ひゅっと何かが風を切る音がした。

 ぽちゃっ、と魚がねたような軽い音もする。

 何が起こったか、わからない。

 ただ、いま前を横切る船の上で、櫂を握った連中やほかの連中が何やらきょろきょろうろうろしている。

 「あぁ」

 その舳先に、さっきまでいた気弱そうな男の姿がなかった。

 それに、ラヴィの手の槍もない。

 ラヴィが、やっぱり気弱そうに笑って、手を大きく右から左へと動かし、上流のほうを指さす。

 このまま行け、ということだろう。

 船の連中も笑顔だった。晴れやかな笑顔でラヴィを見ると、ラヴィに向かって手を振って見せる。

 そのまま、船は、船着き場の常夜じょうやとうの明かりの届かないところに姿を消した。

 「見当ついてるでしょ?」

 ラヴィがもともと小さい目をさらに細めて、カスティリナを振り向いた。

 「あれがポルカーってやつ。親方の名をかたってわたしたちの組織をめちゃくちゃにした男だよ」

 「ああ」

 カスティリナもラヴィの右に並んだ。この位置だと、カスティリナは、いちど剣を返さなければ抜き打ちでラヴィを撃つことはできない。

 自分の武器を失ったラヴィには、そうするのが情けだとカスティリナは思った。

 きいてみる。

 「あんたって、先代の娘?」

 「いいや」

 ラヴィは細い声で答えた。

 「ヴァーリーは、子どもはいなかったか、いたとしてもその子はこの稼業かぎょうには足を突っこまなかった。そのほんものには会ったことはないから、わからないけどね」

 言って、軽く目を閉じる。

 ラヴィが「ヴァーリー」というのは先代だけだ。自分は「ほんもの」ではないと思っているのだろう。

 「わたしはね、まえにあんたに言ったとおり、さらわれてきて、こき使われてた街の女の子。あんまり醜かったし、鈍くさかったから売り物にならなかった、っていうのもほんとだよ」

 そしてカスティリナを振り返る。

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