緩やかな星とチョコレイトの同時性周期論

桑鶴七緒

緩やかな星とチョコレイトの同時性周期論



今宵は十六夜。西風が風力を抑えて草花を撫でながら仰ぎ始めた頃、彼が自宅に帰ってきた。


昨日の返事はどうしたと尋ねてきたが、もう少しだけ待って欲しいと返答した。しかし、待てないから今すぐ返事を聞かせてくれと僕のスマートフォンを奪った。

身体を掴みかかり彼が倒れると僕は片手に握っていたスマートフォンを奪い返した。


どうなっているんだ。返す言葉が見つからない。彼は僕を見つめている。もう少しだけ時間をくれと言うが、何故答えを引き伸ばそうとするんだと問う。


「軸が公転しているから」

「どういう意味?」

「僕の周りを取り巻く人や物たちは、自身では動かない。だから、僕が自転すれば周りだって動いていく……可笑しいかな?」

「お前には、周りがそう見えるのか?」

「うん。ああ、でも朔は違うの……かな。いや、やっぱり公転しているのだろうか……」

「不思議だけど、そう見えているなら……悪くないんじゃない?」


僕は彼が自転していない人間だとは思わない。しかし、僕を中心として関わるのなら、やはりその銀河系は小さな隕石との衝突で、新しい星が出来上がる。彼は意味が不可解だと言いまた外へ風に当たりたいと告げて出て行った──。


いつもこうだ。

頭が混乱するとこのように脳内が働いてしまうのである。この緩やかな星の下で、知らぬ間に人々は衝突し合う。


今ここが夜で地球の裏側は昼間のあたり。どこかで誰が泣いていても争いは熱を止めさせない。

ずっと訴えているのにあの策略家は自分の道理が正しいと言い、産みたくもない魔薬のチョコレイトが投下されている。


その裏側にいる人々は怒りや悲しみの声明を荒げているのに、その声たちさえ塞いでしまっている。


そんな中僕らはこの緩やかな宇宙の下の更に奥地でひっそりと暮らしている。

テレビや新聞、パソコンやスマートフォンから流れてくる情報は常にそのおびただしい熱量を揺るぎなく僕らの隙間に入り込んでは激流から海へと流れて消えていく。


そんな事を考えながら、僕は部屋で1人彼の帰りを待つ。


一体何が言いたかったのだろう。


彼は目に涙を浮かべながら、僕に訴えてきた。


「お前にはこの心の叫び声や俺の願いが聞こえないのか?」


僕は彼に過ちでも起こしてしまったのだろうか。僕は少々相手の思う事を読み取るまで時間がかかる生き物なのだ。直感で分かったふりをすると、尚更離れていってしまう相手の感情意識。


彼もそんな僕と一緒になりたいと告げた時は、舞い上がるほど全身が躍った。あの感動は自転している僕でさえ気付く事ができた。

神様は僕らを見てくれている。寧ろ僕らが神様を誘導させたようなものだと、少しばかりの勘違いを起こしつつ騙しつつ……

契りを結んだのであった。


玄関の開閉する音が聞こえてきたので、駆け寄っていくと彼はあれから気付く事ができたかと投げかけるように質問してきた。

ああ、やってしまった。他の事に気が逸れて彼の返事の答えを考える事を忘れていた。


「……で、さっきの答えはどうなった?」

「ごめん。まだ説明文を組み立てている最中……」

「どうして泣いたかも、未だ無反応なのか?」

「朔の中で何かが動いたんだよね?」

「まあ、当たっている」

「もう……もうこれだと何日もかかりそうだよ。ねぇ、その答えを教えてよ」


彼は呆れてため息を吐き、ソファに座った。

僕は待ちきれないんだ。彼が眠りにつく前に答えを出したくてうずうずし始める。

その落ち着かない様子に彼が向かい側に座ってくれと片腕を引っ張ってきた。僕が普段から考えるアインシュタインみたいな訳の分からない話を分かり易く述べてくれないかと言い、その次にあの返事の答えを教えてくれと言った。


「朔が感情面が爆破したのは、僕がそっちの気持ちに気づけていないから……だよね?」

「惜しい。もう少しだ、そのまま続けろ」

「普段の約束事は守っている。だけど、いざという時に僕は朔の……朔の……」


どうしよう。彼が僕を見つめながら目を合わせようとしてきている。何度も瞬きをしているから目がドライアイになりそうだ。


「お前への愛が、まだ何者なのか希薄なのかもしれない。だから、櫂も気づくのが遅くなってしまうんだな」

「あ、愛?!愛って……いわゆる人間同士が慕う以上に醸し出されるあの愛情の愛か?!」

「……分かってるじゃん。何だよ、気づいているじゃねーかよ」

「ぼぼぼ、僕からこの身体から朔へ愛情が備わっているって事で良いの?」

「ああ。俺らがこの家に住もうと決めた時、お互い貯金も少ないし一人暮らしするのにもキツくなるから、とりあえず一緒に住む事に決めただろう?こうやって毎日同じ空間にいると、色々考えさせられる事もあるなってさ」


「僕は、朔の……何ですか?」


「はぁ?!っつーか、まだそこも気づいていないのか?」

「だって……だって家事は僕が全般にやって、朔は仕事をメインにしている。それでも良いから一緒に住もうって決めたじゃん」


再び彼はため息を吐いた。幾ら話しても終わりが見えないから、今日はもう寝ると言い、寝室へ入るとベッドの中へ潜り込んだ。


余計気を立ててしまった事に何だか自分が腹立たしい。ぶつぶつと独り言を言いながら、スマートフォンのカレンダーを見てある事に気づいて立ち止まった。


僕らがこの家に住んでから2年が経とうとしていた。高校を卒業してからそんなに経っていたのか。移ろう季節は何故こんなにも目まぐるしく過ぎていくのだろう。

庭先のパンジーたちも春の兆しを待ち構えている。そうだ、もうすぐそこまで春の足音は近づいてきているのである。


就寝の時間になり、僕も彼の眠るベッドへ入り、隣の穏やかな寝顔を伺いながら横になった。彼の姿を見ながら寝ようとした時、こちらに寝返りを打ってきて僕がいるのに気づいて目を開けていた。


「俺は、お前から離れない存在になってやるからな。そっちもその心づもりしていろ……」


彼はそう告げて再び眠りについた。

僕らの関係は未だ理解されにくいし、このまま一生誰にも気づかれないかもしれない。

もし気付く人がいたとしても、その時の情で流していくに違いないのだろ。

それでも僕はそれで良いと思っているが、彼はそれだけでは満足するはずがない。


またこうして1日が穏やかに終わる。


僕の手元にはチョコレイトがない。しかし、いつか紛争が終結したのなら、世界中の人達に食べたら優しくなれるチョコレイトを作る壮大な夢を持っている。


そうしてまた夜が更けていくのである。

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緩やかな星とチョコレイトの同時性周期論 桑鶴七緒 @hyesu

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