第40話 対決(9)

 大商会の前は小さい店がごちゃごちゃと建ち並ぶ街だった。昼間はにぎやかなのだろうが、夜はしずまりかえっている。人の姿はない。

 いや。家と家のすき間にうずくまっている人がいた。歳をとった女の人らしい。

 住む家がないのか。

 だったら護民府に知らせなければ。

 いや、これも盗賊の見張りなのかも知れない。そうだとしても護民府か法務府に知らせなければいけない。

 でも、あとまわしだ。

 「おばあちゃん」

 声をかけると、その女の人はゆっくりと顔を上げた。

 体には毛糸の上着を羽織はおっているから、この気候なら、少なくとも凍死することはないだろう。

 それより、自分が呼んだ「おばあちゃん」という言いかたがくすぐったい。カスティリナはいままで自分のおばあちゃんといっしょに暮らしたことがない。

 それはどうでもいい。

 何をきけばいいのだろう。

 「船着き場は、どっち?」

 女の人は、だらっと口を開いて、カスティリナの顔を見上げた。

 カスティリナがもう一回きく。慌てて舌をかみそうになる。

 「こっ、この商会にいちばん近い船着き場って、どっちにある?」

 女の人はだまって左のほうを指差すと、また頭を垂れて、うとうとしはじめた。

 「ありがとうっ!」

 声をかけるとカスティリナは駆け出した。

 船着き場をたずねたのにそんなに根拠はない。ただ、盗賊としては宮殿に近いほうに逃げたくはないだろう。夜回りもいるし、宮殿が近いということで、夜は柵を立てて通れなくしている通りもある。船着き場は夜も船が着くかも知れないので開いているし、少し行けば城壁の外に出られる。なんなら川に飛びこんで逃げることだってできる。

 カスティリナは駆け続けた。船着き場の明かりが見えてくる。

 船着き場に回ってみると、桟橋さんばしから何そうかの船が出て行くところだった。

 どこかの船着き場に朝早く着かなければならないから、こんな夜中に船を出すのだろう。それとも明け方の漁にでも出るのだろうか。

 苦労して働いている人たちがいるもんだと思ってしばらく見ている。

 船着き場のかたわらの店には灯がついているところもあるが、桟橋に人はいない。港の船着き場のところどころに灯る弱々しい常夜灯じょうやとうだけが船着き場を照らしている。

 前のほうの船はもう出てしまって、最後の船が、もう綱は解いたまま、停まっている。

 そこへ一人の男が後ろから駆けてきた。桟橋でその船の番をしていた番人が、その男の背を押して船に載せてやる。

 その番人が顔を上げ、常夜灯に顔をさらした。

 「あーっ!」

 ラヴィだった。

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